第四撃「強炭酸水」①
第四話「強炭酸水」は全3回です。
各回の文字数は1500〜2000字前後です。
夕方4時、鏡太郎は杉並区役所の前庭にある石のベンチに座っていた。
昨日のことで話があるんで。予定がなければ放課後、なるべく柿星の生徒に見られない場所で40分くらい時間もらえますか。…昼休み、“噂の外部生”に校庭でそう言われ、鏡太郎がここを指定したのだった。
区役所は主要道路である青梅街道沿い、東京メトロ丸ノ内線の南阿佐ヶ谷駅近くにある。JR中央線の阿佐ヶ谷駅からだと歩いて6、7分だ。鏡太郎にとってはいつも自転車で走り回っているテリトリーだが、柿星学苑の生徒が放課後にぶらつくのはだいたい荻窪か吉祥寺。荻窪の隣町とは言え、ここで同じ制服を見かけることは、まずなかった。
ベンチの前には、「お誕生日おめでとう」という男女二人の彫像が立っている。後ろ手にリンゴ(たぶん)を隠した若い男に、椅子から立ち上がってミニスカートの裾を翻しながら駆け寄る少女。親子なのか兄妹なのか恋人なのか知らないが、見る度に鏡太郎は「荒木飛呂彦タッチだよな」と感じる。二人の濃い目の顔立ち、少女の身体をひねった立ち姿は、異能力者たちの闘いを描いたシリーズで名高い人気漫画家の画風を思い出させた。スカートの翻り具合など、「ブォン!」とか太線の効果音が添えられそうだ。
しかし誕生日プレゼントにリンゴ1個ってのはどうなんだろう。少女は中学生くらいに見えるんだけど。もっと幼い設定なんだろうか…。
約束の4時10分少し前、こちらに歩いてくる陸奥 鮎の姿が視界に入った。柿色のスカーフは、街中でそこそこ目立つ。すれ違った中年女性が(…キレイな子ねぇ)という表情で鮎を振り返った。
鮎の足取りは少しかったるそうに見えた。向こうにしたって、これは何も話さないまま放っとくわけにもいかないが、別に望んでもない会合なんだよなと鏡太郎は思う。鮎は手にコンビニのビニール袋を提げている。鏡太郎は立ち上がり、軽く会釈をして、またベンチに腰掛けた。
鮎も会釈を返してきた。ポニーテールがぱさりと揺れる。彫像にちらりと目をやって怪訝な表情になったが、そのまま無言で鏡太郎の前まで来ると、袋から2本のペットボトルを手に取り、差し出した。
「はい。おごる」
「なんで? いいって」
「こっちが時間作ってもらったわけですから。好きなほう」
炭酸水の500ミリボトルだった。「強炭酸」と「微炭酸ライムフレーバー」。鏡太郎は「…じゃ、さんきゅ」と微炭酸を手に取る。
間隔を空けて鏡太郎の横に座り、リュックを膝に置くと、鮎はおもむろにペットボトルのキャップを捻った。外界に放たれたCO2が爽快な音で弾ける。鏡太郎もキャップを捻ったが、シューッというガス漏れみたいな音がした。
「やっぱ強?」
鏡太郎がそう訊くと、鮎はボトルを口につけたまま、また怪訝な顔をした。
「おれあんまり炭酸系得意じゃないからさ。やっぱ“強”はキツいのかなと思って」
「…わかんない。これしか飲んだことないし」
昨日がシナモンスティック、今日はフレーバーなしの強炭酸。外見どおりと言おうか、趣味に隙がない感じである。「アイドル顔負けのルックスの外部生が入ってきた」噂は、入学式の翌日にはおそらく高等部じゅうに広まっていた。女子の話題だと口が止まらなくなる秋山が「超・一軍っての? 意識高めげだよな!」と言ってたのを思い出す。秋山は「陸奥鮎」「ムツ鮎」「陸奥あゆ」「横須賀 中学生 美少女」などさまざまな言葉で検索をかけまくり、「噂の外部生、芸能活動やSNSはやってない模様」という調査結果をグループLINEに送ってきた。陸奥産のアユのページが大量に引っかかって面倒だったらしい。
現時点で、鮎の態度は「つっけんどん」か「ぶっきらぼう」のどちらか、または両方にしか相当しない。考えてみれば「お互い別に親しくなろうと思っていない相手」と「わざわざ約束をして」「二人きり」で会うなんて初めてだった。社会人になった日には、仕事でこんなことの連続なんだろうか。
会社員である父の顔が脳裏に浮かんだところで、鏡太郎はそのまま黙ってしまった。何をしゃべればばいいのかわからない。前を見ると妄想の幼なじみのさやかがニヤニヤしながら、(頑張れ! 話すんだ!)という顔で拳を振り上げている。
〈続きます〉




