末代まで祟る念願
★この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません★
少しホラー要素あります。苦手な方は閲覧を控えて頂きますようよろしくお願いします。
ただただ苦しめたかった…
受けた以上の哀しみをただ―――
「おかーさーーん!やっぱりこの家おかしいよ!!」
住宅街の中でもひと際大きな日本家屋の縁側を、制服姿のままバタバタと走る高校生の女の子。お母さんのいる台所へ全力疾走していく。
「唯華!!!お家の中で走んないの!!!」
「何かいる!!いるんだよ!!!」
長い黒髪のポニーテールを激しく振り回しながら台所に駆け込んでいった。
葵ちゃんのご両親をそっと見送った後、僕から出てきた天冥援命と名乗った神様だという人は僕に一言だけ言い残して消えた。
「そなたは優しい、また我を呼べ」
聞きたいことは山程あったのに、あっという間に消えてしまった。何故僕なんだろう、死者の願いから生まれた神様って何?依代ってこんな状態でもなれるものなのか?優しいとは?呼べと申されましても…どうやって。
その後すぐに姉ちゃんの守護霊さんに尋きに行ってみたが
「いや、そんな神さん聞いたことないぞ」
化かされたんじゃねぇか?と呵々大笑していた。幽霊でも化かされたりするもんなんだろうか。何にしても成仏出来ない以上またうろうろしてみようと思い、少し気になっていた家の事を思い出した。
代々この辺りの土地を所有し、ずっと昔からこの地に住んでいる一族。その当主が先日亡くなり、別の所に住んでいた一人息子家族が家を継ぐため引っ越してきたところだった。たくさんの荷物を業者さんが運び入れてるところに僕は出くわした。お母さんと一緒にテキパキと荷物の整理をしていくポニーテールの女の子。その女の子に何故目が行ったのか。彼女にはとても立派な守護霊が憑いていたからだ。見た目は好々爺のようだが、纏っているオーラが濃く、圧がすごい。この僕にでもわかる強さ。そしてもう一つ。屋敷の中から何か、何か強烈な…そう思った瞬間、見えたんだ。縁側の開けられた障子の奥、赤黒いオーラを纏った女の人が。
赤黒いオーラなんて初めて見た。だからこそ気になっていたのかはわからないけど、とても、とても怖かった。言葉に出来ないくらいにぞっとしたんだ。
おじいちゃんが死んじゃって家族でおじいちゃん家に引っ越してきた。病院で息を引き取ったんだけど、初めて経験した身近な人の死。悲しかったのはもちろんだけど、漠然となんか怖かった。もう生きてないおじいちゃんの遺体にずっと不安感があった。パパもママも一人暮らしだったおじいちゃんに一緒に住もうって言い続けてきたけど、家政婦さんがいるから大丈夫と言って全然聞いてなかった。パパとママが結婚する時におじいちゃんと同居する気だったらしいけど、それも断ったって聞いた。おばあちゃんは私が生まれる前にはもういなかった。でもあんなに同居したくないって言ってたのに、家は継いで欲しかったんだって。意味はよくわかんないけど、そういうもんなのかなって思った。引っ越しは別になんの抵抗もなかった。高校は普通に通えるし、このお家の方が広くてわくわくする!自分の部屋も広いし!何よりおじいちゃんに会う時は外か前のお家だったからこのお家は初めてに近いし!でも引っ越してきた日から、何かおかしい。っていうか、何かいる。家の奥にある床の間、そこにいると思う。幽霊とかそういうのは見たことがないけど、きっとそういうのな気がする。床の間に行くと肌がざわざわする。怖い。パパとママに言ったけど、考えすぎって言われた。だからなるべく行かないようにしてるけど、お風呂に行くのにどうしても通らなきゃいけない。怖いから下を向いて早足で廊下を歩く。
「あ」
下を向いて歩いていたのに、見えたんだ。こっちを見上げる女の人が…
怖いもの見たさとはよく言ったものだ。多分僕が引っ越しの場面に立ち会ってから1周間くらいだと思う。あれからどうなっているのか。何も起こっていないのが一番。一番なんだけど。
「唯華!!唯華!!!」
よく手入れされた庭に入った時、耳を劈くような女の人の叫び声がした。体が一瞬硬直したが慌てて雨戸をすり抜け中の様子を見た。あの女の子が泡を吹いて白目を向いていた。叫んでいたのはお母さんで、彼女の体を抱きかかえ揺さぶっていた。
「唯華!!しっかりして!!」
お父さんが救急車を呼んでるようだ。二人共焦りと困惑で震えていた。僕にもわからない。これは何が起こった?どうしてこんな事に。
「清右衛門…お前は絶対に許さない…」
低く掠れた女性の声。いる。居る。声が聞こえた方に顔を向けられない。怖い。だめだ。
その時、何かが頭の中に流れ込んできたんだ。
