焦がれた切望
★この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません★
もう何も期待しない…
期待しちゃダメなんだ―――
凛さんのお父さんが病院に駆けつけ、泣きながら凛さんの手を握り語りかけ続ける。それを薄っすら目を開けて頷いて泣いている凛さんを見届け、僕は病院を去った。これからはきっともう大丈夫なんだろう。上に昇った高山さんもきっとほっとしているはずだ。そう思いながら帰路に就いた。
この状態になってから疲れとは無縁だったけど、今多分どっと疲れたっていう表現がぴったりだと思う。色んな意味で本当に恐かった。全部無事に終わってよかったって心底思う。今回の事で確信した。依代はアメノさんを呼び死者を救う。だから認識されやすくなったんだ。このまま色々な所をぶらぶらしていたら、またきっと救けるお手伝いが出来る。必然を最大限活かそう。
と、決意を新たにしたけど、何事もなく家に着いた。往々にしてそんなものだなぁとしみじみ思っていると伝説の正蔵が声を掛けてきた。
「おう。今日もお務めか?」
「はい。何かこう言葉は悪いんですけど、マジで死ぬと思いました。」
「いやもう死んでんじゃねぇか」
確かに。呆れ顔の正蔵さんに今日あった出来事を話した。
「だからちょっと顔付が変わったのか?」
ほほぉと唸りながら僕の顔をまじまじと見ている。
「やっと自分のやるべき事がわかったような気がして」
改めて口に出すと少し気恥ずかしい。
「結構じゃねぇか!男が上がったな!!」
がははっと笑って僕の肩をバシバシと叩いた。
「でも、僕が呼び出す神様、自分より依代を大事にしているような節があって…」
「変わった神さんだな。何かあったのかもな」
トラウマ的な事だろうか。神様にトラウマがあるのかは見当もつかないけど。
「まぁ成仏出来るまでお務め頑張るこったな」
ニカッと笑って姉ちゃんの部屋の方に戻って行った。わざわざ来てくれたんだなと思うとちょっと嬉しかった。いつか伝説の由来をちゃんと聞きたいな。
母親に、物心ついた頃から何をしても怒られた。ヒステリックに1日何回も何十回も。やりたい事をやって怒られて、やりたくない事をやって怒られ、躾と称して手が飛んでくる。大きな手で、強い力で打たれるのがとても恐かった。毎回違う事で怒られ、昨日怒られなかった事が今日怒られるのはざらだ。毎日毎日それの繰り返し。一挙手一投足まで見張られているような感覚が付き纏う。常に顔色を窺い、ビクビクしながら送る日常。
テレビやゲームは禁止され、漫画などは論外だった。ピアノや書道教室に英会話、色んな習い事を詰め込まれていた。何も楽しいとは思えなかった。周りの子が楽しそうに公園で遊んでいるのが羨ましいと思った時に、僕の自我が芽生えた気がする。
でも、小学校に上がってからは安息の地が出来たようで嬉しかった。が、何が気に入らないのか毎日のように学校に押掛け難癖を付け、自分を見る周りの目が段々と冷えていくのがわかった。母親が気に入らない友達には直接本人に僕との交友関係を切れと迫り、噂が広まって友達など出来なくなった。というよりも、母親に誰も関わらせたくなかった。高校受験が目前に迫っている今も続いている。
勉強している時だけはうるさいのがほんの少しましになったから、家にいる間はほとんど机に向かっていた。父親は何も口出ししない。僕に興味が無いのではなく、母親のヒステリーが自分に向くのが嫌なだけのようだ。母親を止めるような素振りは一度も見た事がない。完全に仮面夫婦なのは見ていてわかるが、離婚はしないようだ。
いい子でいようと頑張ってみた時もあった。でも結局何も変わらなかった。どうやったら母親が変わってくれるか、どうしたら怒られずに済むか。そんな事ばかり考えるようになったけど、期待すればするほど、その願いは叶うことがないと思い知らされる。このままずっと、あの人の機嫌を伺い、思い通りにいかないとヒステリックに詰られ殴られ、自分が何かわからないまま生きていかなければいけないのだろうか。
何が普通かなんてわからないけども、僕はこの『普通』から抜け出したい。そう思うようになった。どうすればいいのか、もう答えは出てる。母親がいなくなればいい。そうなれば僕は、自由だ。
幽霊には睡眠は要らないので、少し自分の気持を整理した後家を出てぶらつき出した。少しでも救けられる人を多くするために、遭遇出来る人を増やすために、出来るだけたくさん色んな所へ行こう。そして徐々に周るエリアを広げていけたらいいんじゃないか。曰く付きの所とかはどうなんだろう…もう追いかけられたりは嫌だけど。
そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、公園に辿り着いた。小さい頃よく遊んだ公園だ。懐かしいな。設置されてる時計は22時を少し過ぎていた。ランニングする人や犬の散歩をしている人がちらほら見える。そんなに大きな公園ではないけれど、多めの街灯が設置され遊歩道もあるからこの時間でも明るい。
ふと目に入った黒の学ラン。ベンチに座っている男の子が見えた。こ、こんな時間に…?塾の帰りとかかな。それにしても遅すぎじゃないか?幽霊かと一瞬考えたが、間違いなく生きてる。あの学ランには見覚えがある。隣町の中学校だ。…この近くに塾なんてあったかな。益々謎が深まる。少し様子がおかしい気がして近付いてみた。
下を向いて何かブツブツ言っているのが聞こえる。何を言っているのか気になってもう少し近付いた瞬間、バッと男の子が顔を上げた。ビクッとして硬直していると男の子がこちらを見ているのに気付く。あ、あれ?
