第二撃「白湯」②
麝汞流は「対男性」を目的に編み出され、女性のみに伝えられてきた武術である。
目黒の「本家」に伝わる巻き物を鵜呑みにするなら戦国時代、伊勢(三重県)のさる武家の姫が護身術として考案したのが始まりという。江戸時代になって伝承者が大奥に入ったことで技がさらに精妙に磨かれたが、以後も秘密武術として限られた子女にのみ伝えられ続けた。いわゆる“流派”としての体裁が整ったのも大正時代になってから。男で技を習得しているのは、流派の歴史上、鏡太郎ただ一人だ。本人にすれば習いたくなんかなかったのだが…。
別称「おとめわざ」。“門外不出”といった意味の「御留」と、「乙女」のダブルミーニングらしい。
女性が編み出した武術というのは他にもある。ブルース・リーが学んだことで知られ、彼の師・葉問の物語も映画になった中国拳法「詠春拳」の開祖は、伝承によれば尼さんだ。また女性を中心に伝えられ、宗家も女性が務めている流派も、日本の天道流薙刀術など存在する。だが、ここまで徹底して女性しか習得を許されず、世間からも秘匿され続けている流派はないかもしれない。
でも、本家の跡継ぎである同い歳の従姉妹は、この話…特に大奥云々を“カッコつけのでっち上げ”ではと疑っていた。大奥なんて女ばかりだろうし、厳重に守られていたはずだから、護身の技術をそこまで磨く必要なんかないんじゃない? と言うのだ。
大奥には詳しくないけれど、鏡太郎もどちらかというと従姉妹の意見に賛成だ。両眼や股間や鼓膜など鍛えられない急所を徹底して狙う実戦性、敵に後遺症を残すことを前提としているとしか思えない技の組み立て(しかも意図的にやったようには見えない)、酒に酔って痛みに鈍くなった敵への攻撃法。身体に技を流す度、麝汞流の根底に「侍の姫の誇り」なんてかしこまったものより、泥や水たまりだらけのストリートの空気を嗅ぐのだ。
そして同時に感じるのだ。男に対する氷のように冷たい怒りと、炎のような絶望を。
〈続きます〉




