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捩れた渇望の正善《前編》

★この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません★


楽しい、楽しい…

   正しい事をするのは楽しい―――



大成くん達は無事家に帰れただろうか。徐々にたくさん話せるようになればいいな。誰かのせいとわかっていても、深く切り裂かれた心の傷は簡単には塞がらない。それでも、応援せずにはいられないんだ。

さて、今からどこに行こうか。公園を抜けて行き先を考えながら歩く。あてもなくていいからとにかくぶらつく。それが今出来る事。僕が頑張る事は、アメノさんの後悔を増やす事になる。でもあの神様は救えない事の方がつらいはず。しっかりしよう。たくさんの人が救われるように。


とは言っても、ポッと救ける人が現れる訳ではない。ふと大成くんを思い出し、隣町に行ってみることにした。生前も死後もあまり足を運んだ覚えがない。結構ぶらぶらしたけど、近場からという発想がなかった自分に驚く。よし、決まった。

隣町までは歩いて20分くらいかな。アメノさんみたいにぱっと瞬間移動出来ればいいのになぁ。でもそうしたら遭遇できる確率が減るか。疲れる訳でもないからとりあえず足を動かし続けよう。

公園からしばらく歩くとちらほらと飲食店が見えた。居酒屋の明かりがひと際の明るさを放って、平日でも賑わっているようだった。駅からは少し離れているが、特に不便でもない感じが僕は好きだ。生前は人混みや人が一定数いる所は酷く疲れるタイプだった。職場もバイク通勤可で人が少ない所を選んだくらい。色んな事を頑張って克服してきたけど、人混みだけはダメだった。ヘタレということだろうか…今更か。

センチメンタルとは程遠いような回想をしながら歩みを進めていくと、ちらほらあった飲食店が途切れ、住宅街が見えてきた。遠くには学校らしきものが見えている。あそこがそうなのかな…なんてぼんやり考えていたら、少し奥まった所に鳥居が見えた。

気になって近くまで寄ると神社があった。鳥居の先は10mほどの参道がありその先に境内がある。お社もそんなに大きくはない、そして、ボロボロ…手入れする人がいないのかな?何の神様を祀っているんだろう。鳥居をくぐるのは気が引けて、何か書いてないかと見回したが特に得られる情報はなかった。なんだか寂しい気持ちになって離れようとした時、後ろに気配を感じて振り返った。





生きていた時から正義感が強いと言われていた。少しのルール違反も許せなくて、家でも学校でも完璧を求めた。人と上手くやれなんて言葉は大嫌いだった。法律やルールを守れないなら、親しい友人など足枷でしかなかった。それを守れない人間は、人間ではないと思っていた。ルールを守って疎まれる理由がわからなかった。正しい事をするのは当たり前で楽しい事なのに。

確か小学生の時だった。信号無視で交通事故に遭った同級生がいた。ホームルームで報告しながら悲しそうにする担任に、自業自得ではないのかと言うと、何故そんな事を言うのかと発狂したように怒られた。クラスも何かひそひそしていた。意味がわからなかった。法律やルールは先人たちが生きるために設定してきたものだ。それを守らずに危ない目に遭うのは自業自得でしかないだろう。

それ以降より強固に人と関わるのを避けた。全部邪魔だった。僕はルールが守りたいだけだ。気持ちよく楽しく生きていきたいだけなのに、何故わからない。

人の気持ちを考えましょう、思いやりを持ちましょう。そんな当たり前の事を繰り返す親や先生が心底馬鹿に見えた。人は殺傷しない、欺かない、故意に火を付けない、優先席には座らない、席は譲る、点字ブロックは空けて歩く、信号は守る、法律やルールを守っていれば、その陳腐なセリフは必要ないと何故わからない。

大学を卒業して働き出した時、先輩が説教してきた。協調性を持て、周りをよく見ろ、お前だけが居る訳じゃない。こいつも馬鹿だ。そのまま退職願を出して二度と行かなかった。

