【読切・短編版】健康診断を受けた追放おじさん冒険者はGランク(健康評価)~おじさん追放カップルチャンネルに追放されたおじさんは健康になってモテモテになりたいと思います~
この前健康診断に行った時にG判定で精密検査を受けるよう言われた時に思い浮かんだ作品です。
よければ、読んでみてください。
「カイエンさん、よく聞いてください……」
目の前にいる医者の声が随分遠く聞こえた。
俺は、震えていた。
手に持っていた診断書がカサカサと音を立てる。鼻にもぐりこんでくる薬品の匂いのせいか頭がくらくらする。
(どうしてこんな……。)
何度も何度も手に持った紙を確認する。だが、現実は変わらない。
「あなたが久しぶりに受けたという健康診断の結果……あなたは」
なんで……!
「Gランクでした」
診断書に書かれていたことと医者の言葉は同じ。
Gランク。
そりゃそうだ。
だが、まさか……俺の冒険者ランクと同じとは……。冒険者ギルドのランクでGはゴミランクと呼ばれている。だが、健康診断までGなんて。
そもそも健康診断が久しぶり過ぎて、Gってなんだ?
俺はつばを飲み込み、医者に問う。
「Gランク……というと?」
「通称、激ヤバ。全身激ヤバGランクでした。すぐに……治療を受けて下さい。でないと……死にます」
「……えええぇえええええええええええ!?」
「急に立ち上がらないで! 叫ばないで! 心弱らないで! 死ぬかも!」
ちょっと出てきたお腹を揺らし、痛む腰と足と肩と首と頭をこらえて立ち上がって、よく見えない目で医者を見つめたまま、最近聞き返すことが本当に多くなった耳に入ってきた言葉に驚く。
最近、何を見ても憂鬱で動くことのなかった心が忙しい。心臓しんどい。というか、心弱らないでって追い詰めた医者の言う事か? ていうか、心弱らないでって今言ったよね? ん? 言ってないか? よく聞こえなかった。
「とにかく! 余命秒かもしれないんで。とりあえず、この延命ポーション飲んでください。ていうより、なんで生きてんの? 奇跡すぎるんですが」
「え? なんだって?」
ギルドのゴミおじさんと呼ばれる俺、カイエンは久しぶりに行った健康診断で「お前の健康状態、激ヤバ」になってしまった。
話は数日前にさかのぼる。あれ? 数日前だっけ。もうほんと最近ぼーっとすることが多い。とにかく、前の話。
「カイエン、テメエは追放だ!」
「キャハハハ! ゴミおじさんを有効活用してあげたアタシ達に感謝しなさいよね」
ギルドの酒場で、俺はチームとして一緒に活動していた二人に追放された。
まあ、一緒にといってもほぼ荷物運びと記録係だったが。
「おい、ゴミおじ、ぼーっとしてんじゃねえよ」
赤髪の剣士、コウ。俺を殴るのが趣味だ。筋力トレーニングで鍛え抜かれた腕と言っているが、筋肉はほとんどなさそうだが太さはあるのでそれなりに痛い。今日も俺を罵りながら殴っている。そして、俺は背中が痛い。
「ゴミおじ、聞いてんのぉ? キャハハ」
青髪の魔法使い、サエ。俺を嗤うのが趣味だ。魔法の研究より美の探求に忙しい女で、化粧の匂いがキツイ。コウも香水の匂いがキツいのだが、サエはいろいろな化粧の匂いが混ざっていてそれがよりキツい。鼻の悪い俺がキツいのだから周りは相当だろう。今も俺達の周りだけは人がいない。そして、俺は目がしぱしぱする。
本人たちは、人が寄ってこない事を二人のすごさによる畏怖ととらえているが、単純に嫌われているだけ。若さというのは時に視野を狭くし、自分の世界が全てだと思ってしまうものだ。そして、俺は肩が痛い。
「と、言うわけで【おっさん、追放してみた】シリーズ第8弾はこれにて完結! いやー、今回はしぶとかったね! マジ粘ったね。おっさんだけにねばねばだったわ。ご視聴ありがとうございましたー」
「ましたー。ばいばーい!」
コウが撮影精霊に向かってにやりと嗤い頭を下げると。撮影精霊の周りに文字が浮かぶ。
【おっさんの顔www】
【今回のおっさんはマジでしつこかったな。往生際悪杉】
【おっさんはさっさと4ね】
これでもかという汚い言葉の羅列が浮かぶ。そして俺は、腰が痛い。
撮影精霊。冒険者ギルドが開発した魔法によって生み出された冒険者の様子を撮影できる精霊。その様子は、固有の名を知る人間であれば誰でも見ることが出来るもので、本来は冒険者達がダンジョンで危険な状態にあった場合に助けに入る為に生み出された魔法だったが、今では若者たちの娯楽がメインとなっている。
配信と呼ばれているが、ダンジョンで勇敢に戦う様子を配信するのはまだいい。だが、最近ではこうやって人に迷惑をかけ困らせることを楽しむ人間もいる。まあ、これは若者年寄りに限らず人の不幸は蜜の味という奴だろう。
二人は追放カップルと言われており、自身の配信でおじさんや弱者を雇っては追放するということを繰り返しており、犠牲おじさん多数。
だが、なんだかんだでCランクの彼らの荷物持ちをすれば、それなりの金は貰える。