「もしかして、見えてますか…?」
「え、ええ」
何を聞かれているのかわからないといった様子の男の子と、見えている事にびっくりしている僕で一瞬変な間が出来る。
「あ、の、見えていると何かまずいんですか?」
「あ、あの、いや」
聞いてみたものの何をどう説明すればいいかあたふたしながら、とりあえず言葉を絞り出す。
「こ、こんな時間にどうしたのかなぁと思って」
ははっと愛想笑いを捻り出す。
「??僕はまぁ、大丈夫です。お兄さんこそそんな格好で寒くないんですか?」
今まで幽霊同士だから気にしなかった。もう冬になろうかというのに、半袖のシャツに薄いカーディガンにスキニー姿だ。死んだ時期が春だったからな。…いやいや。
「ぼ、僕も大丈夫、寒くないよ」
なんて間抜けな答えだ…これはもう不審者なんじゃないか、どうしたもんか。二の句が思いつかずにぐるぐると頭を回転させているとふふっと男の子が笑う声が聞こえた。
「僕を心配して声をかけてくれたんですよね。ありがとうございます」
笑った顔が思いの外幼いのに、大人な対応をされて余計戸惑う。
「おうちに帰らなくて大丈夫なの?」
こんな時間だよ?と言いながら彼の横に腰を掛けようとする。幽霊だから座れない事に気付いて慌てたが、荷物を横にずらしてくれる彼の気遣いに感動すると同時に気になる物が見えてしまった。
「決断をしていたんです。今日やらなければならない事があって。でもいざ実行しようと思うとやっぱり勇気が要る事で…」
そう言って男の子は組み合わせた両手にぎゅっと力を入れているようだった。
「それは、その包丁と何か関係があるの?」
ぎょっとしてこちらを見る男の子に微笑みかけて続ける。
「僕の名前は山中光輝。お互い知らない仲だしさ、良かったら何故そうしようと思ったのか話してくれないかな?話してからでも実行するのは遅くないと思うよ?」
なるべく冷静に。なるべく優しく。この子に吐き出させる事が今の最良だという直感。
「あ、あの、止めないんですか?」
色んな動揺が声の震えで伝わる。
「君がそこまで思い詰めてした決断なら、多分僕に止めようがないよ。何かつらい思いをしてきたんじゃないの?」
きちんと喋ってくれて、気遣いも出来て、そんな子が理由もなしに思い詰めた顔で包丁を持ち出すわけがない。その直感を信じる。
男の子は、古川大成だと名乗り、生い立ちを話してくれた。お母さんから受ける日々の仕打ち、束縛されて何がしたいかもわからず、自由になりたいと。
「手が当たってお醤油差し倒して顔が腫れるまで殴られたとか…」
小さい男の子が打たれているのを想像するだけで涙が出てくる。それに僕は体験した事のない事ばかり。想像するだけで恐いし、つらいというのがわかる。
「普通の基準がわからないですけど、きっとそれが普通の反応なんですかね」
少し寂しそうに大成くんはふふっと笑った。
「泣くとヒスられるんで今ではもう涙も出ません」
寂しそうな笑顔のまま体を少し揺らしながらそう言う彼に、なんて言葉をかければいいかわからない。
「大成なんて名前付けられたのに、こんなになっちゃって」
「そ、そんな事言ったら僕の方こそだよぉ…光り輝くなんて出来ないままこんななってぇ」
「光輝さん泣き虫ですね」
笑いながらポケットからハンカチを出し、僕に渡してくれようとする彼の優しさにまた泣けた。受け取れないからお礼を言いつつ手で制して呼吸を落ち着ける。
「本当にそれで自由になれるとは、思ってないんだよね?」
この聡明な彼は絶対にわかっているはずだ。やってはいけない事はもちろんだけど、それ以上に意味のない事だと。
「何かは変わるとは思っているんです。それが父なのか周囲なのかはわかりませんが。犯罪者になったとしても、今よりはいいんじゃないかって」
良心と願望の間で揺れ続けているんだな。
「何がしたいのかはわからないんですが、一つだけ…友達を作って一緒に遊んでみたいんですよね」
少し恥ずかしそうにそんな望みと言えない望みを口にして、大成くんは口をつぐんだ。
「大成くん、それはね…」
