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宮廷墨絵師物語  作者: 紫水ゆきこ
第二章
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第十七話 それぞれの道(二)

 貸出要員となった当初こそ、無駄に期待させるような言い方をした江遵を紹藍は少々恨めしく思ったが、幸いにも霜劉は常識的な人物であったためか、紹藍に任される仕事は人手が必要であるものの、初見でも不可能ではないというものばかりだった。


(まあ、無茶苦茶な要求をする人ならさすがに江遵様も断ってるか)


 忙しいことには違いはないが、本当に人手が足りていないのだと分かれば紹藍も集中力を高め仕事に取り組むだけだ。

 そんな紹藍に霜劉は言った。


「江遵殿が推薦した理由がわかりました。こちらの仕事も向いているのではないですか」

「ありがとうございます」

「できれば貴女が後五人ほどいればなお良かったのですが」

「ご冗談を」


 お世辞だろうことは想像できるが、それでも好意的な言葉を掛けられる程度には役立っていると思えばいいことだろう。

 しかしそれは星琳から強い視線を受けることに繋がるのだが。


 紹藍は星琳から直接仕事を言い渡されることはない。

 もとより肩書となる役職がない者同士立場的には同等なので、命令する立場にはない。

 しかし最初に顔合わせをした女性同士であることもあってか、霜劉は星琳に紹藍が円滑に職務に邁進できるよう手助けするよう命じた。そのため机を並べて仕事をする羽目になっている。


(霜劉様もこの視線に気付いていないとは思わないんだけど)


 最初の数度であれば見ていなかったという可能性も考えられるが、未だ気付かないのであれば鈍感にも程があるし、出世できるとは思えない。

 一応、紹藍を誉める際には隣の星琳にも声はかけている。

 ただ、それが「今日も順調ですね」と言うような、誉めるには届かない言葉であるだけで。


(競わせようっていう雰囲気でもないし……。そもそも私に競う必要がないのはご承知でしょうし)


 ただの欠員に対する応援を相手にそこまで求められることもないだろう。

 そう思うと彼の行動は紹藍にとって不可解だ。


 そしてそのとばっちりを受ける形で何かと星琳には言葉の上では突っかかられているが、相も変わらず実害はない。

 今も連れ立って倉庫への道を往復している中、何だかんだ言われながら廊下を進んでいるが、たいした苦労だとは感じない。ただ、実益もないのに毎日毎日星琳もよく続けられるなと驚きはしている。


「ちょっと、聞いてるの?」

「ええ。午後からの予定変更ですね」


 最初はそのような業務連絡だったはずだ。

 ただ、途中から話は逸れてしまっているが、そこを指摘しても仕方がないだろう。


「まったく。聞いているのか聞いていないのかわからないんだから」


 そうは言われても返事もしたので紹藍としては落ち度はないと思っている。

 ただし星琳も聞いていたはずじゃないかと紹藍は思ったが、生返事だったなどと言われても面倒なので主張はしない。


(といっても、何も言わなければそれはそれで小言が待っているんだけど)


 一体何のためにこんなことをしているのかと紹藍が思っていると、正面から多くの荷物を抱えた若い男性官吏がやって来た。

 自分たちの荷物の方が圧倒的に少ないのでさっと道を譲ったが、相手は足を止めた。

 なんだろうと紹藍が思うと同時に、彼は口を開いた。


「お前が職場で友達を作っていたのは意外だな、星琳」


 溌剌とした声の男性は気安い雰囲気でそう口にしたが、その言葉で星琳の目は吊り上がった。


「勝手に友人にしないでくれる?」


 星琳が不機嫌さ……いや、もはや嫌悪感を示しているかのような態度を見せても、男が戸惑うことはなかった。


「またまた。友人でもなければ先のように賑やかに喋りはせんだろう?」

「関係ないでしょう」

「……お知り合いですか?」


 このまま星琳が加熱してしまうのはよくないと判断した紹藍は口を挟んだ。

 すると男はにかっと笑う。


「私は景真だ。星琳の同期。よろしく」

「鴻紹藍と申します」

「そんなに堅苦しくなくて構わない。でも見ない顔だよな? 最近異動があったのか?」

「私は応援で一時的にこちらに来ているだけですので……」

「なんだ、じゃあそのうち戻るのか。残念だな、星琳」

「どうして私が残念だと思わなければいけないのよ」


 隠されない苛立ちは照れ隠しというものではないのに、景真は話を切らない。


「そう言う言い方をするのはどうかと思うが」

「説教垂れる気?」

「説教のつもりはない。だが、相手への気遣いが感じられない。巡り巡って、それがお前にも返ることになるだろう」

「うるさいわね! じゃああんたが丁寧な態度でそいつに接していなさいよ」


 そう言い切った星琳は余計な足音を立てる勢いでこの場から去っていった。

 残された紹藍はポツリとつぶやいた。


「……よろしいのですか?」

「ん?」

「星琳殿に話があったのでしょう? お話しなさる前に行ってしまわれましたけど」

「あー……」


 紹藍の指摘に景真は頭を掻きながら苦笑した。


「いや、用事があるわけでもないんだがな」

「いえ、おありだったでしょう。どちらかといえば、話すこと自体が目的というように見受けましたけど」


 紹藍の指摘で景真は目を見開いた。


「もっとも、話題がないので私のことを利用なさったようですが……ああ、別に不快なわけではありませんよ。ただ、本当にあまり好かれていないので、逆効果だったというだけで」