彼らからすれば金の為に若者に従うおじさんが見世物としておもしろいのだろう。そして、俺は首が痛い。
なので、俺も割り切って仕事をしていたのだが、彼らにとっては媚びも売らず淡々と仕事をする俺が不満だったようで随分こき使われた。そして、とうとう我慢が出来なくなったのだろう。追放と相成った。
「じゃあ、な! ゴミおじ!」
「キャハハ! ゴミおじダサ~い!」
コウが俺を思い切り蹴ってつばを吐きかける。サエはそれを見て嗤っている。
だが、
「え? なんだって?」
よく聞こえなかった。ほんとすまん。
最近、耳がどんどん悪くなっている。蹴った後に何か言っていたのは分かるが、ほんとわからん。バカにしているわけではないのだが、バカにしているように見えたのだろう。二人が目を吊り上げている。
「「死ね!」」
ああ、今度は聞こえた。
そして、去っていく二人。
俺は床についていた手に力を込める。全身が悲鳴を上げる。立つのしんどい。
いつからこうなってしまったのか。身体は弱り、目も耳も鼻も調子が悪い。
「おい」
ぼやっとした視界に大きな肌色の何かが差し出される。目を凝らすとそれは手だった。
痛む肩と首に耐えながら顔を上げるとそこには見知った茶髪の男。
「災難だったな! カイエン!」
俺の身体を知っており大声で話してくれるので助かる。そして、手を貸して俺を立ち上がらせてくれたのは、ゲイル。俺のようなおっさんにもいろいろと融通してくれるやさしい商人だ。
「ああ、ゲイルありがとな。まあ、でも、いつかはこうなると分かっていたからな。Gランクの冒険者からすれば十分稼がせてもらってありがたかったよ」
そこには嘘偽りはない。俺のようなGランクの人間には、ダンジョンの浅い層のゴミ掃除や街の美化などしか割り当てられず稼ぎもよくない。サエ&コウはそれよりはくれた。
「オレはその分、損したよ。もう少しお前が早く音を上げる方に賭け続けていたのによ!」
前言撤回。こいつはやさしい人間ではない。多少でも金を出してくれる人間にはやさしい守銭奴だ。遠くで何かが揺れている。恐らく手。そして、ゲイルに稼がせてもらった「俺がサエとコウの二人のチームにい続ける方」に賭けていた奴なんだろう。
「アイツがよ。お前に稼がせてもらったからオレとお前の分おごるってよ。ほら、のめ! オレのやけ酒に付き合え!」
そう言って、ゆらゆら揺れる恐らく手を挙げている人物にゲイルが手を挙げ返すと、カウンターの方に俺を連れていく。カウンターには既にエールが準備されており、ゲイルはそれをあおるとおじさんらしく息を吐いた。
「ぷはー、げえっぷ」
「汚いな、ゲイル」
おっさんらしいげっぷでゲイルが身体をびくりと震わせる。
「おっさんは汚いもんなんだよ。アイツらに言わせればな! ……なあ、カイエン。お前もそろそろ潮時なんじゃねえか」
声を荒げているわけでもないのにその言葉は妙に俺の耳にはっきりと届いた。
『潮時』
ゲイルはさみしそうに、そして、諦めたように吐き捨てた。
「お前はもう身体も限界だろう……? もう、いいんじゃねえか……?」
「……え? なんだって?」
今度は聞こえなかった。
「お前の! 身体はもう限界だろうって言ったんだよ! 耳もめちゃくちゃ悪いじゃねえか!!!!」
今度は聞こえた。確かに身体は限界だ。元々貧弱だった年のせいかどんどん弱っているし、エールも一気に流し込むと内蔵しんどいのでちびちびしかいけない。脂っこいものも最近しんどい。
「もう冒険者なんてするなよ! そんな身体で続けてどうするんだ!? ジー7みたいに老害なんて言われながら続けるつもりか!?」
ゲイルがびしっと指さした先には、老人達が7人。多分いる。なんか灰色と白とちゃいろっぽいなにかがよぼよぼしている。
通称、爺7(ジーセブン)。
クレイ爺、エナ爺、シナ爺、テクノロ爺、パン爺、ファ爺、アポロ爺の7人。俺より先にサエ&コウに追放された元おっさんの爺さん達だ。今は、冒険者ギルドでも最低ランクのGランク依頼をしながら稼いだ小銭で、酒場でちびちびやるのが趣味の老人会だ。
「ゲイル、ジーセブンだって、立派に働いているんだ。何も恥じることはない」
俺は彼らを尊敬している。全員よぼよぼの爺さん達ではあるが、それでも、街の為に働いてくれているのだ。
「俺はな、世界を救う英雄とまではいかなくても、少しでも何かの力になれるならがんばりたいんだよ」
俺がそう告げると、ゲイルは目を隠すように手を当てて、大きくため息を吐いた。
「分かったよ! お前がそう言うなら! だけどな! 引き際って言葉もある! いつだってウチで雇ってやるから! ちゃんと考えろ! じゃあな!」
ゲイルはエールを一気に飲み干し、俺にも聞こえるような大きな音で器をカウンターに置くと立ち上がり離れていった。そして、外へ……
「おーい、ジーセブン! いい健康器具入ったんだが買わねえか!?」
行くわけではなく、ジーセブンに自分の商品を売り込みに。あの守銭奴。爺さんたちからぼったくるなよ。
それにしても……。
「これからどうするかな……」