多分普通の事なんだよ、そう言いたいのにまた涙腺が緩み喉が詰まる。この子に人、まして親殺しなんてさせられない。胸の内にたくさんの事を秘めているけどいい子に育ってるのも事実…ちょっと待て。何かちぐはぐじゃないか?こんなに雁字搦めになっていて、人と関わることがほとんどなかったであろう彼は、誰に人に優しくする事を教わった?学校でなんてここまで教えてくれないよな?テレビとかも禁止って言ってたし…
「大成!!!」
女性のヒステリックな声が耳を劈いた瞬間、大成くんの腕が引っ張られた。
「こんな時間まで何やってんのよ!!!!」
現れた女性は恐らく大成くんのお母さんだ。死んだ魚のような目になっている大成くんの学ランの袖が、ちぎれんばかりに引っ張られている。その暴力的な仕打ちにあっけに取られたのはもちろんだけど、もう一つの事実に僕は目を疑う。
大成くんのお母さんに憑いてる守護霊、若い男性。にやにやと厭らしい笑みを浮かべている。でもその纏っている色、赤黒い。感覚的に守護霊なのは間違いない。正蔵さんや清右衛門さんと同じだ。そんな事あるのか。
「帰るわよ!!!」
荷物を持たせられて、大成くんは引きずられるように連れて行かれそうだ。こちらを向く事もなく、されるがままだ。母親に関わらせないように生きてきたからか。お母さんには僕は多分見えていないんだけど、無関係のフリを…。どうにか、どうにか出来ないか。守護霊に関してアメノさんは手出し出来るのだろうか。…ダメならその時考えよう。大成くんは必ず救ける。
『アメノさん!!』
辺りが淡い光に包まれ、透けた神様が僕の中から姿を現した。
「アメノさん!この状況」
「誰よあなた達!!!」
僕の説明を遮り、ヒステリックに叫ぶ声が響き渡る。
「そなたは少し黙っておれ」
アメノさんが人差し指を横に振ると、お母さんの動きが止まった。
「守護霊の領分を忘れおって、この大たわけめが」
守護霊の男は先程のにやにや顔から一変して青ざめている。
「自分の妹を護ると申し出て守護霊となったのに、妹も甥も苦しめてどういう了見だ」
妹?甥?妹も苦しめたって…
大成くんは何が起こっているかわからないようで口を開けてやり取りに見入っている。静止しているお母さんがポツリと言った。
「優兄さん…?」
信じられないというような顔で見つめるお母さんを横目に、アメノさんが続ける。
「どういう了見かと問うておる」
表情ひとつ変えず問うアメノさんに守護霊はたじろいでいる。
「そ、それは…」
「自分が幼い頃から受けてきた仕打ちを甥に出来て満足だったか?」
病院での事もそうだったけど、何故懸命に生きている人にそんな事が出来る?まして護るという事を目的としているのに何故危害を加えている?大成くんが何をした。
「馬鹿にするのもいい加減にして下さい!!大成くんが何をしたんですか!?あなたに何をしたんですか!?彼は今日お母さんを殺すつもりでした!それほど追い詰めて何がしたかったんですか!!」
大成くんが苦しんできた日々を、泣きたいのに泣けなくなってしまった事を、友達と遊んでみたいと言った細やか過ぎる大きな願いを、どんな気持ちで踏み躙ってきたんだ…悔しい、涙が止まらない。
「お前らに…何がわかる…」
そう消え入りそうな声でいう守護霊、大成くんの伯父さん、優さんは泣きそうな顔をしている。答えにはなっていない。求めてもいなかったけど。
「自分より弱い者を所有物のように扱い、自分の気分次第で思うようにして、苦しめて楽しみ、まるでそなたの母親のようだの」
アメノさんがそう言った瞬間、優さんの顔は青ざめ、わなわなと震えだし、ものすごい叫び声を上げた。
「俺はあの女とは違う!!あんな女と一緒な訳ないだろうっ!!!」
叫びながらアメノさんに殴りかかろうとした。止めに入ろうと動いた瞬間、大成くんがアメノさんを庇うように両手を広げた。
「何がなんだかわからないけど、暴力はダメです」
この子は本当に、優しい。これまでのやり取りでおおよその事は把握出来ているはず。自分を苦しめてきた人に文句のひとつも言いたいだろうに。いきなり現れた女性を庇う勇気と思いやり。生きて欲しい、友達と笑って欲しい。
