10 ファーマソン公爵の思惑
教会に預けられたリヴィアは、ファーマソン公爵と平民の間に生まれた子供だった。
リヴィアの母は美しい女で、公爵は妻に隠れて彼女を抱き、子供を生ませた。
生憎とリヴィアの母は、産後の肥立ちが悪く、リヴィアを生んですぐに亡くなってしまった。
ファーマソン公爵は、庶子のリヴィアを引き取ることも出来ず、教会に預けるしかなかった。
そして、ずっと隠れて面倒を見てきた。
公爵夫人である妻の目もあり、表立った援助は出来なかったが……。
そんなリヴィアは教会で育ち、治療魔法を覚えて働くようになった。
いつか娘として引き取りたいと願いつつも、その願いが叶うことはないとも諦めていた。
……だが。
リヴィアが戦場の後衛部隊に参加し、負傷者の治療を担うと知った。
『そんな危ない場所に』という憤りの下、ファーマソン公爵は詳しくリヴィアの状況を調べさせる。
すると、彼女が一人の騎士に恋心を抱いていることを知った。
相手は、ただの男爵だ。だが、騎士としての腕は見込みがあった。
ファーマソン公爵には、リヴィアを公爵令嬢として養うことが出来なかったことに罪悪感を覚えていた。
──だから。
娘の恋路と。そして、その立場を今こそ引き上げてやるために。
ファーマソン公爵は、動くことにした。
まず娘が恋した相手である男を調べ上げた。
相手の名は、ハリード・カールソン。ただの男爵。
公爵は、ハリードには特別な剣を与えた。
魔法の力が込められた、魔獣に有効な攻撃を与えられる剣だ。
公爵家の財力でなければ、手に入れることは出来ない。
間違っても、ただの男爵に過ぎないハリードが手に入れることは出来なかったはずの剣だった。
そして、二人の評判を出来るだけ引き上げ、功績と共にハリードの陞爵をさせるように動いた。
当然、リヴィアのことも『聖女』と持て囃す。
多くの民が、リヴィアのことを聖女として認めれば……いつか、娘として迎えることも出来るかもしれない。
そういったことを考えて動いた。
さらに教会とも結託し、よりいっそう『聖女』として、リヴィアを盛り立てることが出来た。
後の問題は、ハリードの妻だけだ。
調べた結果、二人は結婚式さえも挙げず、挙句に白い結婚だと知られている。
ハリードとその妻が、どのような仲かは知らないが……。
その妻が、リヴィアの幸せの邪魔者であるのは変わりない。
ファーマソン公爵は教会の協力を得ながら、ハリードの妻エレクトラの評判を下げようとした。
公爵にとって、子爵令嬢など気に掛ける必要を感じない相手だ。
だが、その思惑は中々上手くはいかなかった。
いくつかの案は、対処されてしまい、不発に終わった。
女の実家であるヴェント家もそうだ。
公爵が用意した工作員に対応し、エレクトラの悪評を抑え込んだ。
裏工作を、そこまで苛烈にするにはリスクが高い。
娘が嫁ぐ家そのものを陥れることは出来ず、妻の評判だけを貶めたかった故に事が小さくなり、すべて対応されてしまった。
公爵としては業腹だったが……。
肝心のハリードは、リヴィアに惚れ込んでいる様子だという。
妻の評価が落ちずとも、離縁し、リヴィアを望むのは確実だと聞いた。
「ハ……。一端の貴族だったということか」
様々な工作を乗り切った、男爵夫人に苛立ちを感じながら。
それでも娘に女として負けて、惨めに離縁されるのだと思えば、公爵の苛立ちも収まるのだった。




