悲願の向こう側
★この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません★
あいつらのせいで…
あいつらさえいなければ―――
唯華ちゃんの無事を見届け、清右衛門さんに別れを告げた後姉ちゃんの守護霊に会いに行った。今更ながら気付いた、僕はあのおじさん守護霊の名前を知らない。色々教えてもらったのに本当に今更だけど…
守護霊は基本憑いてる人と一緒に動いている。今は姉ちゃんの職場だ。姉ちゃん含め慌ただしく人がたくさん動いている中で、おじさん守護霊は天井近くで足を組んでふんぞり返っていた。何で一番偉そうなんだろう。ちょっと面白い。
「おう、光輝。どうしたどうした」
体勢はそのままにニカッと笑い手招きしている。
「またちょっと色々ありまして。解決したんですが、僕おじさんの名前知らないなと思って」
今更なんですが…と頬を掻きながらおじさんの近くまで寄る。
「なんだそれ」
少し呆れながらはっはと笑った後
「俺は正蔵ってんだ。覚えておいてくれよな!」
正蔵さん。ん?正蔵さん…あっ。
「なんかうちの家系の語り草な人ですよね?とんでもねぇ奴だったって…」
あっと口を抑えてすみませんと即座に謝る。
「はっはっはっ!!傑作じゃねぇか!だが、そう悪いことはしてねぇさ」
伝説だな!!と笑い続ける正蔵さん。姉ちゃんと少し似ている。守護霊って憑かれてる人にも影響するのだろうか。伝説…はちょっとよくわからないけれど。
「まだ成仏してない所みると、あながちその神さんは本物かもしんねぇな」
「どういう事でしょうか?」
「お前さん気付いてねぇのか?お前さんの色紫がかってきてるぞ」
オーラの事か。自分では全くわからなかった。
「紫なんてそうそうみねぇぞ。以前見た時はそうでもなかったが」
僕は今回の事も話した。赤黒いオーラ、家系を祟る怨霊、守り続けた転生者、強く願ったら現れた神様。
「ふむぅ…俺にはやっぱりよくわかんねぇがとにかくこれだけは覚えておけ」
『色が違う奴には近付くな』
特に何かあるわけでもなく毎日を平凡に生きてきた。友達は多くはなかったけど、学校も楽しく行っていた。部活はずっと書道部、字を思いのままに表現するのが楽しかったし好きだった。母子家庭だったけど何か不自由な事があるわけでもなく、本当に普通の毎日だった。
高2のクラス替えでその毎日は一変した。突如いじめが始まった。数人の男子から色々嫌がらせされた。きっかけは騒いでいる彼ら5人を見ていた。ただそれだけ。男なのに小柄なのが気に入らないと言われ、声が高いと罵られだした。物が失くなるのは日常茶飯事、財布の金は抜き取られ、人気の少ない場所で暴力もたくさん受けた。恐かった。苦しかった。顔以外はいつも傷だらけで夏になってもずっと長袖だった。数少ない友達は友達ではなくなり、報復を恐れて先生には言えず、心配かけたくなかった母には普段通りを心がけた。学校に行きたくないけど行かなくてはいけない。体調が悪くて休んだ日、あいつらは家まで来た。部屋を物色し抵抗すれば母に危害を加えると脅した。だから行かなくては。母にまで何かされたら自分はどうしようもない。夏休み前のある日の放課後、トイレに連れて行かれ抑え込まれ濡れた雑巾を口にねじ込まれた。苦しくてもがいていると濡れた別の雑巾を顔に押し付けられ気を失った。目を覚ました時は病院で、見回りの先生が見つけてくれたと聞いた。それと同時に母も重体で入院していると聞かされた。何者かに自分と同じような方法で危害を加えられたと。ああ、ごめんなさいお母さん。
そのまま病室の窓から飛び降りた。
「あれ!?お前俺のこと見えてる!?」
姉ちゃんの会社を後にしどこに行こうかと考えていた時、そう声をかけられた。びっくりして声のした前方に目を向けると、な、何だあれ、灰色…?
「見えてるよな!?うわぁすっげぇ嬉しい。俺の言葉わかる?」
圧。圧!コミュ障の僕にはつらい!
「あ、は…い。わかります言葉」
情けない返答をしながら、派手な髪色の彼をおどおどと見る。やっぱり灰色だ。
「死んでから話せるヤツいなくてよぉ」
話せるヤツいてよかったわ!そう言って目の前の派手な青年は笑った。初めて会った、僕を認識してくれた守護霊さんたち以外の幽霊。
でもなんだろう、関わりたくない、色んな意味で。
そして違和感、何だろうこの違和感。服…?