「そなたも優しいのう。感謝するぞ、大成」
そっと頭を撫でて横に移動するように促し、拳を振り上げたままの優さんを見据えて言い放った。
「そなたはそなたの嫌いな母親と同じだ。守護霊で在りながら護るべき者を害してきたなど笑止千万。母親と仲良くとくと償うが良い」
そう言いながらアメノさんがすっと腕を広げた瞬間、辺りが一気に暗くなり、大きな門が現れた。どす黒く岩で出来ているような強堅な門。見上げるほど巨大なその門からは、絶対に逃れられない恐怖しか感じられない。
「開門!!」
そうアメノさんが叫ぶと、ぎぎぎぎっと大きな音を立てて扉が少し開いた…
「嫌だ、助けてくれ、恭子、大成…」
その瞬間、優さんが叫び声を上げてその隙間に吸い込まれてしまった。あっという間の出来事に声も出せずにいると、またぎぎぎぎっと大きな音を立ててバタンっと扉が閉まった。聞かなくてもわかる。あれは地獄の門だ。地獄の門はすっと消えて、何事もなかったようにまた淡い光に包まれた。最後に助けを求めたのは、自分が苦しめた人達なんて。
すっとアメノさんが大成くんとお母さんの恭子さんに触れた。
「二人共よう辛抱してくれたの」
そう言って二人を抱き締めた。あのヒステリーに叫んでいた恭子さんは見る影もなくひたすらに涙をこぼし、お礼を言い続けていた。
「ありがとうございます、ありがとうございます…」
大成くんは状況を理解しようと必死なようだったが泣いているお母さんが気になっている様子だ。
抱き締めた腕をゆっくりと離し、アメノさんが二人に語りかける。
「大成、そなたはよう耐えてくれた。もっと早う来れなんで申し訳なかった。よう辛抱してくれたの…」
泣きそうな顔で大成くんの頭をゆっくりと撫でる。リアクションに困りつつも少し嬉しそうな顔のように見える。
「そなたの母はの、憑いていた守護霊、そなたの伯父に操られてきたのだ。先程からの話でおおよその見当はついておるだろうがの。あれは地獄に堕とした。もう心配要らぬ。それからの、恭子はそなたを心から大事に思うておる。生まれてからずっとずっとのう。簡単には信じれんだろうが、今も大事に思うておる。しかし、それを尽く兄に邪魔され、自ら命を絶とうとするのも阻まれ、苦しんできた。そなたが眠った後は警戒が緩むことに気付いた恭子は、死ぬ事は叶わずとも、大切な事を眠っているそなたに語るのを思い付き実行してきたのだ」
ちぐはぐの原因。話に聞いていた恭子さんは本物の恭子さんではなかった。大事に思っている我が子を自分の意志とは無関係に苦しめ続ける苦悩。それは子を救けるために自ら命を絶とうとするほどに。
「恭子にとっては無意識に近かったであろうが、一番やりとう無い事をやらされてきた。本来この者はとても優しい、慈愛に満ちた者だ。許してやれとは言わん。ただ、少しばかりそなたと二人で話す機会を与えてやっては貰えまいか?」
そう大成くんに優しく問いかける。恭子さんは両手で顔を覆い、膝を着いて泣き続けていた。
困惑しているような大成くんだったが、意を決したようにうんと頷き
「わかりました。あの、守護霊とか操られていたとか、いまいちわかってないんですが、お母さんも僕と同じくらい苦しんだっていう事ですよね」
「そなたは本当に優しいの。そういう事だ。だが今までの母とは違うぞ。思いのまま言葉をぶつけるが良い。そなたの伯父の事も聞いてみよ。ちゃんと教えてくれるはずだ。そして、出来れば改めて親子として、生きていって欲しいと我は願っておる」
奪われた15年。二人が今から親子になれるのかは、僕にはわからない。でもアメノさんが話す機会をと言ったからには大丈夫だと信じたい。
「恭子もよう死なずに耐えてくれたの。これからまだまだ問題があるかもしれんが、そなたらなら大丈夫だ。今まで出来なかった分、たんと甘えさせてやれ。それから、罪悪感に駆られても決して自ら命は絶ってはいかんぞ。全てはあの兄のせいなのだからな。前を向いて一緒に歩んで行け」
