表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/86

13 鮮明な予知夢

 私が、元夫と離縁してから既に半年ほどが過ぎていた。

 仮にあのまま男爵家で過ごしていたとしても、離縁が成立していただろうな。


 離縁するにしても、残って話し合えば良かったのか。そう悩む時もあった。


 でも、何故だろう?

 私は、彼とその浮気相手と、会話が成立するとは、どうしても思えなかったのだ。

 浮気相手の女性に至っては、どんな人物かも知らないというのに。


 私は、彼らに見つかってはいない。

 意図して実家とも連絡を絶っているのもある。

 それに、彼らがもし私を捜そうとしたとしても、出て行く前に撹乱情報を撒いておいた。


 使用人たちに協力して貰い、四方八方に『男爵夫人エレクトラが、あちらに向かった』と流して貰ったのだ。

 仮に目撃証言から行き先を洗い出そうとしても、大量の誤情報から明後日の場所を捜すことになるはずだ。


 ……どうして、そこまでしたのか。

 自分でも、なんだかよく分からない。

 思えば、あの予知夢を見た時から、ずっとこの感覚は続いている気がする。


 もちろん、悪意ある何者かを警戒していたのもあるけれど。

 私は、元夫と浮気相手に、間違っても関わりたくなかったのだ。


 ……そして。


 私は、彼らが私を捜そうとすると思った。

 不貞を犯しておきながら、善人面をして。正義面をして。

 離縁するつもりなのは変わりなく、絶対に別れるつもりのくせに。


 かといって慰謝料を用意するとか、誠実に謝るとか、そんなことをする考えすらもない。


 何が目的かというと、自身らの『愛』とやらを私に見せつけ、語りたいだけ。

 それだけのために私を捜そうとする……。

 気色が悪くて、きっと関わるだけ損をするだろう。


「……どうして、こう思うのかしら?」


 あまりに根拠が乏しいことである。

 それなのに何故だか、私は確信しているのだ。

 だから私は、彼らから逃げて、隠れた。

 誤情報をばら撒き、見つからないように策を打った。


「はぁ……」


 我ながら自身の徹底ぶりが理解できなかった。

 すべてのきっかけは、あの予知夢。

 もう一度、あれを見れば理解できるのだろうか?

 私の人生を変えた奇跡。


 奇跡は、たった一度だから奇跡と呼ぶ。

 きっと、もう二度とあることではないのだろう。


 ……そう、思っていた。



 ◇◆◇



 私は『夢』を見ていた。


(あ……、これは)


