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ジャム! 〜乙女わざ「北統麝汞流」始末記〜  作者: 遠 泳


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第五撃「うずらの卵」⑤

 A組の教室でサンドイッチを食べ終えた鮎が「お茶買ってくる」と立ち上がると、(そえ)()()(こと)が「これ。まじ超エモだから」と自分のAirPodsを耳に詰め込んできた。耳の中に、フラメンコの曲みたいなギターのイントロが流れだした。

 今朝、通学中のバスの中で話していた曲だろう。外国のギャング? マフィア?が主人公の曲で、なんとかマサトシというギタリストが歌ってると言っていた。

 昼休みに合うエモさではない気がするが、美琴の音楽の趣味は、バンドをやっていた母親の影響で80〜90年代推しなのだ。鮎は、映画みたいなストーリーを語りだした歌詞を聴き取りつつ、美琴のスマホを持って廊下に出た。

 1年生の教室は3階にあり、窓から校庭全体が見渡せる。蒸し暑さのせいか、今日は外に出ている生徒はいつもよりも少ないようだった。

 窓ガラスの上のほうに、(ほこり)の上から指で描いた落描きがあった。昨日はなかったはずで、誰が何を描いたんだろうと窓際に寄ってみる。サンリオキャラクターかポケモンのようだが、少しかすれていて見えづらい。背伸びをしながら顔の角度をいろいろ変えて眺めていると、黄色い点が背後から飛んできて、目の前のクレセント錠の辺りにとまった。


 ーーー1匹のハチだった。


 家の外では、鮎は基本的にイヤホンで音楽を聴かないようにしている。ハチの羽音を聞き落とすかもしれないからだ。校舎の中にいるので、つい…。反射的に唇を噛み、小さな叫びを喉で押しつぶす。

 近くに、どうでもいい用事で何かと話しかけてくる同じクラスの男子グループがたむろしている。今、声を上げたら、ひょっとしたら連中の誰かがこのハチを、前にタケ(にい)がしたみたいにーー。

 耳の中では、恋人との約束があるのに、(わな)にはめられて誘い出された曲の主人公が、マシンガンの銃弾を浴びていた。

 とりあえずこの場は、静かに後退りすれば大丈夫だろう。だがもし教室に、それも5時限目が始まってから入ってきたら? 何もしなければ刺してこないだろうし、アナフィラキシー応急処置用のアドレナリン自己注射キットもリュックに入れてあるけれど…。


 ハチが、飛んだ。


 ふいに一人の男子が、鮎を弾き飛ばすように窓と鮎の間に飛び込んできた。出かかっていた小さな叫び声は「(あぶ)なっ!」という文句に変わる。ごめんも言わずにそのまま通り抜けていった。視線が()れたせいでハチを見失い、鮎はあせって周囲を確認する。


「……?」


 ハチが、いない。

 見回しても、窓にも、廊下の天井にもいない。テレポートでもしたみたいだーー。

 はっとしてさっきの男子を目で追った。見覚えがある猫背気味の背中が、階段のほうへ早足で歩き去っていく。

 意識が歌詞に少し戻った。曲の主人公は、必ず行くから待っていろと恋人に呼びかけ続けている。

 鮎は美琴のAirPodsを耳から外し、スマホと一緒にスカートのポケットに入れた。


〈続きます〉

ハチ毒のアナフィラキシーに関しては、文献資料等を確認したうえで書いていますが、素人のため理解が不足しており、認識の誤りなどがあるかもしれません。


実際にハチ毒アレルギーをお持ちの方やそのご家族、お知り合いの方などがお気を悪くされましたら恐れ入ります。

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