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願いが生みし者

★この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません★


死んだら無になると思ってた…

             思ってたんだ――― 


  

陰キャコミュ障だと思ってた自分に、思いの外参列者がいた事にまずびっくりした。職場の同僚や子供の頃から大学までの関わった人達、誰も彼もちゃんと知ってる人達。大人の事情で仕方なく来てくれたのかと思っていたが、見る限りでは悲しんでくれてたし、遠方から駆けつけてくれた人、泣き崩れて焼香が出来ない人までいた。自分が生きてきた評価を得た気がした。まさか享年25になるとは思っていなかったけど…

「光輝!!!!!こう…きぃ…なんで!!!なんで!!!!」

姉ちゃんが棺にしがみついて号泣絶叫していた。父さんは唇を噛み締め拳を握り締めうつむき、母さんは顔面蒼白のまま焦点が合わない目で遺影の方を向いていた。

その家族の姿はとても堪えた。死にたくて死んだわけじゃないけど、悲しませるのはとてもつらかった。

そもそも何故こんな状態になっているのか。仕事帰りに歩いていたら、目の前に車が来た。と思った瞬間気付いたらこの状態になっていた。でも僕は別にこの世に未練はなかった。精一杯生きてきたから。


死んでから半年経ったけど特に何が起こるわけでもなく、相変わらず幽霊のままだ。

家族は少し落ち着きを取り戻し、法要や供養を色々やってくれていたが何も変わらない。四十九日に成仏出来るかとも期待したが、そもそも閻魔様にも会ってない。

葬儀の時は家族が悲しんでる姿に胸が張り裂けそうだったけど、少しずつ前に進んで行ってくれてるのを見られて本当に嬉しかった。家族の笑顔がまた見られて満足。

にも関わらず、成仏出来ない。

この状態になってしばらくしてから姉ちゃんの守護霊に色々教えてもらった。死んですぐは気付かなかったが、僕たちの5代前のご先祖様らしい。少し白髪交じりの精悍なおじさん。姉ちゃんが生まれてからずっと守ってきたそうで、僕の死も大変に悲しんでくれた。そのおじさん守護霊によると、僕の状態は少し珍しいような事を言っていた。

「普通は成仏してから守護霊なり転生なりするはずなのに、お前さんは幽霊のまま。かといって浮遊霊や地      

 縛霊になるわけでもなし。死んだ時も未練も特に無いようだった。何よりお前さんは意識もはっきりして

 おるし、自分の意志でその辺うろうろ出来ておる…」

『おかしいのぉ…』と顎に手を当て、姉の頭上で首をひねるおじさん守護霊。


そう僕は、食べる寝るなど以外は本当に普通に過ごしている。疲れもないから多分行こうと思えば全国どこにでも行けそう。だから結構うろうろしている。幽霊は僕含め体が透けているようには見えない。その中で気付いた事は、幽霊は割といる。でも幽霊同士でお互いを認識出来る者は少ない。そして大半の幽霊は、生者を認識出来ない。僕は何故か幽霊も生者も認識出来た。生者はぼんやり緑の光を纏っていて、幽霊は青の光。

最初の頃はこれがわからなくて、生者に話しかけて無視されたと思って凹んだ。

幽霊に話しかけても同じ結果だったけども…

もう少し早く教えてもらっとけばよかったなと今も思う。



この認識してもらえる事が少ない状況で、気がかりな事がある。

生前住んでた僕の家から少し離れた所にある交差点。一人の女の子がうずくまって泣いている。ずっと、ずっと。

交通量は少なくないが、主要幹線道路や市街地から離れていたため目立った事故などなかった。しかし4年近く前、昼過ぎのその交差点で病気による発作での信号無視の事故が起こった。横断歩道を渡っていた親子が巻き込まれ、4歳の女の子が亡くなったと報道されていた。

