第十一話 光と影と絡まる巡り(一)
「とりあえず、これで三人分は終わりましたね。あとは赤妃様を残すのみですね」
少し不思議な、奥底が見えない白妃を描いた絵を江遵に提出しながら紹藍は告げた。
「そうだな」
「ところで江遵様。不思議なことがあるんですが、お尋ねしてもよろしいか?」
「答えられるかは別だが」
「ありがとうございます。私、不思議なんですけど……。黒妃様も緑妃様も白妃様も、とてもいい人で皇帝陛下に対する敵意もなければ、皇太后陛下に対する信奉意識もありませんよね?」
「ああ」
「それでいて、四色夫人は復権を目論む皇太后陛下がお選びになったのですよね? 皇太后陛下が選ぶにしては、利点が少なすぎませんか?」
皇帝が後宮を避けていたのも皇太后が選んだ妃たちだからという理由だったはずだ。
ただ、皇太后が選ぶにしてはむしろ皇帝に対して利のある人選になっていたと思う。
「……黒妃に関しては、皇太后が本来妃に据えようとしたのは黒妃の姉だ。実家は権力を好む上、姉は強欲であるから餌を与えれば操りやすいと思ったのだろう」
「そういえば……そんな話を仰っていたような」
「あくまで可能性だが、黒妃を追い出したかった皇太后が梁淳が動くように計画していてもおかしくはないと思っている。無論、梁淳が知らぬ状態でな」
うわぁ、と紹藍は言いたくなったのをグッと堪えた。
以前少し聞いた話ではあったが、それが皇太后のことだとはさすがに思っていなかった。
「緑妃は正義感が強いが、やや策略の対応には後手に回る傾向がある。なんらかの折に責任をなすりつけやすいと思ったのかもしれない。白妃は民衆への影響力が強い。後宮に留めておけば、自分にとって都合が悪いものを流布させないようできる可能性が高まる」
「要は言論封鎖の一環の予定だったんですね」
何もないのかと思っていたが、そんなことはなかったのかと紹藍は思った。
「けど、そこまで分かっていても陛下は四色夫人とお会いにならなかったんですね」
「それほど皇太后への嫌悪感があり、警戒していらっしゃるからだろう。……ただ、妃たちに対しては罪悪感も感じていらっしゃる様子だが」
「その罪悪感をもっと膨らませられればいいんですけどね」
人の様子が分かれば、感情を刺激できるかもしれない。
なんだかんだで現状を知ってもらうのはやはり大切だと江遵も考えているのだろう。
「……今、三名の妃について考えられる皇太后の思惑は伝えた通りだ。ただ、赤妃に関してはよく分かってない」
「どう言うことでしょうか?」
「赤妃である成朱麗殿の実家は由緒ある士族だが、かなり力を落としてはいる。そして没落の原因は皇太后にある」
没落という単語に紹藍は少し緊張した。
「皇太后が罪悪感から娘を上級妃に迎えるという可能性がないわけではない。だが、そんな性格だとは思えない」
「ならば、何か訳があると思ってらっしゃると」
「まぁ、赤妃自体は非の打ちどころのない人物ではあるがな」
その江遵の評価に紹藍は珍しいと思った。
ほかの妃を誉める言葉を聞いたことがない。それでいて、贔屓しているのようではない。
(一体どのような方なのかしら)
そんな気持ちを抱き、紹藍は後宮へ向かった。
そして赤妃の赤華宮へ向かい……江遵の言った意味を理解した。
「ようこそおいでくださいました。私、成 朱麗と申します」
そう柔らかな声でたおやかに挨拶をした朱麗は儚げな美しさがある絶世の美女だった。
(まるで玻璃でできた人形のよう)
令嬢の手本のような人が実在するのかと紹藍が驚いていると、着席を促された。
侍女たちも温かな主人同様に、ふんわりとした空気を纏っているようにも見る。
「私、自身の絵を描いていただくのは初めてですので、楽しみにしておりました」
「ご期待に添えるよう、気合を入れさせていただきますね」
そして紹藍は道具を用意する。
これまでで一番滞りなく物事が進んでいることに、紹藍は不思議な感覚も覚えた。本来はこれが普通であるかもしれないが、いままでは色々とありすぎた。
(でも、普通のお嬢様相手だと……どうお話したらいいものかしら)
本来なら四人目なので慣れているはずだが、いかんせん個性豊かな面々だ。だからある意味士族のお嬢様相手に普通の会話を今までしたことがないといっても間違いではないはずだ。
(そもそも話題はこちらから振ってもいいものなのかしら。待つのが正解かしら)
そんなことを思いながら墨を磨っていると、朱麗がゆったりと口を開いた。
「墨の香りは落ち着きますね」
思わぬ言葉に顔をあげれば、朱麗は優しく微笑んでいる。
「私もそう思います」
「よかった。時々、私の言葉で人に不思議な顔をさせてしまうので、発言してよいものか少し迷ったのです」
そう言いながら小さく笑う朱麗を見て、気を遣われたのだろうと紹藍は思った。
「今日はどのような姿を描いてくださるのかしら? このように座っていたらいいのかしら?」
「こちらから特に要望はいたしませんので、赤妃様が思われる、一番自分らしい姿を見せていただければと思います」
そう言いながら、わりと無茶なことを言っているなと紹藍自身も思った。これまでは個性が輝く瞬間を目に焼き付けて描き起こしているので、あえて自分らしい姿を要望したことはない。
もっとも、同じようにどう言う姿勢をとるかと尋ねられれば同じ回答をしたとは思うのだが……。
「私らしい、ですか……」
そう言った朱麗は眉を少し下げていた。
やはり困らせたかと紹藍は思ったが、朱麗の反応とは対照的に周囲の侍女は歓声を上げた。
「でしたら、朱麗様は舞踊をなさるお姿を描いていただけばよろしいのではないでしょうか!」
「ええ、朱麗様の舞は皆の視線を一身に集めます。よりお美しさが際立ちますわ」
「ならば私は衣裳を準備して参りますね」
「では私は髪飾りを」
そうして朱麗本人の言葉を待たずして、侍女たちは慌ただしく動き始めた。
「まだ準備が終わっておりませんので、そこまで慌てられなくても大丈夫ですよ」
場が混乱してはと紹藍は一応一言伝えたのだが、やる気溢れる侍女たちの動きはせわしない。
「ごめんなさいね、皆、働き者で」
「いえ、私はまったく気にしないのですが……。皆様、本当に赤妃様を慕っていらっしゃいますね」
はしゃぐと言う言葉が近いほどの周囲に紹藍も少し笑ってしまった。
皆自由でのびのびしており、それは主人が寛容であることを示しているのだろう。
「でも、皆が懸命に準備していては、きっと日が暮れてしまいますね」
そう言いながら朱麗は立ち上がった。
「皆、気合を入れてくれているところ申し訳ないのだけれど、あまり飾り立てては普段からそのような装いだと誤解されかねないわ」
「ですが、やはり一番美しいお姿をお描きいただいたほうが……」
「特別な装いでなければ陛下の気にかけていただけないのでしたら、私はそれまでということですよ」
そう言いながら、朱麗は引き出しを開け、五色の帯がついた鈴を取り出した。
「まだ舞うのは早いかしら」
「いえ、赤妃様のご準備が整っていらっしゃるのでしたら、私はいつでも構いません」
「では、お言葉に甘えて」
そして朱麗はふわりと舞い始めた。




