第一撃「シナモン」⑦
ブルーブラックの詰襟。柿星学苑の制服だった。襟章は…金の「種」。顔にはっきり見覚えはないが鮎と同学年、高等部の1年生だ。
「あぁ…?」
金髪男は、声にいら立ちを隠さなかった。
「アメリカンカールって種類で、耳がこう、後ろに巻いてて。黒い猫です」
「ナメてんだろ、おま…」
「いついなくなったんですかっ!?」
男の背中から顔をはみ出させるようにして鮎は訊いた。同じ学校の生徒にこんなところは見られたくなかったが、この蜘蛛の糸を放してはならない。
少しの間があって、少年が答えた。
「…11年前」
鮎も男も「は?」という顔になった瞬間、少年が上半身をこじ入れるようにして鮎と男の間に割って入った。鮎の手首から男の手を引きはがすと、小さな声で「走って! 出口後ろ!」と囁き、鮎の両肩を押した。
バランスを崩した鮎は、その場に尻餅を突いた。ショップの袋が肩から外れて地面に倒れ、制服がはみ出す。両てのひらに砂利がめり込むのを感じながら見上げると、金髪男の手が詰襟の胸ぐらをつかまえたところだった。
「うっわ〜。ボクシングやめてぶりだわ、人殴んの」
ニヤけ顔はそのままだが、目とこめかみ辺りにヒアルロン酸注射でもしたみたいに「怒」が盛り上がっている。身長は175以上あるだろう。たしかに運動をやっていた身体つきだ。前に剛士が「訊いてもねえのに自分から格闘技やってたとか言うやつって、まず大したことねえから」と言ってはいたが…。一方で少年は170あるかないか、生物部か地理研究部ってところだ。おびえきった顔で「すいません! すいませんシタ!」と繰り返している。
彼までが、なぜこんなやつに謝らなければいけないのか。
男は左手で胸ぐらをつかんだまま、「はい、ぼでぃ〜!」と言いながら右の拳を腹に入れた。少年はうめきながらうずくまる。
ぱらぱらと音がして、鮎の手の甲に硬いものが当たった。雹が降ってきたのだ。空は晴れたままだった。
事ここに至っても、鮎は検証に踏み切った決断自体を後悔してはいなかった。「仮説」はほぼ立証されたと考えていい。納得した。原因はわからないが、そして誰にも信じてもらえないだろうが、ロクでもない能力が目覚めてしまったのだ。
それはそれとして、しょうもない実験が招いたアクシデントに、善意の第三者をこれ以上巻き込んでたまるかーー。
地面についたままのてのひらをぐっと握りしめる。砂粒と一緒に爪の先に雹がはさまって、ひんやりとした。
〈続きます〉




