15 騎士の事情
「辺境が人員を求めているのは分かりましたが……。何故、私に?」
「エレンの治療魔法の才能は、私の見る限りでだが、かなりのものだ。もちろん、この教会に居てくれると助かるのは、そうなのだが……もっと求められる場所に居た方がいい、と。そう思っていてね」
「……なるほど」
治療魔法が求められるのは、いわゆる『外傷』がメインだ。
多少の内科的な効果も見込めるものの、それらは、どちらかと言えば『薬師』の領分となる。
つまり、治療魔法を使う治療士が最も求められるのは外傷などの怪我が多発する場所。
たとえば、騎士団を抱えている領地とか、戦場に近い場所なのだ。
私には意外なことに治療魔法の適性、才能があった。
だからこそ、ということなのね。
「そちらの方、ええと。クラウディウス卿が同行する、というのは?」
「女性一人で辺境まで移動させるワケにもいかないだろう? だから、かの地へ向かう予定の彼と一緒に、とね」
つまり、クラウディウス卿は護衛ね。
魔獣との戦いを2年も繰り広げた辺境、グランドラ辺境伯家。
……元夫が2年戦い続け、そして不貞相手を見つけた地。
如何にも因縁めいているけれど、今の私をそこに向かわせることに、誰かの悪意があるとは思えない。
だって今、近くに行って嫌な思いをするのは間違いなくカールソン男爵領の方だろう。
元夫たちが居なくなった後の辺境なら、むしろ安全地帯?
すぐに彼らが舞い戻ってくるとは思えないし。
何年かした後の記念に訪れる、とかならあるかも……? うーん。
「……ただ」
「はい」
「実は、クラウディウス卿だが、護衛の役割は十全に果たせないかもしれない」
「え? それは一体、どういうことですか?」
私は首を傾げた。
「……実は」
そこで当のクラウディウス卿が、申し訳なさそうに前に歩み出て、衣服をはだけた。
何だろう、と思って見たのだけど、私はすぐに気付く。
彼の右腕には大きな傷が出来ていたのだ。
「利き腕の腱がやられてしまいまして……」
「まぁ、大変ですわ。一体、なぜ。もしや魔獣との戦いで?」
「いえ、そうではないのですが……」
私は傷ついた彼の腕を見た。傷口は既に塞がっているが残っている。
つまり、魔法による治療をすぐに受けられなかったのだろう。
治療魔法と言うが万能ではない。
いわゆる『古傷』を治すのは難しいのだ。
だけど、見るにクラウディウス卿は、まだ若い人に見える。
もちろん状況によるので何とも言えないが、治療を受けられない場所で大怪我を負ってしまったのだろうか。
「実は、真剣を使った模擬戦闘で……つまり鍛錬の途中に負った怪我なのです」
「まぁ……」
そう言われると剣による切り傷にも見えるわ。お可哀想に。
「この腕では、その。辺境に赴かれても、騎士として戦うのは厳しいのではありませんか?」
「……分かっています。ですが、元居た騎士団も解雇となってしまいまして」
「解雇!?」
騎士が怪我を負ってしまうのは、ある意味で仕方ないことだ。
そして戦力にならないと言うのならば騎士である意味も……だけど、解雇……。
「手当てはいただきましたが、どうにか自分も、これから生きていかねばなりません。それで……」
「辺境での『移住』募集ならば、と?」
「ええ。声掛けは行われているのですが、まだ多く集まってはいないらしいですから。可能性はあるものかと」
「そうなのですね」
元々、かの地に派遣されていた人々は、王命による強制招集だった。
思うところがあった騎士も居ただろうし、領地を離れざるを得なかった下位貴族も多いだろう。
なので、かつて集まっていた人員が、また来てくれる可能性は低い。
むしろ、もう行きたくないと思っていても不思議ではない、かも?
