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16 再治療

「辺境へ移るの?」

「まだ決めていないのだけど、リューズ神父から、そういう話を貰ったわ」


 私は、ルームメイトのアンジェラに相談することにした。

 事情のすべてを正確には話していないのだけど。

 でも、一人で悩んで決断するには大きなことだったから。


「そっかぁ。でも、確かにこの教会だと宝の持ち腐れかもしれないものね、エレンは」

「そこまでじゃないと思うけど」

「うーん、本人には自覚がないかもだけど。治療魔法を覚えるのって、それなりに大変なことなんだよ」

「……そうなの?」


 あれ、私はそこまで苦労した覚えはないけどな。


「でも、エレンは、あっさりと覚えてしまったよね。それは、それだけ才能があるってことだよ」

「……そうなのね」


 確かに、自分には適性があるとは知ったけれど。

 そうまで評価されるほど、か。だとしたら、私はもっと真剣に向き合うべきかもしれない。


「ねぇ、アンジェラ。少し話は変わるのだけど」

「なぁに?」

「……治療魔法で『古傷』って治せないのよね?」

「うーん」


 私は、共に辺境へ向かうというクラウディウス卿の『腕』について考えていた。


「痛みを和らげてあげることは出来るはず。でも、古い傷を完治させるのは難しいっていうのが一般的だよ」

「そう、よね」

「何かあったの?」

「実は……」


 私は、同行する騎士様の事情を、公爵家のゴタゴタは抜きにして説明した。

 流石に、内輪での揉め事自体を徒に広めるのはよろしくない。

 というか、そもそも私にも聞かせていい話ではなかったとは思う。


 リューズ神父たちも、誰かに愚痴をこぼして知ってもらいたかったのかもしれないけどね。

 ああ、私もそうすれば良かったのかも。

 未だに、どこか私の中に燻っている感情はある。


 いっそ無関係になってせいせいした思いもありながら、あの離縁の仕方に納得できていなかった、と。

 別に元夫に未練があるワケでは断じてない。

 仮に、心底から愛していたとしても、百年の恋だって冷めるだろう仕打ちだったのだ。


 私の場合は、むしろ『一発ぐらい殴ってから出ていく方が良かったかも』という心残りである。


 ただ『悪意を持つ何者か』の存在を感じて、安全策を取っただけで。

 その何者かは、元夫ではないと思うけど……。



「そっか。そういう事情の人が……。でも、怪我を負ってから、それほど経っていないのかな?」

「そこまでは聞いていないの。でも、若い方だし、たぶん? 今後の生活に困り始めたのが最近ということだから……」

「じゃあ、そこまで昔の話じゃないね。一括りに『古傷』と言っても、どの程度なのか。しっかり確かめたことはないわ」

「……つまり」

「その傷は、本当に『治療が無理な古傷』なのか、分からない」

「希望は捨てないでいい、ってことね」

「そう。『まだ』捨てないでいい、ぐらいかもしれないけど」

「ううん、納得した。確かにそうよね。でも、やっぱり無理かもしれない治療をまた受けさせるのは負担かしら」

「リューズ神父に相談した方がいいよ」

「わかった、そうする。相談に乗ってくれて、ありがとう。アンジェラ」


 私は、さっそくクラウディウス卿の腕の再治療について、リューズ神父に相談することにした。

 リューズ神父は難しい顔をする。


「気持ちは、ありがたいと思うけれど。公爵家お抱えの治療士に、治療は受けた後だろうしなぁ」

「そうなのですか? ですが、だったら、あのような傷はクラウディウス卿の腕に残らないのでは?」

「それは……」

「あの、これは一介のシスター風情が口出しすることではないのですけど」

「何だい?」

「クラウディウス卿は、騎士団内での揉め事、しかも相手は騎士団長? という偉い人と揉めて怪我をしたのですよね?」

「ああ、そうだと聞いている」

「だったら意図的に治療をしなかった。或いは、効果のない治療をさせた、とか。あるんじゃないでしょうか。だって相手が騎士団長で嫉妬ということなら、彼の腕前を妬んだのでしょう? ならば、彼が怪我をする前と同様に動けていたら『意味が無い』のではないかと……」


 リューズ神父は、少し驚いた顔をした。


「……そうだな。治療は受けたはずだけど、ただ、その治療自体が『遅れた』とは聞いた。そのせいで今の状態までしか治らなかった、と。だが、そもそも治す気がなかった、か」