ゲイルにはああ言ったものの、本当にどうするかしっかり考えないといけない。
全身ガタのきたおっさんを仲間に入れてくるチームなんてコウ達のようなちょっと悪意のある連中か、本当に慈善活動としてお情けで雇ってくれる子達だろう。前者はともかく後者の足手まといになるのは申し訳ない。ジーセブンに加入してジーエイトにしてもらうか。
幸い、貯金はおっさんの趣味だ。それなりにある。
この一年はサエ&コウに付き添っていたからゆっくりも出来なかったし、40を過ぎたせいか一気に老けた気がする。
「まあ、でも、動けるうちに動いて……いてっ」
ズキリと頭に痛みがはしる。そして、何かが絵として頭に浮かんでくる。
白い天井を見上げ手を伸ばす。なんだ、この光景。その手には、何か細長い管が刺さっておいる。誰かがやってくる白衣を着た医者らしき男と、同じく白い服の女性だ。
なんだ、こんな場所に俺は、行ったことがないぞ……これは一体誰の……。
『あなたはもうすぐ死にます』
絵だけではない幻聴まで聞こえた。さっきの白衣の男が口を開いた瞬間聞こえてきた声。
もうすぐ死ぬ。
その声は決して他人事ではなく、自分に投げかけられたように聞こえ、俺は身体を震わせた。
どうせ、最低ランクだ。いつかは死ぬ。
だが、ダンジョンの罠や魔物によっていきなり死ぬことは受け入れられても、確定した死の結末に引きずり込まれていくことは怖い。
俺だって一度は英雄に憧れていた。人々を救い称賛される英雄に。
だけど、俺の貧弱な身体では無理だった。どんなに頑張っても強くなれなかった。
ただただ、怪我だけが増え、身体にガタがきて、疲れと痛みに耐える日々だった。
それでも必死にあらがい続けてきたのだが限界なのかもしれないな。
ゲイルに言われた通り、ゲイルの元で商売を学んでいくのもいいのかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。
「ああん!? ババア! もう一度言ってみろ!」
酒場にも届く大声。
それは冒険者ギルドの受付の方から聞こえてきた。
しぱしぱする目を凝らすと、目の悪い俺でも分かるほどの巨漢。冒険者ギルドでも1,2を争う大柄な戦士、ドドがギルドの受付にくってかかっているようだった。
ギルドの受付が誰かはよく見えないが、金髪。心当たりはある。俺は痛む膝にこらえながら騒ぎの中心へと歩いていく。
「ですから、ドドさん。貴方の現状の実績ではこの依頼を受けることはできません」
よく通る凛とした声。ユリエラさんだ。
「なんでだよ! Bランクの依頼だろうが!」
「貴方はまだCランク冒険者です。Bランクの依頼を受けることはできません」
「オレはもう十分にBの実力はあるはずだ! それをそっちがチンタラと昇級しないからだろうが!」
ドドの声はとにかく大きい。そして、態度もデカい。力もあるのだが、肝っ玉小さいので、すぐに叫んだり暴れたりしてみんなチームを組みたがらないので、依頼をこなすのに苦戦しているらしい。
「ドドさん、何度も言っているように、Bランク以上の依頼は国からの依頼もあります。こちらも信頼できるものでなければ、昇級させることが出来ないのです。貴方の今のような態度では。もしくは、真面目にC級を多くこなして信頼を勝ち取ってください」
「あー! こうるせえババアだな! ミラちゃんに変えてくれよ!」
ユリエラさんは、俺と同じ年の40らしいが、そうとは思えないほど若々しい。
ただ、ドドくらいの若造からすれば年上をみんなババアと呼びたいんだろう。一番若くて人気のミラちゃんに受付してほしいというのがまた若い感じがする。
「ミラと変わっても構いませんが、B級以上の依頼は私かギルドマスター、副ギルドマスターを通してしか依頼を受けることはできません」
ユリエラさんのはっきりとした物言い。俺はこの大人な振る舞いが素敵だと思うのだが、若造ドドくんは気に入らないようで、表情はよく見えないが、空気がぴしりと固まったように感じる。
「不細工ババアかよ……! ふざけんなああ!」
「ちょっと、待った……!」
俺は二人の間に割って入る。ドドも突然の俺の登場に驚いたのか、二、三歩咄嗟に下がる。
このあたりが、ドドの肝っ玉のサイズを表している。
「……なんだ!? 誰かと思えばカイエンのおっさんじゃねえか! なんだ!?」
「ちょっと、待った……!」
「待ってるだろうが!」
「いや……ちょっと、息が整うまで、待って……ちょっと走ったから息切れが……」
いや、ほんと、しんどい。膝も腰も痛いのに頑張って走った。
肺が痛いし、頭も痛い。ヒューヒュー言ってる。
だから、待ってほしい。ほんとマジで。
「……………いつまで待てばいいんだよ! カイエン、なんの用だよ!」
まだちょっと肺が痛いんだが、若者はせっかちだ。
俺はまだ整ってない息のまま、ドドに説明する。
「いやいや、どう考えてもユリエラさんの言う事の方が正しいだろ? ドド、お前最近特にひどいぞ。大声で怒鳴り散らかして」