小さい頃から厳しい躾をされてきた。出来の良い姉と比べられ、それでも優しい姉が大好きだった。
17の時、隣町にある大店の旦那様の後妻になるよう父様から申し付けられ言われるまま輿入りした。先方は姉を所望したようだが、両親がそれを嫌がった。家柄などの関係であっさりと自分の人生が決まる事に疑問は持っていなかったが、両親が姉を贔屓にしているようで少し辛かった。それはこれまで生きてきたなかでも感じていたが。そして望まれていない相手の所に行くのも怖かった。
旦那様は…清右衛門様はとても荒っぽい人だった。何か粗相をすれば怒鳴られ、気に入らなければ張り倒された。前の奥様とは子供が出来ずに死別したと聞いた。姑もとても気難しい人だった。なかなか子供が出来ない事をお前のせいだと詰られ続け、口を開けば跡継ぎと言い、ろくでもない嫁を貰ったからこんな事になったと食事を抜かれ、寒い土間でずっと正座させられる事がしょっちゅうだった。自分が悪いんだと出来る事を精一杯やったが、結局跡継ぎどころか子すら出来なかった。身も心も窶れきった時、清右衛門様と姑に離縁を申出され、そのまま実家に帰された。両親は情けないと泣いて私を詰り続けた。
悲しめばいいのか、怒ればいいのか、申し訳なく思えばいいのか。姉だけは私に謝り続けていた。謝られる理由はよくわからなかった。出戻りという事で肩身の狭い思いをしながらひと月と経たぬ内に、疱瘡に罹った。高い熱が出て体中が痛み、息もし辛かった。発疹が出始めた時荷車に乗せられ離れた山の中にある小屋に置き去りにされた。水も食べ物もなく死を覚悟した中で内にあったのは怨みだった。20年も生きられず、辛い思いを強いられ、挙げ句疱瘡で山の中に置き去り。虚ろだった身の内にあるものが今更になってわかる。憎い、怨めしい、私はこんなところで終わりたくない。死にたくない。
「幸せに生きたかった…」
だから清右衛門やあの姑に幸せなど二度と来ないようにしてやる。両親も同じだ。呪ってやる。祟ってやる。どちらの家も末代まで祟ってやる。私のように辛い思いが続くように。幸せなど訪れぬように…
野生の動物に身を喰われながら事切れるまで、それだけを願い続けた。
頭に流れてきた記憶を垣間見ただけで、悲しい想いがこれ以上ないほどに伝わった。人の心なんて表現の仕方は変わっても、きっと何千年も前から変わらない。それが全てと印象に残ってしまうようなつらい仕打ち、そして10代で死ぬ無念さ。同じなんだ。でも、でも、ずっとずっと怨み続けるのはそれよりもつらいんじゃないのか。何十年どころじゃない。何百年も。この人の怨念の作用は何だったんだろうか。怨まずにいられなかったこの人を解放出来ないのだろうか。
「さよさん、もう、いいんじゃないですか…」
溢れ出る涙で声が震える。記憶の中で彼女はそう呼ばれていた。
目の前の女性は唯華ちゃんの守護霊、清右衛門さんを血走った目で睨みつけたままだ。
「さよさん、さよさん…」
ずっと哀しいままなのは嫌だ。怨んじゃダメなんて言わない。怨むしかない事もわかる。
でももう解放されていいんじゃないか。本人が望まなくても。今日僕がここへ来たのはきっと必然だ。
『アメノさん!!』
そう願った瞬間、僕の中からあの神様が現れた。
周りは淡い光に包まれ和装の透けた神様がさよさんの前に浮かんだ。
「深い怨みに囚われし者よ、そなたはまだ気付かぬのか」
そう言った瞬間、気を失ってる唯華ちゃんの体から別の女性が現れた。幽体離脱かと思ったが、全く別の姿形だ。
「ね、姉様…?」
悪霊然としていたさよさんの顔が普通の形相に戻った。鬼の形相の時とは違う品のある可愛らしい顔だった。
「そなたが怨み呪い続けた家系は、この者が転生し続け守ってきた。そなたを止める方法がわからぬ故、障りがないように守り続けてきたのだ」
「何で…?姉様…」
さよさんの目には涙が滲んでいる。唯華ちゃんから出てきたお姉さんはさよさんの横に移動しそっと手を握った。
「さよごめんね。ごめんね…私、清右衛門様の嫁に行く気だったの。でも父様母様が清右衛門様の家の噂を聞きつけて嫁にはやれないって。でもさよを代わりに嫁に行かせるなんて聞いてなくて」
大粒の涙を流ししゃくりあげながら謝るお姉さんの話を聞きながら、さよさんも涙を流しつつ手をしっかりと握っている。
「出戻ってからもあなたを詰っている父様達をずっと諌めていたの。でも聞いてくれなくて…あなたが疱瘡になった時、私が看病するって譲らなかったの。そうしたらさよが…さよが…」
わぁっと泣き崩れるお姉さんの背中を泣きながらさよさんがさする。
「さ、探したんだけど…見つけた時には…」
お姉さんもきっと怨んだんだ。何も知らなかった自分を。大切な妹を守れなかった自分を。