「あちらの人間関係や、力関係までは把握できませんが、可能性はありますよね?」

「……ああ」


 つまり、クラウディウス卿は『まだ、まともに治療を受けていない』のだ。

 一見すると治ったように見えるが、それは致命的な怪我のままで。


「私は、治療魔法の才能があるとのこと。今から完治は難しくても痛みを和らげることはできるとか。同行していただくというのなら、彼に力を尽くしてからがいいかと」


 骨が折れて、歪な状態で……などの特殊な事例もあるけれど。

 概ね、治療魔法はして損はない。『駄目で元々』というものだ。

 『治る見込み』の希望を抱かせて、無駄だったとすると精神的に追い込むかもしれない。

 それが心配なところだけど。


「……本当ですか? ぜひ、お願いしたいです」


 でも、クラウディウス卿は再治療を快諾してくれた。


「ありがとうございます、私の思いつきに近い提案なのに、受けてくださって」

「何をおっしゃるのですか。治療して貰うのは自分の方ですよ。感謝するのは私の方ですから」

「そうですか。では、さっそく……」

「はい、お願いします」


 クラウディウス卿は、改めて上着を脱ぎ、そして上半身を晒した。

 右腕が動かせず、脱ぎにくそうにしている。


 改めて見ると鍛えられた肉体だ。腕が立つどころか、元々の騎士団では一番だったという。

 そんな彼が、理不尽な理由で元居た場所を追い立てられて……。


 なんだか共感する部分もあった。だからこそ、私は『慈愛』よりも『憤り』を感じた。

 『何がなんでも治してみせる』という意気込みを持って、全魔力を集中する。


 ほぼ八つ当たりのようなものだ。

 理不尽な目に遭う者が居て、許されていいはずがない。

 このままにしておけるのか。そんなこと出来るはずがない、と。


「────!」


 全力の魔力解放。滅多にこんなことをする機会はない。

 そもそも治療魔法の出力を上げればいいというものでもないから。


 パァアアアアア!


 光の奔流が発生するほど。もう、本当にヤケクソだ。

 絶対、ぜーったい治してやる! っていう。


「……は?」

「これは……」


 見ていたリューズ神父と、当人であるクラウディウス卿が、絶句するほど。

 全力・前進! イケイケ、ゴーゴー! 後先など考えずにすべてを捧げて!


 やがて、光の奔流が収まり始め、収束した頃。


「……ふぅ」


 なんとなくやり切った気分で、私は治療魔法を使うのを止めた。

 ああ、なんだかクラクラする。

 当然か。目に見えないけれど、確かに私の中の魔力を消費する行為なのだ。


「な……」

「どうでしょうか? 痛みは和らぎましたか?」


 ヤケクソ治療魔法だったのだけど。

 彼の腕を改めて見て、自分でも少し驚いた。


 ……なんと、見た目の治療は完璧に出来ていたのだ。

 これだけでも成果と呼べるかもしれない。


「これ、は……」


 クラウディウス卿は、絶句しながら右腕を……振り回した。え?


「動く……」

「え」

「動きます、ね。えっと……元通り、に?」

「え」


 思わず、私とリューズ神父は顔を見合わせた。

 え、もしかして、完治した?


「あ、焦らずに確認しよう。無理してはダメだから!」

「は、はい」


 クラウディウス卿は、ゆっくり腕の可動域を確かめるように動かしていく。

 やがて立ち上がって、礼を執り、何も握らずに剣の『型』のような動きをして……。


「……痛みがありません。これは、完治している、のでは?」


 まだ呆然とした様子で、自身の右腕を眺めて。

 そして、改めて言葉を失ったように私に視線を移した。


 なんとも言えない表情を浮かべている。きっと私もだろう。

 正直、想定以上の結果だったのだ。


「う、おおおお……?」


 リューズ神父が、ゆっくりと『義務感』のようにガッツポーズを取って、声を上げた。

 『今、喜ぶところだよね?』と確認するみたいに。


「や、やったぁ?」


 私もそれに倣って、喜んでみた。

 うん、こんな結果になると思ってなかったんだもの。どうしたらいいのか。

 けっこうあっさりと問題が解決してしまった。


 人一人の人生が、大きく変わった瞬間なのである。

 『え、マジで?』と誰も言わなかったことの方が奇跡だ。


「あ……ありがとう……! シスター・エレン!」


 3人が3人とも、目の当たりにした奇跡を受け入れるのに、少し時間が掛かったのだった。


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― 新着の感想 ―
マスコミが作った【聖女】じゃなくて、リアルに聖女になっちゃうー
義務感のようなガッツポーズ、って表現最高でした!
エレンはシスターから聖女にジョブチェンした!? イケイケ!ゴーゴーって(大笑)
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