まあ、正直声がデカいのは俺は助かるけど、みんなには迷惑だろう。
「うるせえよ! 冒険者ギルドが馬鹿すぎるから言ってるんだろうが! オレをとっととB級にしないから!」
「いやいや、だから、みんなと同じでC級依頼を沢山こなせばB級に」
「うるせええ! ぶっころすぞ! やんのかテメエ!」
「いやー、俺、医者に喧嘩は止められてるんだよ」
「酒やヤクでしか聞いたことねえよ! そんな台詞!」
はい、またキレたー。なんだコイツは。本当にすぐ怒るな。
襟首掴んで。やれやれ……ちょっとビビらせてやる必要があるな。
「おおっと! いいのかな!? ドドよ、俺は……弱いぞ!?」
「……はあ!?」
ドドは俺の言葉に首を傾げる。俺は襟首掴まれたまま締まっていく首に耐えながら必死で声を出す。ぺちぺち手を叩いてるから気づけよ。
「お前のようなデカブツに殴られたら一発で死ぬ可能性があるぞ。暴れて冒険者を殺したとなればお前はこの街で活動出来ないかもな」
基本的に冒険者は自己責任だ。だが、そこにもある程度のルールはある。まず、冒険者同士の殺し合いは禁止。ダンジョン内で襲い掛かられたとかよほどの理由があり、証拠もちゃんとしてれば認められる場合もあるが、基本は禁止だ。撮影精霊が生み出されてからは特にこのあたりが徹底できるようになってありがたい。
ドドも流石に分かっているようだし、コイツの肝っ玉(小)では人間を殺すなんて出来ないだろう。顔を青ざめさせ始めた。
だがな、ドド。
おじさんの方が青ざめてるから! はよ手を放せ!
俺が限界を感じ、必死でぺちぺち音を鳴らすとようやく気付いたドドが手を放す。
「くそが! おい! ユリエラのババア! 覚えておけよ!」
小物若造らしい捨て台詞を吐いてドドが去っていく。サエ&コウといいドドといい、自分がどれだけ周りから白い目で見られているか気づいていないのがすごいな。俺みたいに目が悪かったり耳が悪かったりするわけではないだろうに。
と、そんなことを考えながら、床に手を吐きせき込む俺。あー、しんどいしんどいしんどい!
「カイエンさん! 大丈夫ですか!? 粒ポーションと水です!」
流石ユリエラさん、近くに準備しておいた簡易ポーション剤と水をくれる。
液体ポーションは高い上に、俺の弱った身体にはちょっと刺激が強すぎてよくおなかを壊すし、ほんと助かる。
「ふいー、いやー、まいったまいった」
「あ、カ、カイエンさん。助かりました。焦りましたよ。ドドさんと喧嘩を始めるんじゃないかって」
ユリエラさんが胸の前でぎゅっと両手を握り心配そうに俺を見つめる。俺にもジーセブンにもやさしいユリエラさんはじいさん・おじさんの癒しである。
「いやいや、言ったでしょ。俺は医者に喧嘩は止められてるんで」
「あら、ふふふ……でも、本当に一度健康診断を受けてください」
「あ、はい」
声色が急に変わってビビった。
え? なに? 怒ってる?
「聞きましたよ。あの二人のチームから抜けたんでしょう? 前までは時間に余裕がない余裕がないと躱されましたけど。今なら時間ありますよね」
圧がすごい。
金髪が揺らめいているように見える。ぼんやりとしか見えてないけど。
「いや、でも、金が」
「お金持ってるでしょ。知ってますからね。それに安心してください。最近、冒険者ギルドでも冒険者の健康管理に力を入れるようになって、ギルドで一定以上の依頼をこなして10年以上頑張ってくれている人は無料で受けられるんですよ。さあ、さあ、さあ!」
圧が凄い。
「いや、でも……」
「……私は、ボロボロの貴方が心配なんです」
圧が弱まる。
と、同時にしおらしい声を出すユリエラさん。
まいった。ユリエラさんには本当に助けられている。彼女の顔を曇らせるようなことだけはしたくない。俺は意を決し頷く。
「わかりました。健康診断。受けますよ」
「本当ですか!?」
ユリエラさんが大きな声で喜んでくれる。そんなに俺の身体を心配してくれてたのか。おじさん、ちょっとドキドキしちゃう。まあ、ユリエラさんがただやさしいだけだろうけどそれでも嬉しいもんは嬉しい。
「わたし、ずっとカイエンさんとは一緒にいたいんですからね」
「え? なんですって?」
背を向けたユリエラさんの言葉は聞こえなかった。ああ、本当に耳が悪い。
絶対に耳は健康診断でひっかかるだろうなあ。
そして、俺は冒険者ギルドに最近やってきた最新鋭の魔道具を使いこなす名医だとユリエラさんが絶賛していたちょっと挙動不審な小柄な女医さんに健康診断の結果を教えてもらったのだが……。
「え? なんですって?」
「カイエンさん、よく聞いてください……」
目の前にいる医者の声が随分遠く聞こえた。
俺は、震えていた。
手に持っていた診断書がカサカサと音を立てる。鼻にもぐりこんでくる薬品の匂いのせいか頭がくらくらする。
(どうしてこんな……。)
何度も何度も手に持った紙を確認する。だが、現実は変わらない。
「あなたが久しぶりに受けたという健康診断の結果……あなたは」
なんで……!