そう言ってまた二人を抱き締めて消えていった。
「大成、ごめんね…ごめんね…」
そう言って泣き続けるお母さんを支えながら、大成くんは散らばった荷物を抱えて帰り支度をしていた。
「光輝さん、あの、ありがとうございました。僕のために怒ってくれて、泣いてくれて」
そういって唇を噛み締めながら頭を下げてくれた。慌てて頭を上げるように伝え答える。
「僕は何もしてないよ。大成くんが踏み留まってくれたからだよ」
そう言って包丁の入った袋を指差す。大成くんは少し恥ずかしそうに笑い、その袋を通学バッグに押し込んだ。
「あの、光輝さんは一体」
伝えるか伝えまいか迷ったが、正直に言う事にした。
「僕、実はもう死んでるんだ。さっきの女の人は神様で、そのお手伝いをしているんだ」
驚き固まっている大成くんに、伝えたい事を続ける。
「さっきハンカチ渡そうとしてくれて本当にありがとう。すごくすごく嬉しかった」
頑張れ、大成くん。また会えるかはわからないけれど、ずっとずっと応援してるからね。
「それから、お友達絶対たくさん出来るよ!たくさん遊んで、いっぱい楽しんでね!」
あと風邪引かないでね!そう言って駆け足でその場を去った。お母さんとの事、不安もいっぱいあると思う。でも大丈夫だよ。神様のお墨付きだよ。少し振り返ると、僕の方に頭を下げた後お母さんを抱えて歩き出すのが見えた。元気でね、大成くん。
「依代候補だの、大成は」
「!?」
またか!!油断した!!
「我も何か拭く物を用意せねばならぬかの」
ふふっと笑い僕の方を見る。大成くんに見せたくなくて離れるまで我慢したのに不覚過ぎた。
「大成くんにも言われました、泣き虫って」
涙を拭い鼻をすすりながら答える。
「泣き虫だからの」
またふふっと笑い大成くんがいた方を見つめた。
「守護霊が悪霊とか怨霊みたいになる事があるんですね」
「あれは本当に稀だ。大成が腹の中におる時、恭子が何かしら障りを受けたようだ。とある場所を通り過ぎたのだ。その障りは生きている者よりも守護霊に作用したのだの。もう少し早く見つけてやりたかった」
この神様は毎回こんな後悔をしているのだろうか。依代は僕だけではない。少ないとは言っていたけどきっとたくさんの人を毎日救っている。僕が関わっただけでも毎度後悔していたのか。それと、守護霊を変質させるほどの障りって何だろう。でもだからこそ、死者が絡んでいないこの件にもアメノさんが関われたという事か。
「優と恭子の母親はの、優の事を大成と同じように育ててきたのだ。優の場合は恭子がおったでの。恭子は普通に育てられた故、扱いの差を目の当たりにして余計に精神に来ておった。20歳になる前に母親を殺そうとして揉み合って返り討ちに遭うた。恭子を羨む気持ちも有ったのだろうが根は優しかった。護りたいと言った時の気持ちは本物だったのだろう」
優さんもまたある意味被害者なんだろうか。
「だが障りから護るべきところを自らが変質するなど本末転倒。なんだかんだと理由をつけたがっていたようだが、本質は母親と同じだったという事だ。苦しむ者を見て楽しみ、所有物のように扱うのを良しとする。哀しい事だがそういう者は一定数おるのだ…」
愚か者めが…そう苦々しく呟いてアメノさんは目を伏せた。
「大成くん達は大丈夫ですよね?」
僕の問いにアメノさんは微笑んで言い切った。
「大丈夫だ」
それが聞ければいい。仲良くお母さんと話し、笑顔で友達と遊ぶ大成くんが思い浮かぶ。
「死者から受けた苦悩を生者に課すのはいつも心苦しい。だが我が出来るのはここまでだ」
「大丈夫ですよ。あちらの世界には神様がたくさん居るって言ってたじゃないですか」
ね?と笑顔を向けると笑顔で応えてくれた。
「あと、今日気付いたのですが、あの顕現した時の光は、生者にも姿を見せる効果があるんですね」
「我の光は色々な効果が有る。それもその一つだ」
やっぱり割と何でもありなんだな。
「そなたの依代としての力は日増しに強うなってくる。今日のような事も増えるだろう」
そして僕の肩に手を置き
「また我を呼べ」
そう言って消えた。