理解して欲しいとは微塵も思わない、ただ邪魔をしないで欲しいだけだ。

新しい仕事を始めたが、やはり同じような事を言われ続け、辞めては再就職を繰り返していた。

最後の職場を辞めた後、電車を降りてタクシーで帰ろうとした時、後ろから来た人に割り込まれた。自分が列の先頭だったのだが、注意をした所、妻が危篤だと言い張る男を無視して、列の後ろに並ぶよう言い続けた。並んでいた人はほとんど譲ったようだが、俺は譲らなかった。混んでいるようで中々タクシーが来ない状況で、俺のすぐ後ろまで譲ってもらった男は泣いていた。都会ではないため流しているタクシーなど皆無で、呼び出しも出来ないような状況ではここで待つしかないだろう。20分程待ったところでやっと1台のタクシーが来た。俺はそのまま乗り込み、5分程乗った後家の近くで止めてもらった。

しばらくしてから面接のために駅に向かった時、あの時の男を見かけた。向こうも気付いたようで目を丸くした後こちらに歩み寄り、妻の死に間に合わなかったとだけ告げて去って行った。

だから何なんだろう。ルールを守らない方が悪いんだろう。ルールを守れない状況になるのが悪いんだろう。この世は馬鹿しかいないのか。

そう思っていた矢先、病気になり入院した。余命宣告までされたが、親族含め誰も見舞いに来なかった。定期的に来る担当の看護師が話し相手をしてくれてた。自分の考えを話すと、臨機応変にしないとこの世界のルールは完璧ではないと言われた。法やルールを守るのは大切だけど、それと人の気持を考えたり思いやるのはイコールじゃないと言われた。

死ぬ間際で気弱になっていたのか、自分よりずいぶん若い看護師に言われたからなのか、その言葉はすっと胸に届いた。馬鹿なのは俺だったのか。聞く耳を持っていなかっただけで、皆きっと同じ事を言い続けてきてくれたんだ。疑いもしなかったものが、音を立てて崩れた。同時にたくさんの後悔が襲ってくる。こんな死ぬ間際に気付くなんて。あの時譲れば良かった、そうすれば奥さんが息を引き取る時に間に合ったかもしれないのに…





振り返った目の前に、にっこり笑った長身イケメンがいた。髪も瞳も色素が少し薄くて、ぱっちり二重に鼻筋が通ったイケメン。イケメン…でも…

「こんばんはっ。こんな時間にお参り?」

人当たりの良い笑顔で軽いノリで話し掛けられる。

「い、いえ、たまたま見かけて…」

この人、()()()()

「そうなんだ!夜お参りするの、あんまり良くないって聞くよ?」

軽やかに話すイケメンは、そう言いながら神社に入ろうとする。

「あの、ここの方なんですか?」

夜のお参りを止めた上で入っていくって事は、関係者なのかと慌てて引き止める。首だけ振り返ったイケメンは

「ちがうよー。でも大事な場所なんだ」

そう言って手をひらひらと振り鳥居をくぐり、境内へと向かっていった。

何だったんだ一体。オーラが無いのはどういう状態なんだ。この神社が大事な場所…手入れもしてないのに?