「せっかく話せるんだし、ちょっと俺の話聞いてってくれよ!!あ、俺龍二」
そう捲し立て龍二くんは話しだした。壮絶ないじめの経験、お母さんを殺された苦しみ、自ら命を絶った事。呆然として聞き入ってしまった。
「やべぇだろ。こんなに苦しめられてさ。だから、俺いじめて殺した奴らに復讐してやろうと思ってさ」
そういう幽霊は灰色になるんだろうか。でもやっぱり違和感、違和感が…
「その復讐は…どうなったの?」
恐る恐る聞いてみると、わはははっと高笑いして龍二くんは言う。
「最後の一人以外全員殺してやった!」
なんだこいつ。殺した事をこんな風に笑いながら言えるもんなのか。いくら復讐とはいえこんな心底楽しそうに。心が壊れてるとかではない。母を想い絶望し自ら命を絶った子が、間違いなく楽しそうに。
「最後の一人だけ見つかんないだよなぁ…」
龍二くんはそう言って不服そうな顔をして口を尖らせた。その時、気付いた。龍二くんの顔に重なって見えた別の顔。
そうか。そんな事有り得るのかはわからない。でも多分そうだとしたら。なんて悲しいんだ。
僕は知ってる、強い願いはどんな事でも可能にする。再会する事、祟る事、守る事、そして…きっと復讐も。
終わらせよう。
『アメノさん!』
そう願った瞬間、僕の中から現れた透けた神様。
「なんだよそれ!かっけぇな!!」
龍二くんはそうはしゃいでいる。
「そなたの名を言うてみよ」
アメノさんがそう静かに問う。龍二くんは相変わらずの調子で笑いながら答える。
「俺に興味あんの?龍二、川西龍二!」
「違うであろう。そなたの記憶に在る自分に暴力を振るっていた者共の顔をよく思い出してみよ。そなたの名は康平だ」
「は?何言って…」
その瞬間ものすごい絶叫と共に頭を抱えて龍二くん…いや康平くんが倒れ込んだ。やっぱりそうなんだ。そうだったんだ。
「もう良いであろう龍二」
そう言ってアメノさんが倒れている康平くんの肩に手を当てた瞬間、薄っすらと光り、小柄な男の子が姿を現した。
「良いわけないだろ!!!僕が受けた苦しみはこんな事では晴らせない!!!」
この子が龍二くん。無念はまだ晴らせてないと叫ぶこの子が。
「こいつを永遠に苦しめ続ける、それが僕の願いだ!!!!」
悲しい、悲しい。龍二くんの心からの叫びに僕は涙を堪えきれなかった。つらく苦しい思いをずっとずっと。
「もう50年、永遠には程遠いが十分ではないのか」
そう、僕が感じていた最初の違和感。服装が随分古いように感じたんだ。幽霊はだいたい死んだ時の服装な事が多い。50年もの間復讐し続けていたのか。
「ど、どういうことだよ…」
頭を抑えながら康平くんが立ち上がった。この子だけが恐らく何もわかっていない。
「お前が死ぬまで僕は待った。あれから怨みを買ってた別の人にあっさり殺されてラッキーだったよ。僕は死んだ君に融合した。死んですぐは記憶は曖昧な事が多いし、成仏なんてさせる気もなかった。思った通り君は自分の事を僕だと思い込んだ。つらかった気持ちや経験した事は僕の記憶そのままだ。そして仲間を殺させた。自分の記憶だと信じて、残酷に、残酷に殺してくれた」
あははっと笑う龍二くんの目は一切笑ってなかった。
「そして君はその記憶を信じてずっと見つからない最後の一人、君自身を、苦しみながらずっとずっと探し続ければ良いんだ!!!」
そう言ってまた康平くんに融合しようとした龍二くんをアメノさんが静止した。
「そなたに会わせたい者がおる」
ふぅっと息を吐き出すとそこに小柄な年配の女性が姿を現した。
「龍二」
「お母さん…?」
「そなたは復讐しか頭になく康平に融合しておったで気付かずにおったようだが、その後息を吹き返して天寿を全うし、そなたを待っておったのだ」
「ごめんね龍二、気付いてやれなくて、ごめんね、ごめんね」
小柄な女性は顔をくしゃくしゃにして泣いている。意識を取り戻した時、最愛の息子が自ら命を絶っていた事、死んでからも復讐のために安らかになど眠っていなかった事。その事実はきっとずっとお母さん自身を責め続けていたんだ。
「お母さん、僕のせいで、ごめんなさい、ごめんなさい」
抱き合って泣く二人に胸が熱くなる。この間からの数々の事で改めて思う。何も悪くないのに、どうしようもなかったのに、ごめんねと伝え泣き続ける事はきっと後悔と思いやりをたくさん詰め込んだものだと。