「Gランクでした」
まさか……俺の冒険者ランクと同じとは……。冒険者ギルドのランクでGはゴミランクと呼ばれている。だが、健康診断までGなんて。
そもそも健康診断が久しぶり過ぎて、Gってなんだ?
俺はつばを飲み込み、医者に問う。
「Gランク……というと?」
「通称、激ヤバ。全身激ヤバGランクでした。すぐに……治療を受けて下さい。でないと……死にます」
「……えええぇえええええええええええ!?」
「急に立ち上がらないで! 叫ばないで! 心弱らないで! 死ぬかも!」
泣きそうな小さなお医者さん。名をハクさんと言うらしい。
白髪のショートで若々しく10代にも見える彼女が手足をバタバタさせて涙目で俺を止める。
「とにかく! 余命秒かもしれないんで。とりあえず、この延命ポーション飲んでください。ていうより、なんで生きてんの? 奇跡すぎるんですが」
「え? なんだって?」
今のは聞こえた。だけど、聞こえてほしくなかった。
なんで生きてんの? って、俺そんな状態なの!? 奇跡なの!? 今生きていることが奇跡なの!?
「奇跡そのもの。なんで生きてるのってレベルです。精密検査を受けて色んなところを早く治療すべきです。まずは、教会に行ってください」
「きょうかい? なぜ?」
ハク医師の言葉に首を傾げる。教会では治療は行っているが、飽くまで治癒魔法による傷の治療。基本的には病院で治してもらうもんだと思っていたが。
「あなたのステータスを見て下さい」
「なんだこれ……?」
ハク医師が水晶の板のようなものを渡してくる。ハク医師曰く最新の魔道具で、タブレットというらしい。そこには文字が光って浮かび上がっている。それも驚きだったがそれ以上に驚きだったのが、俺のステータスだった。
カイエン(G・瀕死)
年齢:40
身長:179
体重:85
体力:5(G)
筋力:3(G)
魔力:5(G)
敏捷:3(G)
器用:5(G)
状態:毒(中)、麻痺(弱)、風邪(弱)、混乱(弱)、虚無(小)、炎症(大)、石化(弱)、呪い(【???の呪い】【封魔の呪い】【鈍化の呪い】【鈍感の呪い】【聴覚の呪い】【触覚の呪い】【視覚の呪い】【味覚の呪い】【嗅覚の呪い】【老化の呪い】【半力の呪い】【治癒抵抗の呪い】【虚弱の呪い】【心病みの呪い】【偽装の呪い】)
「多い多い多い! 状態異常と呪いが多いな!」
とんでもなく呪われていた。え? マジで? うそでしょ?
「いやー、胃は毒まみれ、肺は麻痺、肝臓と節々は少し石化してますし、ほんとよく生きてますね」
「なんで、こんなことに……!」
「あのー、非常に申し上げにくいですが、ここまでの状態となると薬を盛られたり人為的な何かだと思います」
ハク医師の言葉にハッとする。そうなると、考えられるのはアイツらしかいない。
サエ&コウだ。アイツら、何かしら配信のネタとして俺に変なもんやヤバいもんを食わせていたに違いない! あとは、余りにもアイツらがくれる飯が少なかったから魔物の肉食ってたのも理由の一つかもしれないが、アイツら許せねえ!
「と、とにかくですね。ワタシとしても治療したいんですが、まず、【治癒抵抗の呪い】【虚弱の呪い】【心病みの呪い】を解かない事には治療も出来ません。教会でこれらを解呪してもらってから治療となります」
なるほど。治癒抵抗はその名の通り治癒の力を邪魔する呪い。俺の疲れがとれにくかったのもこれが原因だろうし、治療をしても効果が薄くなってしまうのだろう。虚弱の呪いや心病みの呪いも回復力や耐久力に関係しそうだし。
「分かりました。一度教会に行ってきます」
「お願いします。ああ、カイエンさん死にそうなんで、特別に魔水晶タブレットと健康表示腕輪を貸しますんで、アラートがなったらこの延命ポーションを飲んでください。絶対ですよ、じゃないと、秒で死にますからね!」
そうして、俺は自分の状態が分かる魔水晶タブレットと常に薄くアラートが鳴り続けている健康状態が表示される腕輪を借りて、教会へと向かうことにした。
「んあ? おおー、カイエンじゃねえか。どうした?」
「おう、ゲイル、ユリエラさんは?」
「ユリエラさん? ああ、アクセサリーの材料を買いに出かけたよ。というより、カイエン。なんだよ、その腕輪」
ユリエラさん報告してから教会に行こうと立ち寄ったが、不在だった。代わりにゲイルが物珍しそうに俺の腕を見ていた。
「これはダメだぞ。今日健康診断を受けて、激ヤバだったから貸してくれたんだよ」
