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宮廷墨絵師物語  作者: 紫水ゆきこ
第一章
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第八話 休暇(五)

「え、江遵様。江遵様のお支払いになるんですよ、わかってますか」

「知っている。だが、下町の画聖に絵を描いてもらっていて礼をしないのも失礼だろう」

「いや、別に依頼を受けたわけではないんでそんなことないんですが……。でも、今撤回しないなら奢られますからね」


 紹藍はこの店に入ったことはなかったが、食堂の客から美味しい餡の入った饅頭があると聞いたことがある。

 入るならまずはそれを頼もうと思っていると、席に案内されるや否や江遵が次から次へと頼んでいた。そこには紹藍が頼もうかと思っていたものも含まれている。


「もしや、江遵様は常連ですか」

「まぁ、ほどほどに。ここは個室になっていて、利便性がいいからな」

「ああ、お仕事かなにかでも使ってらっしゃるんですか」


 店の格式だけで注目していなかったが、言われてみれば確かに個室だ。外に人がいないか注意する必要があるにせよ、話をするのにも都合がいいのだろう。


「……いくつか尋ねたい。まず、玉蘭殿の絵のことだ」


 早速道端では話せないような内容が飛び出した。

 それは別に深刻そうな雰囲気でもないが、仕事に関係することであれば紹藍も少しは引っかかる。


「提出したものに、なにか気になることでも?」

「いや、それはない。だが、以前描いたものもよくできていた。あのままでも通せるほどに。だが、没にしただろう」

「ええ。玉蘭様本来の魅力が欠けていると思いましたので」

「だが、お前は見たものを描けば職務として不足はなかったはずだ。あえて深く関わろうとしたのはどうしてだったんだ。報酬も変わらんだろう」


 紹藍は逆になぜそう尋ねられるのか不思議にも思ったが、もしかすると宮廷での仕事はそれが普通なのかもしれないとも感じた。

 

「まぁ、描きたい絵があの状況じゃ描けなかったというのが一番大きいですよ、やっぱり。私、描くならその人の人柄が現れる絵がいいですし、悲しいより嬉しい絵のほうがいいです」

「そうか」

「そうです」

「そうすると、さっきの串焼きを頬張る私も本質が表れてると」

「食事は人を素直にさせることが多いですよ」


 あれだけ笑ったのだから不快ではなかっただろうにと思いながら紹藍が答えると、やはり江遵は笑っていた。

 どうやら、満足いく答えであったらしい。


「茶は難しいが、菓子は食べきれなければ持って帰れる。好きなだけ食べてくれ」

「えっ、分けなくていいんですか」

「足りなければ足そう」


 さすがに追加までは悪い……と思っていた紹藍だったが、蜂蜜がかかった揚げ芋を食べた瞬間にその価値観は揺らいだ。

 こんなに美味しいものがあるのか、どういう調理をしたらこうなるのか、ただ揚げただけではないだろう、蜂蜜が美味しすぎるからこうなるのか? など、思うことが沢山あった。


 その様子ははっきりと江遵に伝わり、希望するまでもなく追加注文が行われた。


「江遵様って、すごく気前がいい人だったんですね」

「あまりに美味そうだからな。たまの機会だ。うまく仕事が運べば、また連れてこよう」

「え、本当ですか?」


 高待遇の仕事にとても嬉しい追加報酬があるとなれば、嬉しいどころの騒ぎではない。


「もともと頑張ってますが、さらにやる気を出しますね」

「ああ、期待している」

「……ついでに、一つ尋ねたいことがありますが、よろしいですか」

「答えられることかはわからないが、いうだけ言ってみろ」

「ありがとうございます。……表向きには事件は解決という形になっていますが、実のところ、解決してなかったりしませんよね……?」


 その紹藍の言葉に、茶を飲もうと湯呑みを持った江遵の指がピクリと動いた。


「何が言いたい?」

「梁淳は確かに娘の地位を上げるために今回の悪巧みを計画したと思うんですよ。でも、本当は誰かに唆されたのかなとも思っちゃって。侍女の買収は、まぁうまくいったとして……毒草の件は、わざわざ城内に植えてまで使う必要などなかっただろうと思うのです」


 仮に自分の所有する場所で毒草が見つからないようにするため、言い逃れができないことを防ぐため、という理由があったとしても。

 きっと他の手立てを用いて、別の薬を使うという方法もあったはずだ。

 だが、あえてその方法が良いと思ったのであれば……。

 梁淳自身がその場に用意したのではなく、そこに毒草を用意した誰かの口車に乗せられた可能性はないのだろうか?


 考えすぎだと言われればそれまでではあるものの、疑問がどうしても残る。


「……これは私の勝手な予想だが、梁淳は本業でも敵が多かった。おそらく、梁淳の地位を上げるために協力するふりを装って、実際は自滅させることに成功した者がいても不思議ではない」

「その者がもし本当に存在していても、野放しにせざるを得ないのですか?」


 別に梁淳を庇う気など一切ない。

 だが、他に黒幕がいるのであれば再び何かを計画することだろう。

 

「調べはしている。まあ、梁淳が口を割れば早いが……アレは表でも隠していることが多いからな。墓穴を掘るか助かるかという天秤で物事をはかっているところだろう」

「……頑張ってください」

「まあ、この辺りは私らの管轄ではないからな。刑部が頑張ってくれているだろう」


 完全に丸投げだが、実際に役職が違うのであればそれも仕方がないことなのだろう。


「なんだかモヤモヤしますけど……まあ、仕方ないですね。悪人が私欲のために動いただけとはいえ、それを唆す人もいい人だとは思えませんから、早く反省してもらいたいものです」

「まあ、見つかったところで反省するような者ならしないと思うがな」

「……まあ、世の中そんなものですね。でも、そうあって欲しいんです」


 すっきりしたようなしないような、妙な感覚になりながらも紹藍はひとまず気になっていたことが少しだけわかってよかったとも思った。

 自分が積極的に関与することはないだろうが、今後巻き込まれないためにも黒幕は皆きっちりと捕まって欲しいと願うばかりだった。



 そうして、贅沢な休暇を過ごした翌日。

 まだしばらく妃を描く仕事は延びると思っていた中で、紹藍には別の任務が急遽与えられた。



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