「ふっざけんなよ!!じゃあ俺はずっとずっとお前に利用されてたってことかよ!!」
ふざけんな!!!と叫んで康平くんは龍二くんに殴りかかろうとする。二人を庇おうと間に入った瞬間、康平くんの動きが止まった。
「な、なんだよこれ…足が…」
康平くんの足元に黒い、漆黒の水たまりみたいなのが現れている。中で何かが蠢いている。
「康平よ。そなたの気持ちを聞かせろ。何故こうなったかそなたはわかるか」
「俺は利用されてただけだ!!俺は何も悪い事してねぇのに苦しい思いして!!それに俺は殺されたんだぞ!それを復讐すら出来ずにこいつにずっとずっと利用され続けて!!!」
「そなたを殺した者は罪を償いもう既に転生しておる。その者こそ復讐だったのだ。そなたは生前、死後共に何をしてきたか、それを考えた事はあるか」
「知るかそんな事!じゃあその俺を殺して転生したヤツを殺してやる!!絶対逃さねぇ!!」
その瞬間康平くんの足元の漆黒の水たまりから無数の手が伸び、康平くんの体に絡みついた。
「生きる時代、場所によって命の重さは違うように思うが、皆同じだ。命の重みのわからぬそなたは、我には救いようがない。そなたは自らを省みる事は永久にないのだろう。ならば永遠に沈め」
『冥堕澱!!』そうアメノさんが叫ぶと、ずぶずぶと康平くんの体が水たまりに引き込まれていく。
「なんだよこれ!ふざけんな!!」
そう叫び続けるが康平くんは何も出来ずどんどん飲み込まれていく。
「そなたは自ら選択してやりたいようにやってきたのだ。忘れるな。自らが選んできた道を」
叫び声と共にとぷんと康平くんは飲み込まれて消えた。
何が起こったかわからずに呆然としていたが、アメノさんの言葉で我に返る。
「龍二よ、復讐は成らなかったがどうだ。あれは恐らく何をしてもあのままだ。後悔も反省もしない。そなたに対する思いも変わらないだろう。申し訳なかったなど微塵も思う事も無い、この先もずっと。だが二度とあの場所からは出られない。それでも、まだあの男に固執するか?」
「…いいえ、いいえ」
泣きながら手を地面に着け泣き続ける龍二くん。お母さんがずっと寄り添っている。
「そなたの境遇は気の毒であったが、道を踏み外したのも事実。不服な所も有るだろうが、罪を償いまた母の元に生まれるが良い」
泣きながら頷く二人はを抱き締めアメノさんは昇っていった。
康平くんが飲み込まれたあの黒いのは何だったのか。無数の手に見えたものは本当に手だったのか。
「あれは康平と同じような者達の手だ」
「!?」
またこのパターンか!!びっくりするから止めて欲しい。
「康平くんと同じとは…」
「人を傷付ける、害するという事は生きていたらまま有る事だ。無意識にしても意識的だとしてもだ。価値観がそもそも違う中で仕方のない事ももちろん有るだろう。康平もまた気の毒な境遇では有ったのだが自ら進んで人を害してきた、自らその選択をしてきたのだ。口に出すのもおぞましいような所業をな。どんなに不遇だったとしても選ぶのは常に己だ」
何故その選択をしたのか。康平くんは人を傷付け続け龍二くんは復讐し続けた。
「人には良心が少なからず有る。復讐していた龍二にもあった。それももちろん時代や環境によって異なるだろうが、稀に康平のように良心を持たぬ者がおる。生きるためではない、人を害する事に心を痛めず、自らを戒める事もしない」
そういう人は確かに存在するのだろう。少なくとも龍二くんとお母さんは苦しんだ。
「どんなに悟してもわからないのであれば、同類の者同士おれば良い。あそこはまさに地獄だ」
そう言って遠くを見つめるアメノさんの横顔は少し寂しそうだった。
「龍二くんはどうなるんでしょうか?」
ふっと優しく笑ってアメノさんがこちらを見る。
「龍二は復讐の為とはいえ康平を縛った。どんなに悪い事をしてきた人間であれどやってはならぬ事だ。復讐に費やした同じ時間苦行を受けたら転生だ」
あのお母さんの元にきっとまた生まれるんだろう。今度は何事もなく幸せに生きてくれるように願う。
死してなお穏やかに過ごせない人達がいる。生きていた頃よりもなお深い哀しみと執念。
「そういう者達を救うために、我は生まれたのだ」
そう、そうだったのか。
「また我を呼べ」
そう言って死者の願いから生まれたという神様はまた僕の前から消えた。