第三撃「焼きそばコロッケ」②
「ミラ」というのは鏡太郎のあだ名である。鏡太郎→鏡→ミラー→ミラ。
「……。香川も信じてんのかよ…で、なに! こちら! カノジョ!?」
女の子は「はじめましてー」とお辞儀をした。
「いやまぁ、これからっつうの?」
ニマニマした笑顔が香川の顔面からはみ出しそうだ。鏡太郎はスマホをポケットから取り出し、カメラアプリを開いて、並んで立つ二人をフレームに入れた。急に表情を引き締めた香川と、恋人然と柔らかく微笑む女の子の対比に吹き出しそうになりながらシャッターを押す。
「後で送る」
「さんきゅ。ミラ、昼メシ、パン? 何買ったよ今日」
「カレーパンとそばコロ」
「ヤルじゃん揚げ&揚げじゃん。…そうよミラ、今度久しぶりに茶とか飲もうぜ」
「わーった」
二人は、並んで部室棟のほうに歩いていった。「ホントになの?」「いや、けっこーおれ信じてっから。エビデンスがあんの」という会話が遠くなっていく。
北森鏡太郎が「汗だの唾液だのを他人につけなきゃいけないなんて、自分が気持ち悪くて耐えられない。だから一生童貞でいる」と宣言したのは中2の林間学校2日目の夜。消灯後に部屋で始まった「好きな女子発表会」の終盤だった。同室の“盛りの天才”秋山の脚色とトークスキルにより、発言は「純潔の勇者爆誕」扱いで学年中に広まる。やがてそれこそどこをどう醸されたらそうなるのか、11月の文化祭の頃には「勇者様のスマホで写真を撮っていただくと、聖なる力でそのカップルは長続きする」というムチャクチャな形に変容し、現在に至る。
「幸あれ」とぼそっと呟いて、鏡太郎は今撮った画像をアルバムの「祝♡」フォルダに入れた。現在、9組の画像が入っている。画像データを当人たちに送った後も、そのカップルが破局するまで鏡太郎は削除してはいけないのだという…なんだよ、「だという」ってのは?
鏡太郎はようやく“そばコロ”をかじった。アルデンテなどくそ食らえのねっちりした焼きそばとハムの塩気を味わいながら、カレーパンも一口。焼きそばとカレーを同時に口に入れたのは初めてだ。舌の上のバトルロワイアルにうっとりする。ここでさっぱりと甘い野菜ジュースを飲むのがーーー。
「キタモリくんだよね」
また名前を呼ばれた。聞き覚えがない……いやこの、ヒロイン役もちっちゃな男の子の役も上手な女性声優みたいな声。
野菜ジュースにストローをさす手を止め、顔を上げた。
12時半の逆光の中、好味堂の紙袋を手にした“噂の外部生”がこちらを無表情で見下ろしている。
鏡太郎の首筋で、襟から入った雹が溶ける温い感触が蘇った。ほんとの冷や汗だったかもしれない。
〈第三撃「焼きそばコロッケ」/おわり〉
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