「ママ…ママ…」

そう。小さな身体を丸めて、小さな手で涙を拭いながらずっとずっと泣いてる。

ずっと、ずっと…

ふんわりピンクのワンピースに栗毛色の髪が綺麗に梳かれ、前髪にうさぎのヘアピン。きっと大事にされてきたであろう事がわかるお嬢さん。

そして、この子には僕が見えない。何度も話しかけて、何度も頭を撫でても、この子には僕が見えない。きっと死んだ事など理解しておらず、お母さんがいない事だけを嘆き続けている。お母さんに会いたいって、それだけを願い続けている。


この子を見つけたのは多分4ヶ月くらい前だったと思う。どうにか出来ないかとおじさん守護霊に聞いてみたりしたけど、どうにも出来ないようだった。

「可哀想だがどうにもしようがねぇ。そして俺は陽夏(ひな)の守護霊だ。お前さんより何もしてやれねぇ」

苦虫を噛み潰したような顔でおじさん守護霊は答えてくれた。僕に何か出来ないだろうか。僕はどうすればいいんだろうか。そう思いながらも何も出来ずにいたんだ。





「お昼ごはん何食べよっか?」

小春日和のとても気持ちのいい日だった。もう11月になるのにポカポカと暖かくて、休日なのにパパがお仕事だからと娘とお買い物に出かけた。雑貨店と書店で買い物を終わらせた頃には、お昼を少し過ぎていた。大好きなピンクのシフォンワンピースにうさぎのヘアピンをつけて上機嫌の娘は、お買い物中も幼稚園での出来事など楽しそうに話してくれた。お友達の事、先生の事。いつもいつも同じような話なのに、ニコニコと楽しそうに話す姿を見るのがとてもとても幸せだった。

「オムライス!!」

ママとおそとでごはぁーん!と繋いだ手をバタつかせながらはしゃぐ娘が愛おしくてたまらなかった。久しぶりにあそこの洋食屋さんに行こう。この子の大好きなオムライスたくさん食べさせよう。その後は晩御飯のお買い物して、おやつ用意して…

「あぶないっ!!!!!」

「きゃあーーーーっ!!!」

ものすごい衝撃が走った瞬間、気付いた時には娘はいなくなっていた。

繋いでいた手は娘から離れて私の手の中にあったと誰かが話しているのを聞いて気が触れた。入院先の病院では監視されていた気がする。確かにあの時は自分も死のうと思っていた。命よりも大切だった娘がいなくなった今、自分がここにいる理由がわからなかった。何故自分じゃなかったのかと自分を責め続けた。娘を想い泣き狂い、自分を無くしたくて暴れ狂った。入院が長引き、新しいお薬を処方され、カウンセリングを受け、主人の支えと協力で生きながらえた。でも、事故現場にまだあの子がいるような気がして、泣いてる気がして、通い続ける事だけは止められなかった。

あれから4年近く、随分落ち着いたと思う。フラッシュバックや情緒不安定なのは残っているが、笑えるようにもなったし、子供を見ても発狂しなくなった。事故現場に行くことも少なくなった。でも、でもやっぱり、あの子に会いたい…(あおい)





今日もあの女の子は泣いている。

真っ黒い雲が広がり、大粒の雨が数日降り続いていた。僕たちには天気は関係ない。物体に触る事は出来ない。雨にも当たらない。でも久しぶりに続く雨の日に心が滅入る。暗い、昏い、闇い。通り過ぎていく生者(ひと)の顔、幽霊(ひと)の顔、暗い。


「葵…」

信号待ちをしていると思っていた人がそう呟いてしゃがんだ。女の子の目の前。女の子も一緒に傘に入るような形になっている。葵?この女性は…

「葵…ごめんね…ごめんね…会いたいよ、会いたいよ…」

「ママ…ママ…」

!?

こんな、こんな目の前にいるのに…お互い会いたいって言って泣いてるのに…

見えてない…二人共見えてないんだ…

()()にいるのに…


こんな残酷な事あってたまるか!!!!!


