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宮廷墨絵師物語  作者: 紫水ゆきこ
第一章
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第五話 その花、高潔にて(上)

 緑苑宮を訪ねた紹藍は、大方の予想通り梅花の侍女たちから刺々しい視線を受けることとなった。


(まぁ、歓迎されないのは予想済みだし、視線だけなら仕事だと割り切れるわ)


 噛み付いてこられないのは、そもそも身内に問題児がいなければ梅花が恥をかくことなどなかったと理解しているからだろう。

 ただ、もっとやりようがあったのではないかと恨まれているだけのような気もする。


 しかし周囲の様子とは裏腹に、梅花の様子はさっぱりしたものだった。


「話は聞いております。皆、邪魔にならぬよう下がりなさい」

「ですが」

「私が客人の対応ができないとは思っていないでしょう?」


 主人にこう言われて残れる者はいない。

 紹藍としてもありがたい対応だ。


「どうぞお掛けになってくださいな。まずはお茶でもいかがかしら」

「ありがとうございます。ですが、喉はすでに潤っておりますのでお気遣いなく」

「そう。では、単刀直入に聞くわ。いくらご入用かしら?」

「……はい?」


 いったい何の数字を尋ねられているのかと、紹藍は硬直した。梅花は当然の質問をしただけの様子で、それが余計に紹藍を混乱させる。


「申し訳ございません、何のことでございますか……?」

「何をって……賄賂の話でしょう?」

「はぁ、わい……ろ……?」


 梅花は当然でしょうと言わんばかりの雰囲気で堂々としているが、紹藍はそれを聞いてもなお意味がわからない。

 いったいなぜ賄賂が必要なのか。

 しかし問いかける前に梅花が口を開いた。


「より美しく描く必要はないわ。ありのままを描いてくれる程度で結構よ」

「はい、それはもちろん……ですが、その、賄賂? は、不要です。私、お給金を頂いておりますので」


 もしかしたら賄賂はとは奥ゆかしく言っているだけで駄賃のことを言っているのかもしれないと思った紹藍がそういうと、梅花は目を瞬かせた。


「あ、の……?」

「驚いたわ。本当に要らないの?」

「え、その、もしかしていただくのが普通なのですか?」


 たとえ普通と言われようが忖度をするのは面倒ごとになると理解できるので、受け取れるはずもない。

 ただ、純粋にわからなかった。


「気持ちがいいものではないけれど、不利益を被りたくなければ用意するのが普通ね。宦官には小遣いがわりに渡すのが慣例よ」

「宦官も役人でしょうに……というより、そのような者は罷免されないのですか?」

「言いつけたところで、女官長も宦官長も甘い汁を吸っているわけだから、握りつぶされておしまいよ」

「腐ってますね」


 呆れて思わずあまり美しくない本音が出たが、梅花はくすくすと笑っていた。

 無理に押しつけられるわけではなくてよかったと紹藍は思いながら、同時にこの話が聞けてよかったと心から思った。


(賄賂だったとは思っていなかったけれど……やたら挨拶と称して私にやたら高い菓子だの織物だのを持ってきていた役人がいたのは、そういうことだったのかもしれないわね)


 返礼品を用意する金などないからと話も聞かずに断っていたが、もしかしたら四色夫人以外の側室の縁者が来ていたのかもしれない。


(女官長と宦官長の話もしなきゃだし、ついでに私に贈り物を持って来た人の絵を描いて江遵様に見せてみようかしら)


 幸い当時の見たままのことであれば思い出せる。

 思わぬ収穫があったと紹藍が思っていると、それまで笑っていた梅花の目が細められた。


「ところで、先日の簪の件をあなたはどう思っているかしら?」

「それは……見たままをご報告させていただきましたが、それ以上のことは私の職分ではないと考えております」

「無難な回答だけれど、私はあなたの私見が聞きたいの」


 梅花を見て、探られているわけではないと紹藍は感じた。ただ、どう映ったかということが純粋に知りたいだけだ、と。


「個人的な感想となりますが、一部で噂されている緑妃様の首謀説はまずあり得ないでしょう」

「理由を聞いても?」

「あの侍女に向けられていた感情は嫌悪でした。少なくとも、私にはそう見えました」


 もし噂されているように主導しているならば、迂闊な桂樹の言葉に怒りこそすれども、軽蔑した態度も取らないだろう。


「理解してくれて嬉しいわ」


 そう口にした梅花が纏う空気は和らいでいた。気にしていないように振る舞っていても、全く気にせずにはいられなかったのだろう。空気が柔らかくなったとはいえ、梅花の表情には憂いも見える。


(今日は緑妃様の本来のお姿も拝見することは叶わなさそうな)


 ならば仕方がない、と紹藍は梅花に提案をした。


「緑妃様、本日は私の自己紹介をさせてくださいませ。正確には、私の絵のといったものですが」

「絵の自己紹介?」

「はい。私の絵の雰囲気を知っていただき、緑妃様のお姿もどのような雰囲気になるのかを知っていただきたいのです。いかんせん、私の絵は我流が過ぎますので」


 そうして説明しながら墨を擦り準備を整え、紹藍は下町の様子、花や風景を描いた。

 緑苑宮の人々を描こうとすると向けられた鋭い視線を描くことになってしまうので、人物画も下町の様子を描いてみせた。

 意外にも梅花は紹藍が働いていた大衆食堂の様子に興味を示して色々と質問をし、それで気もまぎれたように見えた。


(でも、これは一時しのぎにしかならないわ)


 本当に憂いを取り除くなら、梅花は無実だということを誰もに認めさせる必要がある。

 ただしそれには桂樹がすべてを正直に話した上で、客観的に周囲も納得できるような理由がなければいけない。


(なかなか難易度は高そうね)


 しかも、それに自分ができることなどない。

 なんだか歯がゆいと思いながら、紹藍は蜻蛉省に戻ったあと、悶々としながら自分に賄賂らしきものを持ってきた役人の顔を全て描いた。


(乾いたら江遵様のところへ持っていこう)


 そしてだいぶ紙にも慣れたと思っていると、急に執務室の扉が開いた。


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