02 エレクトラの見た夢
「はぁ……」
カールソン男爵夫人となったエレクトラ。
結婚した翌日に、夫のハリードは戦場へ向かってしまった。
そのことについて夫は何も悪くない。
王命による騎士の召集と派遣だ。
従わない選択肢など、しがない男爵にあるワケがないのだから。
結婚式が流れてしまい、誓いのキスすらなかった、なんとも寂しい結婚であったが、それだって仕方ないことだ。
むしろ、民が危機に瀕していて、多くの男たちが戦場に駆り出されているのに、華々しい結婚式など望めば、それをした自分たちが非難されていただろう。
本当ならば昨日、二人は結ばれる……肌を重ねる予定だった。初夜だったのだから。
それが、どうして白い結婚なんて求めたのか。
突然になって初夜を拒否して、よく夫を納得させられたものだと、エレクトラは苦笑いする。
エレクトラとて、今回の結婚に至る流れに思うところは多々あっても、覚悟はしていた。
だから、その行為に多少の恐れはあっても、事を為す気でいたのだ。
だが……。
「あの夢、何だったのかしら」
エレクトラは結婚する前に、何度か嫌な『夢』を見るようになった。
ハリードに対する、辺境への出兵の王命が下ってからだ。
それは、戦場から帰還したハリードが、隣に別の女性を連れてくる姿だ。
そして、彼から離縁を申し出られる光景だった。
ありえない不安が、ただ夢に出ただけ。
マリッジブルーというものだったのかもしれない。
ただ、妙にリアルな夢で、また鮮明だった。
ハリードの横に居た女性が、エレクトラが一度も見たことのない人物だったのも……何か予感めいたものを感じてしまう。
なぜ見たこともない女性の姿を、はっきりと夢に見たのか。
アレは予知夢だったのか。
或いは、また別の……。
エレクトラは、その夢を、ただの夢に過ぎないと切って捨てることは出来なかった。
かと言って、そのままをハリードや周囲に伝えても、どうなるものでもない。
苦肉の策として、エレクトラは白い結婚を提案して、ハリードと結ばれることを避けたのだった。
「……可愛らしい女性だったわね」
夢の中での記憶だ。どうも申し訳なさそうに、エレクトラを見ていたのだが……。
ハリードに対しては愛おし気な視線を向けていた。
状況から考えるに、戦場に出たハリードが、彼女と出会い、そこで意気投合して愛し合った。
そのため、帰ってきたハリードが、彼女と結ばれるためにエレクトラに離縁を突きつけた。
「……という状況に見えたのだけど」
しかし、夫が向かったのは魔獣が蔓延る戦場である。
そこで彼女と出会うのだろうか?
確かに戦場には、治療系の魔法を使う者たちも派遣される。
主に教会預かりの僧兵たちだ。
騎士よりも、ずっと女性の数は多いだろう。
その中の誰かなのだろうか? そこまでは分からない。
「夢よ、分かっている。でも、あれが、ただの夢ではなかったら?」
夫であるハリードは、少なくとも無事に家に帰ってはくるらしい。
記憶の限りでは、彼は五体満足だった。
それは、良い『予知』であるのだが……。
「どのぐらい先のことかしら?」
戦場帰りなのは間違いない。
見る限り、ハリードも年は重ねていなかった。
であれば、数年以内のことか。
夢の中の自分に、子供が居たかは分からない。
だが、もしも離縁を突きつけられるならば、清い身体であった方が良いはずだ。
「はぁ……」
エレクトラは、頭から離れない夢の内容に大いに悩まされる日々を送った。
それでも、とにかく男爵夫人として、瑕疵のない振る舞いを心掛ける。
夫の不貞で離縁されるなら被害者だが、自らの至らなさを責められての離縁だったら目も当てられない。
家に夫が居ない妻として、余計な疑いを持たれぬように、常に侍女を伴うことにした。
今、この屋敷の者たちを切り盛りするのは、エレクトラの役目だ。
あまり考えたくはないものの、離縁される可能性も念頭に入れつつ、きちんと男爵夫人としての仕事をこなしていこうと、エレクトラは決めた。
あとは、戦場から来る報せを聞きながら、ハリードの無事を祈りつつ、今後のことを考えていく。
エレクトラは、さっそく屋敷での仕事を始めるのだった。