 それが、あの予知夢であることはすぐに理解できた。

 ただ、かつてのそれとは違い、どこか当事者感が薄れ、目の前で繰り広げられる演劇を観るような感覚だった。



『エレクトラ、すまない。俺は、リヴィアを愛してしまったんだ。だから君とは離縁する』

『え……?』


 戦地から2年ぶりに帰ってきた夫が告げた言葉に絶句する私。


 理解なんて、追いつくはずもなく。

 また受け入れられるはずもなかった。

 内心では大きく取り乱している。

 でも、そこで泣き縋ることすら出来ないほど、彼から告げられた言葉が、本当に意味不明だったのだ。


『何を、言っているの?』

『君とは離縁する。俺は愛する人に出会ったから』

『……話には聞いています。ですが、そういうことではありません』


 既に、戦場で英雄と持て囃された夫と、そのパートナーのように言われている女のことは知っていた。


『ごめんなさい、奥様!』


 私と彼との話し合いに、平然と割って入ったのは、その女だ。


『私が彼を愛したばかりに……!』


 そこからは聞くに耐えないし、見るのも耐えないものだった。

 意味が分からない。

 そして、何よりも今、するべき話は愛とか、そういうくだらないことではないはずだ。


 思うに彼らは、私を人間として扱う気がない様子だった。

 だから付き合ってられないと思った。


 『勝手にやっていろ』と、急速に心が冷えていく感覚。

 さっさと出て行こうとする私。

 その場に居るより、彼らと関わるより、路頭に迷った方がマシだと思えた。


 私にとっても、彼らは人間ではなかったのだ。

 話すだけで不快なバケモノの類だと感じた。


 私は、出来るだけ表情を凍りつかせ、冷静になるように心掛けた。

 そして彼らから吐き出される言葉を、可能な限り、聞かないようにした。

 それでも尚、不快な言い分や、言葉が漏れ聞こえたと思う。


 懸命に聞き流し、無視をして、家を出る準備を始める私。

 結婚式も挙げず、純潔だけ奪われて、せめてもの救いが子供が出来なかったことだけ。

 きっと子供が出来ていたとしても、あの男に奪われていたに違いない。


 彼らに育てられる子供が幸せに生きられるとは到底、思えなかった。

 彼らの間に子供が出来れば、その子が優先されるに違いない。

 きっと飼い殺しにされた上、実の母となる私を恨むように育てられた。


 だから、彼との間に子供が出来なかったことが、この2年間で最も恵まれた幸運だった。



 男爵家を出ていく私。見送りはない。

 時折、現れる私の偽者のせいで、私の評判は落ちぶれ、使用人たちに迷惑を掛けていた。


 ようやく苦難の日々が終わったとさえ、思われていただろう。

 実家にも迷惑を掛けたと聞いていた。


 そんな状況で、私に行く宛てなどあるはずもなく……。

 『夢の中の私』は、近くの教会に保護を求めた。

 そう。近くの教会だ。


 『現実の私』は、カールソン領や、ヴェント領からは離れた教会に身を寄せている。


 でも、夢の中の私は、遠くまではいけなかった。


 それが悪かったのだろう。

 私の悪評を知る人々からの扱いは、良くなかった。



 一体、私が何をしたと言うのか。

 2年間、夫の居ない領地をどうにか守ってきたはずだ。

 それがなぜ、こんな目に遭わなければならないのか。


 辛い日々は続いた。

 どれだけの時間が流れたのか。

 そこで教会で暮らす私の下に、元夫からの手紙が届いた。


 今更に手紙が届く自体、理解不能だったが、その内容も絶句するようなものだった。


 領地運営に困っているから、勝手を知る私を雇う、という内容だ。

 謝罪などはなく、どこか恩着せがましいと感じる内容だった。


 元夫は、そこまで無能だっただろうか?

 領地運営を失敗するほどではなかったはず。

 それに侍従長のサイードが居れば、いくら無能な人物でも、男爵領程度の領地運営に失敗するとは……。


 そう思って、その原因が二つほど浮かぶ。

 一つは、妻となった女や元夫が無計画に散財をしている可能性。

 もう一つは、侍従長を始め、有能な使用人たちを彼らが解雇してしまった可能性だ。


 不貞を悪びれず、謝らず、押し通すような人物たちが、真っ当な意見を言う使用人たちに耐えられるとは思えなかった。


 きっとカールソン男爵家は、危機に瀕している。

 立て直すには私が必要なのだろう。

 そうしなければ、領民が犠牲になる。

 そこまで推測できた。


 ……だが。


 私は、そこまでお人好しには、なれなかった。

 だから手紙は無視した。


 不穏な気配を感じたのは、その後だ。


 私は何者かに監視されていると感じた。

 だから逃げた。

 そうすると案の定、追いかけてくる者が居た。


 捕まりたくなくて、必死に逃げて、やがて私は追い詰められて……連日の雨で激流となっていた川に身を投じて──



「……はっ!」


 そして『現実の私』は飛び起きた。

 教会にあるシスター用の質素なベッドの上だった。


「はぁ……はぁ……」


 ここは現実だ。

 カールソン領からは離れた教会であり、私に良くしてくれる人たちに恵まれた場所。


 私は、また、あの予知夢を見ていたのだ。


「予知……?」


 予知ではない。

 だって、あの光景は『未来』ではないだろう。

 私が辿らなかった、回避した、別の歴史そのものじゃないか。


「……はぁ」


 まだ確信はない。でも、私は。

 そうとは認識していないだけで……。

 もしかしたら、一度は……死んだ。


 そんな気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 巻き戻しや悪役令嬢ものの要素が今までにない調理法で感心&没入できました 面白いな〜 続き読みに戻
[一言] おもしろーい! 「その発想無かったわーっ!!」って、叫びましたわー。
[良い点] 続きが読みたい〜。 一気読み〜。 [一言] 目が離せません! どうなるんだろう!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