こういう時はあの人しかいない、そう思い一度家に帰る事にした。



正蔵(しょうぞう)さーん」

家の中で呼ぶと、姉ちゃんの部屋の方から伝説の正蔵がすっと現れた。

「おう、お前から呼ぶなんて珍しいな」

そう言ってニカッと笑った後、あぐらをかいた。

「すみません、聞きたい事がありまして。あの、隣町の住宅街に入る手前の神社、知ってますか?」

顎に手を置いて少し考えた後、おっ、と声を出して膝を叩く。

「確かよくわかんねぇ神さん祀ってる所だよな。何だっけか、昔この辺りを治めていた人らしいんだが、死後荒ぶって祀られたとか」

「それは所謂祟り神という事でしょうか」

「そういう事だな。ただ名前が思い出せねぇ。ウラシロだかウミシロだか言ったと思うんだが…」

祟り神。死後荒ぶった御霊を祀って守護神になってもらう…だったはず。

「それから、色が見えない人に会ったんです。生者か死者かわからなくて。でも、僕の事見えてたんですよね…会話も出来ましたし」

「ちょっと待て、そいつとその神社で会ったって事か?」

驚いた様子で正蔵さんが身を乗り出した。

「そ、そうです」

「生者か死者かわからなくて神社に入ってったってそりゃお前」

神さんじゃねぇのか?そう言ってぐぅっと喉を鳴らした。



正蔵さんにお礼を言い、家を出た。あの長身イケメンが神様…?そう言われればアメノさんも何のオーラも纏ってない。透けてはいるが。そういえばあのイケメンは透けていなかった。そもそも僕はアメノさん以外の神様を見れるんだろうか。生きてる時は神様を見たらダメって言われてきた気がするけど、死んだ後はどうなんだろうか。僕は何故あの神社とイケメンが気になっているのか。

それと同時に気になる事が出来た。正蔵さんは浮けるのに、何故僕は浮けない!!普通に歩くしかないのだが?そういえば守護霊さん達は皆浮いてた気もする…お役目の差か。

浮け、浮け………ダメだ。地に足を着けろって事か。

違う違う。あの神社の事だ。アメノさんが顕現しないって事は、危ない事はないとは思う。明るい時にもう一度あの神社を見たい。明日の朝、もう一度行ってみよう。それまではまた別の場所を見て回ろう。



公園を起点に別方向に向かう。この先は大型商業施設がある。平日は空いているが、休日はそれなりに混み合う場所だ。最近はあまり行く事がなかったから、懐かしい気がする。この時間じゃもう閉店しているだろうが、とにかく行ってみよう。

もう夜中になる時間で人も車もほとんど通っていない。静かでいいな。人が多い所は苦手だけれど、見るのは好きだ。そして人がいない静かな所も好きだ。誰にも認識されないのは最初は寂しかったけど、慣れるとこれはこれでいい。依代の仕事は忘れてないけど、少しだけ散歩を楽しむ。

「お、おにいちゃん」

バッと振り返ると、小さい女の子が立っている。心臓が飛び出るかと思った。考え事をしていて全く気付かなかった。青い色、幽霊だ。

「ど、どうしたの、お嬢ちゃん?」

しゃがんで目線を合わせる。目に涙をいっぱい溜めて水色のワンピースの裾をぎゅっと握っている。

「あのね、だれもいなくてね、こわくてね…」

えぐえぐと泣き出してしまった女の子を撫でる。ちゃんと撫でれた。(あおい)ちゃんも撫でられたら良かったな…交差点にいたあの子を思い出す。

「一人でよく頑張ったね。僕は光輝(こうき)。お名前教えてくれるかな?」

すずきまな(鈴木茉奈)です。6さいです」

「茉奈ちゃん、教えてくれてありがとう。どうしてここにいるかわかるかな?」

首を横に振り、涙を一生懸命拭いている。

「そっか。怖かったよね。でももう大丈夫だよ」

手を握って伝えると、数回頷いてくれた。

「ちょっと待ってね」

「あ、いたぁ」

アメノさんを呼ぼうとした瞬間、隣で声がした。驚きつつ聞き覚えのある声の方を向くと、あのイケメンがしゃがんで傍にいる。茉奈ちゃんの方を向き、にっこりと笑い嬉しそうに言う。

「今日は君だね」

僕の手から茉奈ちゃんの手を奪い取ると、笑顔のまま告げた。

「ルールを守れないから死んじゃったんだよっ。俺が救ってあげるね!」

あっけに取られているとイケメンが大声で呼んだ。

宇迦志羅刀(うかのしらと)様!!」

夜の闇が一層濃くなった気がした。そして透けた和装の男の人が現れた。

「我は宇迦志羅刀。死者を喰らい救う者なり」

そう告げると、二人を抱え消えてしまった。

正蔵さん、ウカノシラトです。状況を飲み込めずとも確かな危機感だけで、あの神社に向けて走っていた。

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