12 教会のエレン
「ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて……落ち着いてくださいね」
私は、横たわる人物に対して手を翳す。
そして意識を集中すると、ふわりと温かな光が溢れ出した。
治療魔法。主に神に仕える教会の者が使う魔法だ。
私には、その才能があった。
下位貴族とはいえ貴族令嬢として育った私は、こういう直接的な奉仕活動に縁がなかったのだ。
だから、己の才能について今まで知らなかった。
「はい、終わりました。どうですか?」
「ああ……、随分と楽になりました、ありがとうございます、シスター」
シスター、というのは厳密な役職ではない。
でもまぁ、大雑把な括りで言えば、今の私はシスターか。
「はい、では、お大事に。しばらくは安静になさってくださいね」
こうして治療魔法を使える者として、日々の職務をこなしている私。
存外、悪くない日々だと思っている。どうにも性に合っている気がした。
「エレン、終わった? お昼の準備を始めるわよ」
「はい、分かりました」
そう。エレン。
それが今の私が名乗る名前だった。
不貞を犯した旦那に追い出された哀れな『平民』の女、エレン。
もちろん、カールソン男爵領や、ヴェント子爵領からは離れた教会に居る。
私、エレクトラ・ヴェントは、カールソン家で元夫に離縁状を残した後、教会の保護を求めたのだ。
そして、私は『エレン』を名乗った。
何者かが私に対して悪意を抱いていると当たりをつけ、そして、それは教会関係者も加担している。
あくまで推測に過ぎないことだが、おそらく確実なことだろう。
けれど、あえて私は教会に保護を求めた。
バレないように潜伏することと、敵の正体を少しでも知っておきたい、という願望もあった。
もちろん、大きな危険を犯して調査をする気などはない。
始めは上手くいくかとドキドキしたものだけど、今では、すっかりと溶け込めていると思う。
おそらく私を陥れようとした何者かは、教会のすべてではないのだ。
だから、一連の問題とは無関係の人々は私にとって、ただ優しく、ここは居心地のいい場所でしかなかった。
治療魔法の才能があると見いだされ、人々の助けになる内に、今ではこれが自分の天職なのでは、などと思うほどだ。
正直に言って、日々が充実していた。
例の『何者』かが、もう私に興味もないというのなら、それでいいと思う。
だって、あのままハリード様の妻であった方が、きっと私は不幸せだっただろうから。
今では、こうなって良かったとすら思っているのよ。
「さぁ、お昼を食べたら、またお仕事ね!」
元気良く、シスター仲間にそう笑い掛け、私は今日も平穏に生きていくのだった。