「……なんか、すまんな。というか、そんな堅苦しくなくていいぞ。どうせ年も歴も近いだろう」

「年はともかく、私は経験が一年にも満たない新人ですし。蜻蛉省付です」


 あえて言うこともないかと思ったが、初対面の相手に気楽に話すよりは立場を明確にして回避したほうがいいと紹藍は判断した。


「蜻蛉省? ってことは、最近外交の場でうまくやってた奴は、もしかして……」

「……まぁ、私ですね」


 思っているより噂になっているのかと紹藍が思っていると、景真は目を輝かせた。


「すごいな!!」

「え?」

「臨機応変な仕事ができなければできない芸当だろう? 引き出しが多いんだな」

「あ、ありがとうございます……?」

「ああ、でもだからか。納得した」

「何がでしょう?」

「星琳があの態度をとったのは嫉妬からだったのか。友ではなく好敵手であったのだな」


 絶対違う、と紹藍は思った。

 むしろ初対面では仕事ができない人間だと思われていたのだ。しかし一人納得し頷く景真に言うことでもない。


(景真は人が良さそう。そんな人に同期のあまり褒められない行動を聞かせてもいい気はしないでしょうし……。下手をすれば、また別の良い意味に変換なさりそうだし)


 どちらに想われていても問題ない紹藍は、黙っていることに決めた。

 そんな紹藍の気持ちをよそに景真は推察を続けた。


「星琳は人一倍仕事熱心だ。できる人間に触発されるのもわかるし、しかも自分より後で任官した者であれば闘争心を掻き立てられても不思議ではないな」

「ずいぶん彼女のことをご存知なのですね?」


 紹藍には同期とはどこまでなかの良い存在なのかはわからない。

 ただ、先ほどの様子からは一方通行な友情でしかないように映っているのだが。


「まぁ、一応婚約者候補でもあるからな」

「……候補?」

「我が家からは打診しているが、返事がね。泉家からは前向きな返答をもらっているものの、当人があの状態だととても話は進まんだろう」

「それでも求婚は取り下げないんですね」

「ああ。星琳の、あのはっきりした意思表示は素晴らしいだろう?」


 これを惚気というのだろうか、いや、想いが通じ合っているわけではないのでそうとは言えないだろうと紹藍は一人心の中で突っ込んだ。

 どちらにしても、この景真という男が難儀な好みなのだろうということはわかった。


「手っ取り早く星琳の好みになれるならばいいんだが……それはなかなか難しそうだからなぁ……」

「あら、どのような方なのですか?」

「一番は江遵殿ではないか? 紹藍殿ならよくご存知だろう」


 ここでその名前が出てくるのかと、紹藍はなんとも言い難い気持ちになった。


「失礼ですが、どのあたりでそう思う要因が?」

「若くて出世が早く仕事ができ、優しい。というあたりだと思うが。しかも顔までいい。……もしかしたら星琳も紹藍殿が彼の方の部下ゆえに余計に対抗意識を燃やしているのかもしれない」


 江遵に対する客観的な評価としては概ね合っていると思うが、優しいか否かという点においては同意できるかどうか悩ましいと紹藍は思った。

 優しくないと言いたいわけではない。

 確かに面倒見はよいと思うが、優しさとは少し雰囲気が違うのではないかと思っている。優しさというには、一線が引かれているように感じるのだ。

 それゆえ同意の返事をしても良いのか少し躊躇っていると、景真が深く溜息をついた。


「しかし、江遵殿は本当に羨ましい。仕事は頑張ればいずれ……と夢を見られないわけではないが、女性受けのよい顔立ちになることは私には難しいだろう」

「美形も三日で慣れますし、景真様も精悍なお顔立ちではございませんか。そもそも星琳様は人の顔で心揺さぶられるような御方でしょうか?」


 あれほど気の強い星琳が顔立ち一つで騒ぐとは紹藍には思い難かった。


「しかし……あの顔だぞ」


 景真は真剣に言っているが、やはり星琳が人の顔で騒ぐ人種には思えなかった。

 それでもこだわるのであれば、むしろ景真が江遵の顔へ強い思いを抱きすぎているのではないかと思う。皆が彼の顔に憧れると言わんばかりの様子だが、少なくとも紹藍にしてみれば、散々あの顔で迷惑を被っているためむしろ可哀想だと思っているのだが。


「まあ、何を信じるかは自由ですが……少なくとも私は江遵様が整った顔をしていることは、言われなければ忘れそうになるくらいは気にしてないです」

「頻繁に見ているのに?」

「頻繁に見ているからこそですよ。それに最初から綺麗な顔だとは思っても、そんなに惹かれるわけではありませんし……」

「慰めようとしてくれているわけではないのだな?」

「ただ感想を述べているだけですよ」


 これは相当思い詰めているなと紹藍は少し相手を気の毒に思った。

 しかしだからと言って慰めている場合ではない。

 何せ仕事中、しかも応援の最中だ。


「では、私にも仕事がありますので。失礼致します」

「あ、ああ。ありがとう。礼を言う」

「特に何もございませんでしたので、お気になさらず」


 そうして紹藍はそのばを後にし、仕事場へと戻った。

 先にあの場を後にした星琳から多少小言があるかもしれないと思いながらも、無駄話をした事実はあるので仕方がないと紹藍は思っていたのだが、戻った紹藍を迎えた星琳が鬼の形相で告げた言葉は想定外のものだった。


「今夜私に付き合ってくれるかしら?」


 一体何の話だと紹藍が思ったのは言うまでもない。



9月8日発売の書籍版の書影ができました!

活動報告に掲載させていただきました。

ご覧いただけますと幸いです。

また、コミカライズ企画進行中となりました!

併せてよろしくお願いいたします( *・ω・)*_ _))

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