「……は? なんだって?」
ゲイルも耳が遠くなったらしい。
「だから! 健康診断で激ヤバって診断が出たんだよ!」
「おいおいおい、マジかよ……おいおいおい、心配だな、そりゃあ……」
ゲイルが眉間に皺寄せて眉を垂れさせ俺に近づいてくる。やはり、ゲイルはやさしいなあ。
「この持ってるだけで心が落ち着くブレスレットはどうだ? 5000イエンで」
前言撤回。コイツは本当に。
「それより、ポーション剤をくれ。教会までいかなきゃならんのだが、絶対しんどい」
「あー、悪いな。ポーション剤は今、切らしてて」
「おい! カイ坊! これをやろう!」
俺をカイ坊と呼ぶのは7人しかいない。そう、ジーセブンの面々だ。その中の一人、クレイ爺が俺を手招きしている。手に、なんか緑のどろどろの瓶を持ってる。
「よ、よお、クレイ爺。なんだ、それ?」
「これはな! クレイ爺印の特製ポーションじゃあ! 飲めば飲むほどギンギンじゃあ!」
クレイ爺は元々錬金術師だったらしく、ポーション作りが得意で神の秘薬であるエリクサーも作ったことがあるとほらふいてる。ちなみに、クレイ爺のポーションはギャンブルに近く、効果はあるが副作用もある。ゲイルはよく賭けをして負けていた。
だが、背に腹は代えられない。今は一刻を争う。とにかく早く教会にいかないと死ぬかもしれない。副作用など恐れている場合ではない。
「わかったよ、クレイ爺。ありがたく頂く。じゃあ、行ってくるな」
俺はジーセブンに手を振って、冒険者ギルドをあとにする。
「お、おい! カイエン! ブレスレットは!? この招き猫はどうだ!? おお、お前か? お前は買わねえか!?」
銭ゲバゲイルを放っておいて俺は教会へと向かった。
何度も苦しくなって、クレイ爺のポーションに手を伸ばしたが、緑のぶくぶくが怖くて我慢して頑張った。そういう意味では効果はあったかもしれない。
「あのー、解呪をお願いしたいんですが……」
「あ、おっさんじゃん!」
教会は孤児院と併設されており、俺は時折ここに来ていた。なので、孤児院の子供達とも顔見知りで気さくに話しかけてこられる。
「よお、ヒナ。お出かけか?」
「そうよ! 弟と一緒にお使いにいってくるの! えらい?」
「えらいなー、じゃあ、そんなえらいヒナに小遣いをやろう。えらい?」
「おっさん、えらいね! ありがと!」
俺はこうやって寄付やこづかいをあげて自己肯定感を上げている。Gランクのおっさんはお姉ちゃんのいる店に行っても馬鹿にされる。だが、子供達やシスターは喜んでくれる。だから、教会は大好きだ。
「ところで、ヒナ。シスターは誰かいるか? ちょっとお願いしたい事があってな」
「ああ、シスターならね、今日来たばっかりの人が……あー!」
「おっさん、何か用?」
ヒナが言い終わる前に、伝えたかったシスターを発見したようで指をさす。教会の中から出てきたのは水色髪の物静かそうなシスター。おっさんと呼ばれた気がするが多分俺の耳が悪いせいで聞こえた幻聴だろう。
「おっさん、聞こえてないの? おっさん」
幻聴じゃなかった。
「シ、シスター、はじめまして。俺の名はカイエン。オッサンじゃないんだ」
「カイエンのおっさんね。よろしく、おっさん。私の名は、シア」
ヤバい、初めてのパターンだ。どうしよう。
振り返ると、ヒナは弟と一緒にもう遠くへ行ってしまっている。
「で、おっさんどうしたの? なんの用?」
「あ、ああ……あの、解呪をお願いしたくて……」
「解呪? ……ふーん、偽装の呪いまでかけられてるのね。えい」
シアが指を振ると、一気に身体が冷えたように感じた。
「【偽装の呪い】を解いたわ。この呪いは呪いを気づかなくさせる為の呪い。じわじわとなぶり殺すために使われることが多い。その呪霊は今消した。ふーん、おっさん、ずいぶん呪われてるね」
シアの青い瞳が妖しく輝く。本来、解呪は長い祈りを捧げ神の力を身体に宿し、呪いをかける呪霊を払っていくもののはず。それをこのシスターは指を振っただけで一つ呪霊を消したのか!?
そんなとんでもない力を持つシスターが何故こんなところに?
俺は冷たくなっていく身体を抱え震えながら膝をつき、シアを見上げるとシアは薄く微笑む。
「神様に言われたの。ここに来れば面白いものがみられるって。神様のいうとおりだった」
ヤバい奴だった。呪いをおもしろいものって言うなよ。こっちはとんでもなく呪われてるんだぞ!
