14 変化
「どうかなー、どうなんだろう?」
はたして、私は死んだのか。
まったく、その自覚はない。
夢の中の私は、かなり不幸な人生を送ったらしい。
でも、それが今の私そのものなのかは、はっきりしない。
目覚めた上で言うなら、やはりアレは『夢』でしかないと感じる。
他人事、とまでは言わないけれど。
とにかく実感は湧かなかった。
だけど、強く『警告』としては受け取った。
やはり家を出てきて正解だったのは言うまでもない。
もしも、私が時間を『回帰』しているのなら……納得できる点もある。
それは、これまでの自身の立ち回りだ。
いくらなんでも、領地に現れた『偽・男爵夫人』を予見するほど、私は優秀な推理力を持っていない。
でも、私はあれらを防ぐことが出来た。
それは、かつて経験したことだったから。
うん、しっくりくる説明だ。私自身が納得できる。
突然、推理力が跳ね上がったと言われるより、同じ経験を実はしていたからだったのだと言われた方が納得できる。
他の立ち回りもそうだろう。
元夫と浮気相手とは、話し合う余地などないと断じたこと。
逃げるため、隠れるための作戦を徹底したこと。
使用人や領民の生活に対する保障を、2年間で頑張れたこと。
戦場から届く一報に冷静な気持ちで対処できたこともそうだ。
きっと本来なら、悲しみや困惑、絶望に囚われつつ、悪意で追い詰められながら暮らしていたはず。
でなければ、そう。でなければ。
「──突然、離縁を突きつけられた妻に一体、何ができるのか」
どうにか生きていくだけで精一杯だったはずだ。
そして庇護を求めた教会も最悪だった。
『何者か』の息が掛かっていたのかもしれない。
「はぁ……」
「エレン? 大丈夫?」
「アンジェラ……、ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、起きてたの。エレン、うなされてたよ」
アンジェラは、シスター仲間。そしてルームメイトだ。
シスターとして働き、教会に保護されている私たちは、個室ではなく二人以上で一つの部屋をシェアしている。
「ちょっと気分の悪い夢を見てしまって」
「具合が悪いの?」
「……ううん、それは平気」
「無理したらダメよ、貴方は頑張り過ぎるところがあるみたいだし」
「そんなこと……」
「あるよー、この前なんか、」
他愛もない会話。でも、そこに悪意はない。
気遣い、優しさ、信頼。人間としての温もりのある会話だ。
使用人や領民たちと築いてきたものと同じ。
……うん。世の中、そして教会も。
嫌な人ばかりではない。
そう感じて気分が楽になったわ。
さて、それで。これから、どうしようかな?
意外と教会での生活は、私の性に合っている。
なので、ここで暮らすことは苦ではない。
それに治療魔法の才能もあると分かったし、この才能を活かすならば、やっぱり教会だろう。
予知夢が予知夢ではなく、回帰する前の記憶だとしたら。
私が、これ以上の未来を予見して、破滅を華麗に回避することは難しいだろう。
できることがあるとすれば、想像することだ。
まず、カールソン男爵家の、その後。
夢の中では、どうも領地運営が上手くいっていない様子で、そのために私を捜していた。
私に仕事だけさせようと考えたのだろう。
現実では、使用人たちには紹介状を用意し、彼らが不当に解雇されても困らないように準備した。
食料備蓄を守ったように領民に実害が及ぶ類も未然に対策してある。
だから、よほどのことをしない限り、すぐに困窮することはないはずだ。
でも、使用人たちと元夫との軋轢は深まったかもしれない。
所詮、『ただの不貞』に過ぎないことを意識させたし、そんな元夫のことよりも、使用人たちのことを考えて過ごした。
「……遅かれ早かれ」
元夫は、上手くいかなくなるのではないだろうか。
別にそうなることを望むワケではない。
もはや無関係なのだから、勝手に生きていってくれればいい。
問題は、家が傾き始めた時に、あろうことか離縁した私に尻拭いをさせようと考えることだ。
夢の中の彼らは、そういう意味不明な思考回路をしていた。
現実の彼らもそうなら、いずれは……。
今いる教会は安全だろうか。
忘れた頃にやってくるのも、それはそれで怖いのだが……。
私なりに居場所を突き止められないように策は打った。
実家には、しばらく私が居たように見せ掛けて貰ったりもしている。
それだけでなく、さも定期的に私が実家に出入りしているとか、手紙のやり取りをしている風に偽装してもらった。
……お兄様とお兄様の妻が、意外とそういうことが好きで快諾してくれたのよ。
私を捜そうとすると多数の誤った情報を掴む上、実家に匿われていると思い込むのだ。
もちろん、本当はそこに居ないのだから、自分たちの安全を最優先に、とは伝えている。
「……うん。家から足取りを追って、私に辿り着くのは難しいと思う」
素人の考えた作戦に過ぎず、追跡のプロが探れば、そうでもないのかもだけど。
あの家を離れて既に半年ほどが近くが過ぎている。
夢で見た内容と照らし合わせて考えて……。
私から大きく動くよりも、このまま『エレン』として教会で大人しく過ごし、怪しまれないように情報収集して、現状を把握するのがベストだろうか。
「まだ、しばらくは潜伏ね」
私の人生、それでいいのか? という疑問も浮かぶのだけど。
意外とシスターとして過ごすことも悪くなければ、治療魔法の才能を活かして人々を癒す日々は充実もしている。
……結婚は、ダメな結婚だったけど。
それ以外は、まぁ及第点。
うん。まぁ、離縁した女ですから。
おひとり様での充実した人生を見つけていきましょう。
そう思っていた私、なのだけど。
転機が訪れることになった。
私が身を寄せた教会の司祭様に呼ばれて、彼の部屋に入ると、そこには客人が居た。
「エレン、君に提案があるんだ」
「はい、司祭様」
着席を促され、私は座る。
客人は男性で、私と目が合うと礼儀正しく頭を下げてくれた。
銀色の短い髪と青い瞳をした、精悍な男性。
見惚れてしまうほど、とまでは言わないけれど、容姿は整っている方だろう。
少なくとも私は、とても好印象だった。
「こちらの男性は、リシャール・クラウディウス卿。騎士様だね。エレン、彼と共に辺境に新設された教会へ行って貰えないだろうか、と」
「辺境の教会ですか?」
辺境と聞くと、思い浮かぶのは元夫が2年も戦っていた地だ。
「ああ、君も耳にしたことはあるだろうが。最近まで大規模な魔獣との戦いを繰り広げていた地だ」
あ、やはり、そこの話なのね。
「以前までは、他領から派遣された者たちで戦線を支えていたらしい。だが、防壁が建造された事で余裕が生まれ、派遣された者たちは引き上げていった」
「はい」
「……でも、完全に人員が居なくなるのも困るらしい。そこで、あの地では新たに『移住』してくれる者を求めているんだ」
「移住……ですか」
つまり、今居るこの教会から、辺境の教会へ移って欲しい、と。
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