なにせ、今度の話は誰の命令でもないのだ。
私にまで話が来たのも、方々に話を回した結果、偶然……程度のものだと思う。
利き腕が動かせなくても、それなりに戦える騎士ならば、もしかしたら、と。
そういう風に考えられたのね。
「…………」
私はクラウディウス卿の右腕を見つめる。
「どうされましたか? シスター・エレン」
「いえ、その……」
見るに彼の身体は、とても鍛えられている。
それに立ち振る舞いから、かなり、なんというのだろう。
『雰囲気』があると言うべきか。
「……クラウディウス卿は、元々の騎士としての腕前は、どれほどだったのでしょう?」
「え?」
「あ、申し訳ございません。ただ、気になったもので。その……。利き腕が動かせなくなっても騎士として働けると。そう思われているほどに、腕に自信があった、と。いえ、貶すつもりはないのですが!」
「ああ、気にしなくていいですよ。ただ、純粋に疑問に思われたのですね。しかし、腕前ですか……。自分の口から言うのは」
そうよね。言い辛いわよね。
正確に把握しているかも怪しいし。
私、なにを聞いているのよ。
「クラウディウス卿の腕は立つよ。むしろ所属していた騎士団では一番の腕前だったと言っていい」
「一番!」
「……リューズ神父、それは」
「本当のことだろう? エレン、実はね。彼と私は遠い親戚なのだが……」
「そうだったのですか?」
「ああ。縁があったから、こうして彼に教会へ滞在してもらうことになってね」
リューズ神父と、クラウディウス卿。親戚、ね。
……貴族かもしれないわね、二人とも。
本人の今の身分は、さておいて、身内に貴族が居そうな雰囲気だ。
「彼は、元々はファーマソン公爵家の騎士団に所属していたんだ」
「公爵家の騎士団ですか。それは、また」
同じ騎士でも、かなりエリートだと思う。
騎士職の花形と言える職場の一つに違いないわ。
もちろん一番は、王宮騎士団に所属することだと思うけれど。
同じ王族の血を引く公爵家の騎士団ならば、かなり名誉なことのはず。
その騎士団で一番の実力者だった?
「まだ、お若いのに素晴らしいことです」
「ありがとう。今は失ってしまった名誉だけれど、そう言って貰えると誇らしいよ」
優しく微笑み、そう返してくれるクラウディウス卿。
その微笑みを受けて、実力者で……きっと女性に困らなかったのだろうな、と思った。
「だが、彼の腕前に……嫉妬した騎士団長に、こんな怪我を負わされてね」
「ええ……?」
お気の毒だけど! そういう話を私に聞かせるのは、どうなの。
公爵家の騎士団の揉め事? 彼は被害者のようだけど。
「もしかして、王都から遠ざかりたいから辺境へ?」
「……実は、そういう面もあります。中央では別の職業でも、再就職が難しくて」
なんとまぁ。とにかく彼、リシャール・クラウディウス卿は『ワケあり』の騎士らしい。
だが、そんな彼が『護衛』か。旅路には不安が残る。
そもそも、今の私は『潜伏中』なのよね。
大人しくしていて見つからないのであれば、それに越したことはない。
……でも。
私には、どうやら才能がある。その才能を活かせる場に移る、というのは悪くない話だ。
ずっと隠れて、ただ大人しくしているだけなのも、納得がいかないものね。
いつかは自由に充実した人生を送りたい、という思いがある。
でも、今は『何者か』が悪意を持っていたから、大人しくしていようと思っていた。
だからこそ、グランドラ辺境伯領、か。
移動する先の選択肢としては悪くない気がする。
「……もう少し、考えてからでもよろしいでしょうか? リューズ神父、クラウディウス卿」
「もちろん、構わないよ。すぐに移動する必要性はない。これは、あくまで提案だからね」
「ありがとうございます。……2、3日中には答えを出させていただきます」
私は、そう告げて、二人に頭を下げ、部屋を出たのだった。