「…その後私も疱瘡になって死んだの。うちの家系は断絶した。でも清右衛門様のところは跡取りが出来た。私はあなたの怨みが何か起こすのが嫌だった。そうなるとあなたはきっと取り返しがつかなくなると思った。優しいあなたをこれ以上苦しめたくなかった。だから上の世界でお願いしたの。清右衛門様の子々孫々に転生し続ける事を。記憶はないけど守りたい想いと力をそのままに、あなたが苦しまないように…」
じっと聞いていた清右衛門さんが二人の前に行き、すっと座り手を付き頭を下げた。
「本当に申し訳ない…」
それだけ言った後は何も言わずに頭を下げ続けた。
「私…私…ごめんなさい…」
涙で詰まった声の謝罪は誰に向けた言葉かわからない。でもさよさんの今のごめんなさいは、多分全ての事にだ。
「さよとやら。姉と二人で昇る時だと我は思う。幸い祟りは未遂に終わっておる。我が責任を持って二人を送ろう」
積もる話をこれからたくさんするといい、そう言ってアメノさんは泣きじゃくり頷く二人を抱き締めた。
怨み続けたもの。守り続けたもの。
叶わなくていい念願、守る執念がある事を知った。
唯華ちゃんは救急車で搬送されたが、その頃には目が覚めていた。特に異常はないと診断され少し休んでから帰ってきた。清右衛門さんは僕に深々と一礼し唯華ちゃんの元に戻った。
違和感はあった。さよさんの記憶の中の清右衛門さんと、今守護霊の清右衛門さんの印象が随分違うんだ。もしかして同名の別人…
「そんなわけなかろう。同一人物だ」
「!?」
二人を送って行ったはずのアメノさんが、いつの間にか隣りにいた。びっくりして無いはずの心臓がバクバクしている。
「さよの死後、清右衛門一家に子供が出来ないのは祟りだと言われておった。さよではなくその前に嫁いだいびり殺された者のな。嫁いびりの悪評が流れそれから嫁ぐ者もおらなんだ。そんな折、清右衛門の母親が死んだのだ。地獄に落ちたがの。清右衛門は心を入れ替えたかのように人が変わった。人を大切にし、守るものを守った。嫁も貰い、子も出来た。そうなってくると己の過去の行いに大変に苛まれたのだ。悔やみ、哀しみ、恥じた。それからは天命が尽きるまで仏像を彫り続け、寺に奉納し続けたが死ぬまで悔やんでいた」
変化してからの罪悪感。気付かないままの方が良かったとはきっと思えない重責。
「清右衛門の家系は守護霊が強い家系でもあった。それに加えてさよの姉が内からも守っておった。故に祟りが障る事もなかった。守護霊が強い場合幽霊など見ることは無い。事故や事件などの危険などもそもそも近くで起こらない。直感が普通の者より鋭くなる。しかし今回は守護霊が清右衛門だった」
なるほど。祟りの対象者が目の前に現れたのか。だから唯華ちゃんは怖い目に遭った。
「あの娘は大丈夫だ。さよの姉があの記憶を持って行った」
ほっとしたと同時に割りと何でも有りなんだなと思う。
「唯華の祖父はその事に薄々気付いておったようだ。だからこの家に唯華を入れなんだ。床の間に結界のようなものを施し蓄積しておったようだしの。それすらも無力化された訳だが」
おじいちゃんも守るために必死だったのか。
「あの、気になってたんですけど、子々孫々の転生って一人じゃ無理じゃないですか?それにさよさんのお姉さんが昇っちゃうと唯華ちゃんは大丈夫なんですか?」
ずっと考えてた。
「唯華の幽体からさよの姉の成分だけ分離させたようなものだ。唯華は何の支障もなく生きられる。転生者は家族の中に一人おれば良いだろうと考えていたのだがな、さよの姉が上に掛け合った折、もう一人名乗り出た者がおった。さよの前の奥方だ」
「な、なんで…」
さっきいびり殺されたって言ってたじゃないか。言い方は悪いけど、さよさんみたいになってもおかしくなかったはずなのに…
「思うところがあったのだろうな。怨みだけで存在し続けて自分の祟りが何も成してない事にも気付かず、それを成さざるようにしていたのは何よりさよの欲していたものだったろうにな」
さよさんの欲しかったもの。
「えっと、その前の奥様はどうなって」
「唯華の父だな。しばらく様子を見てから昇ると言っておった。お役御免だと笑っておった」
長い長いこの人達の物語はやっと一区切りついたんだな。もっと他にやり方はなかったのかとは思った。でもそれぞれの最善を選んだのだろう。守り抜いたんだ。そう思うとまた涙が出てきた。
アメノさんがふふっと笑う。
「光輝、そなたは泣き虫だの」
神様に泣き虫と言われた。
「それより『アメノさん』とはなんだ」
「いえ、呼びやすいかなと…」
「そのように呼ばれたのは初めてだ。呼ばれた時戸惑った」
驚いたような顔の後ふふっと笑って
「また我を呼べ」
そういって消えたのだった。