「おっさんの周りを取り囲んで呪霊がマイムマイムしてる。ぷぷ。おもしろい」
「こっちは全然おもしろくねーんだけど!? 早く消してくれない!? とりあえず、【治癒抵抗の呪い】と【虚弱の呪い】と【心病みの呪い】を! お願いしまあああす!」
こんなヤバい奴だが実力は確か。俺は神様にすがる思いでシア様に頼む。
「本当は500万イエンくらい寄付してもらいたけど、貴方の話は子供達から聞いてる。やさしいおじさんだって。だから、今回は特別にタダで解呪してあげる。笑わせてもらったし。ついでにその先に引っかかってる【半力の呪い】も解いてあげる」
「なに、それ……」
「【半力の呪い】。力を半分以下にさせる呪い。かけることが難しい呪いだけどおっさんの場合めちゃくちゃ呪われてるから成功したみたいだね。この呪霊は早めに消しとかないと厄介そうだから……消す……!」
シアが青白い魔力を身体中に纏い、真剣な表情で俺を見つめる。どうやら、ここからはおふざけなしらしい。いくつもの魔法陣が組まれ俺の周りを漂う。これだけ複雑な魔法陣を見るのは久しぶりだ。
「じゃまじゃまじゃまじゃまじゃまじゃま。全部消してやる。耳元で騒ぐな、呪霊。うるさいくさい気持ち悪い。近寄らないで」
なんかおっさんにもダメージである。
だが、シアは至って真剣。恐らく、呪霊と戦うために言霊を飛ばし心を強くしているのだろう。友人に聞いたことがある。言葉が鋭く放たれれば放たれるほど青白い魔力が鋭い刃と化し俺の周りの何かを切り裂いていく。
「……ぁ」
青白い魔力が消え、シアが糸の切れた人形のように崩れ落ちようとする。そして、ちらりと見えた黒い霧がシアの口に入り込もうと迫る!
「させるかああああああ! すぅううううううううう!」
俺は慌ててシアに近づき支えるとその黒い霧を吸い込んで口の中でもちゃもちゃしてやった。すると、口の中でヒギャアアという小さな声とともに何かが消えていった。
「おっさん……ありがとう。まさか、唾液で呪霊を溶かすなんて、ぷぷぷ」
シアが笑っていた。まあ、よしとしよう。
「これで、俺の呪いが解けたのか?」
「【半力の呪い】の5層まで。呪いは何層にもなっていて中に近ければ近いほど魂にくっついてるから。徐々に解いていくべき。じゃないと、魂も一緒に剥がれて頭おかしくなる」
「ゆっくりでお願いします!」
人間の身体も一緒だしな、うん。ゆっくり少しずつ呪いを解いてもらおう。
「それより……その呪いは誰に……」
「シスター、た、助けて! ねえちゃんが冒険者に殺される!」
シアが何かを言おうとした瞬間、ヒナと一緒に出掛けたヒナの弟、ゴウタが叫ぶ声が聞こえた。
振り返ると必死になって走ってくるゴウタ。涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「ゴウタ、落ち着け。なんだ、どういうことだ?!」
「でっかい冒険者に兄ちゃんがぶつかって、すごい怒ってて、で、金髪の綺麗なおねえちゃんが止めてくれたんだけど、その人見たらまたデカい冒険者が怒り始めて、ぶっころすって……!」
ゴウタが指をさすと遠くに大きな男が、遠めでも分かる。ドドだ。
あのバカ、またキレたのか!? 金髪の綺麗な姉ちゃんってもしかして……。
「……アレは、ユリエラさ……ん。マズい! あの冒険者から殺意があふれ出てる! マズいよ、カイエン!」
物静かな雰囲気だったシアが慌てている。それだけ、ドドの様子がヤバいのだろう。
ドドのやつ! マジでキレやすい若者すぎるだろ!
シアはまだ力が入らないようで身体がふらついている。
となると、今、動けるのは……!
「俺しかいねえよなあ……!」
俺は、意を決して立ち上がる。膝が痛い! 腰が痛い! 肩が痛い!
呪いはいくつか解けても身体は痛いし、内蔵もすっごい調子が悪い!
それでも。
体調不良なので俺は無理ですなんて……
「言えるわけないだろう……!」
いつも優しくしてくれたユリエラさんと、未来ある子供を守らねえ雑魚おっさんなんてただの雑魚ゴミおっさんだ!
俺は、足に力を込めて走り出そうとする。
その瞬間、腕を掴まれる。シアだ。
「一言忠告」
「なんだ!?」
「慣れない力に振り回されないようにね。ガンバ」
何を言ってるか分からねーが、応援してくれてることは分かった。
とにかく、早く止めに入らないと!
「分かった! がんばるぜ!」
シアの微笑みの意味は分からないが、なんとなく頷き俺はぼんやりと見えるドドを睨みつける。
そして、俺は魔水晶のタブレットをシアに渡す。これ壊したらすっごいお金かかりそうだし、多分俺ぼっこぼこにされるだろうから念のため預けておこう。あと、どうせ死ぬ可能性あるならクレイ爺のポーションも飲んどこう。一か八かだ!
「ええい! 俺の人生に一片のくいなし!」
そして、俺が地面を蹴ると……目の前にドドがいた。
「……え?」
「……え?」
「え?」
「え?」
意味が分からない。ドドが目の前にいる。危うくキスしそうな近さで。なんだコイツ一瞬で移動したのか? あのでかい図体で?
「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」
お互いに疑問符が浮かび続けただただえ?と言いあう時間に割り込んできたのは俺の後ろからの声だった。
「カイエンさん? いつの間に?」
女の子を抱えたユリエラさんがそこにいた。え? じゃあ、俺がここにきたの?
なんで?
いや、なんでといえば、助けるためだけど、え?
一瞬で移動した?
「テメエ、か、カイエン!? 一瞬でどうやってここにきた!?」
ドドが相変わらずデカい声で叫んでいる。聞こえやすーい。
ていうか、え?