その時、あれだけ暗かった空間が淡い光に包まれた。

「!?」

そして僕の()()から出てきたんだ…透けた和装の女の人が。

状況の把握なんか全然出来ない。自分から人が出てきた意味がわからない。そして浮かんでいるその人。


パニックの僕を尻目にその透けた女性は親子に近寄っていった。

少し微笑んで親子の肩に手を伸ばす。包み込むように腕を回し何かを囁いたように見えた瞬間

「ママ!!!」

「葵!!」

淡い光の中親子は抱き合って泣いていた。その傍には優しい微笑みを湛えた透けた女性。

状況は全くわからない。でも、でも…

「よかった…よかったよぉ…」

親子より泣いてるんじゃないかというくらい僕の目からは大粒の涙が出ていた。ずっとずっと泣いてた女の子、葵ちゃん。そして同じようにずっとずっと泣いてたはずのお母さん。もう一度会いたいって思う事は絶対に罪じゃない。叶わない事の方が少ないのはわかってる。それでも、二人がまた会えて本当に嬉しい。


親子は泣き笑いのような状態でずっと抱き締め合っていた。ごめんねと会いたかったを無限に繰り返している。そっと透けた女性が葵ちゃんとお母さんの腕を取った。

「そなたの娘は我が責任を持って上の世界に連れて行く。娘に再び会えるよう、天命尽きるまでそなたは強く生きよ」

透けた女性はそう告げ、お母さんの首元に触れた。するとその首元から葵ちゃんのお母さんがもう一人出てきた。そのまま笑顔の葵ちゃんを抱き上げ、抱き締めたまま空へ昇っていった。





暗い雨の中、傘も差さずにうずくまる。涙と雨が沢山混ざり、それでもとめどなく溢れるのを止めようとは思わない。会えた、会えた、ちゃんと…生きよう…葵、ママちゃんと頑張るからね…

(さくら)!!!」

聞き覚えのあるどころかよく知った声。傘も差さずにスーツのままずぶ濡れで…

翔吾(しょうご)くん…」

「何やってんだ!!ずぶ濡れで…帰ったらお前いないし…葵の命日で…もしかしたらって心配で…心配…」

そう言って泣き崩れ、私を抱きしめる彼に伝える。

「翔吾くん、今まで本当にごめんね。たくさんありがとうね。葵に会えたよ…会えたよ…」

「そうか、そうか…」

翔吾くんにたくさんたくさん迷惑をかけた。娘を失ったのは同じなのに、悲しむ暇も与えなかった私は最低だったとわかる。ごめんね翔吾くん、もう大丈夫。大丈夫だよ。あの女の人の事はわからない。夢か妄想かもしれない。それでも葵はもう泣いてない。もうここにもいない。それだけはわかる。私も私の人生をちゃんと歩こう。

またね、葵。





「あの…あなたは一体…」

葵ちゃんのお父さんお母さんのやりとりでまた大号泣してしまった僕は、鼻をすする横目に彼女を確認してハッとなった。泣いてる場合ではないのでは。何故僕から出てきた。そもそも何者なんだ。

涙声で恐る恐る聞いてみたが泣きすぎて震えた情けない声しか出なかった。

「ふふっ」

口元を着物の裾で隠しながら、その人は軽やかに笑った。驚きすぎて今更気付いたがとても綺麗な人だと思う。急に照れが来る、色々と。

「あ、あの、さっきの首から出てきた葵ちゃんのお母さんは一体…」

照れ隠しで答えももらってないのに次の質問をしてしまう。

「あれはあの母親の怨霊になりかけた生霊だ。娘に会いたいという強い願いと、何故自分がこんな目に遭わ   

 なければいけないのかという怨みが合わさったもの。あの者は生霊を飛ばしやすい性質故、あのような手

 段が使えた。負の部分ではあるが娘への想い故のものだ。娘に危害が及ぶことはないし、あの母親を生か

 すためにも、娘を救うためにも、あの方法が最善だと思うたのだ」

もう大丈夫だ、そう言ってまたふふっと笑う。

「あの、あなたは一体…」

軽やかに笑った後、彼女は僕の目を真っ直ぐ見つめてこう言った。

「我は天冥援命(あめのくらえのみこと)。死者の願いより生まれ、天照より名を賜りし神である。そなた 

 を依代に死者を救うため顕現するものである」


幽霊になって半年、どうやら僕は神様の依代だったようだ。

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