「え? 今、俺どうやってここにきた?」
「知らねえよ!」
誰もが首を傾げている。俺も首を傾げている。間違いなく俺がここにきた。
だが、どうやって来たんだ? わからなさすぎる。
「ああもう! なんでもいい! 邪魔するならテメエも殺す!」
ドドがデカい拳を振り上げる。
さっき、俺を殺したらマズいって教えたのに、もう忘れたのか!? 頭おかしいだろ!
「カイエンさん! 逃げて!」
逃げるわけにはいかない! 逃げれば、確実にこの話聞かない馬鹿が暴れてユリエラさん達は怪我をする。最悪、死ぬ。そんなの自分が死ぬより辛すぎる。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
こうなれば刺し違えてでもドドを止める!
俺は手を鋭く手刀の形にし、ドドの脇を狙う。俺の貧弱な力でも多少は痛みを感じさせられるはず! 防御なんてしても俺の貧弱な身体だと吹っ飛ぶだけだ。なら、攻撃全振りでやるしかない!
速さもGの俺ではドドの早さにはかなわない。防御力・体力Gの俺では攻撃に耐えきれない! 攻撃力だってGだ! それでも、やるしかない!
「カイエンさんっ!」
ドドの大きな拳が俺に届く! 前に、俺の手刀がドドの脇腹にめり込んだ。
え? めり込んだ? そして、遅れてドドの拳。え? 遅れて?
俺の顔にぶつかるが痛くない。え? 痛くない? え? 寸止め?
ドドの顔を見る。かなり近いので目を凝らせば表情も分かるがすっげえ驚いている。
そして、ドドは残像となり消えた。
早い! ドドのヤツいつの間にそんな素早さを!?
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ……!?」
「え?」
ドドが高速移動で向かった先には二階建ての宿屋が、その角にぶつかったらしいドドが空高く舞い上がっている。かなり高く飛んでいるようだが流石ドド。身体がデカいのでよく分かる。
「……え?」
ドドが飛んでいる。
何故か?
多分、俺が吹っ飛ばした。
「え?」
ぶっ壊した宿屋をみると崩れた壁の向こうにサエ&コウがいる。コウが縛られてて、サエがムチと蝋燭を持っている。え? そういうのがお好きなの? そんな二人の上にデカいドド落下。あー、痛そう。俺なら死んでるね、あれ。
「カ、カイエンさん! 今のは……いえ、それより、無事でよかった……!」
ユリエラさんが抱き着いてくる。鼻の悪い俺でも匂うふわりとした花のような香り。
そして、涙を浮かべながらも美しく微笑んでくれる。無事でよかった。
ヒナもなきじゃくりながら俺に抱き着いて礼を言ってくれている。
うん、よかった。本当によかった。
「カイエンさん……やっぱりわたしあなたのことが、すきです……」
「え? なんですって?」
ユリエラさんが何かを言ったみたいだが、良く聞こえなかった。ユリエラさんは顔を赤くしてぶんぶんと首を振った。何か恥ずかしいことを言っちゃったんだろうか。
ほんと早く【聴覚の呪い】も解呪してもらわないと……だが、今回は聴覚の呪いのせいだけでなく他のことを考えていた。
なんでドドがふっとんだんだろう?
まさか、解呪で……?
「ふふ、やっぱりカイエン、おもしろいね。ほら」
気付けば、シアがそばまでやってきていた。【鈍感の呪い】か【触覚の呪い】か、本当に全然気づかなかった。そんなシアがにやーっと笑いながら預けたタブレットを見せてくる。
「んなっ!?」
カイエン(G・瀕死)
年齢:40
身長:179
体重:85
体力:444(A)
筋力:444(A)
魔力:444(A)
敏捷:444(A)
器用:444(A)
状態:呪い(【???の呪い】【封魔の呪い】【鈍化の呪い】【鈍感の呪い】【聴覚の呪い】【触覚の呪い】【視覚の呪い】【味覚の呪い】【嗅覚の呪い】【老化の呪い】)
「なんだこれ……? 全ステータスが……Aクラス? え? 半力の呪いって半分になるんじゃ……」
「半分以下ね。今のステータスは、カイエンがさっき飲んだポーションの効果で状態異常が全部ぶっとんで一時的に本来の力を取り戻している状態。多分、カイエンにはとんでもない状態異常と呪いのせいで力が低下してる。体調不良がなくなるだけでカイエンはこれだけのステータスになる。全部の呪いが解けたら……ふふ」
シアがにやーっと笑っている。怖い。え? 俺どうなっちゃうの?
「カイエンさんが健康になるのはいいことです! わたしも……うれしいです……」
ユリエラさんが微笑んでいる。うんうん、健康になるのは大事だよね。
だが、俺はこの時気づいていなかった。
さっきのぶっとばしの様子とステータスが偶然撮影精霊を召喚していた冒険者の配信に映っていたことを。そして、それを見て動き出す者達がいたことを。
さらに、何故、俺にこんなにも呪いが掛けられているのか。
誰がかけたのか。
そして、これから俺にやってくる数々の試練も俺は何も知らなかった。
あと、めっちゃ怖い医療魔道具を尻の穴から入れられることも鼻の穴につっこまれることも知らなかったんだ。
「ひとまず、宿屋の修理代を聞いてこよう。胃が……胃が痛いよ……」
これはボロボロで追放された俺が栄光と健康をつかみ取るまでの物語。
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