第八話 休暇(二)
そして、翌日。
私服の紹藍と仕事着の江遵は集合の後、下町で橋にもたれかかり、串焼きを食べていた。
「ありがとうございます。お陰で大きい方の串を食べられてます。いつもは小さい方なんですよ」
「ああ」
「塩が効いていていいですよね。この辺りじゃここが一番下処理も上手いんですよ」
「それはいいんだが……いや、いいのか? これで」
「なにがですか」
「いや、お前、結構遠慮なく使う雰囲気だったと思ったんだが」
「遠慮はしていませんよ。ただ、私の大満足するものなら江遵様が破産することはないかもしれませんが」
紹藍の答えに江遵は目を丸くしていた。
「参考までに聞きたいのですが、どのようなものを想像していたんですか」
「まぁ、高級店とまではいかずとも、宝飾店にでも行くかと思っていた。名目は褒美だからな」
「いりませんよ、そんな非実用的なもの。盗難に怯えないといけない挙句、私程度じゃ簪をつける場面もないじゃないですか」
とはいえ、庶民でも簡素な簪ならばつけていても珍しくはないことも知っている。同じ年頃の女性なら一本くらい持っていても普通だろうとも思うが、そこまで考えても紹藍には必要なものだとは思えなかった。
「まぁ、簪を買うお金があれば筆を買いますね。長さもあるし、いざとなれば簪にもなりますよ」
「……本気でやりそうだが、やるなよ」
「そんな真剣にご忠告いただかなくても」
紹藍はそう言いながら、串に残っていた最後の肉を頬張った。
「江遵様が食べ終わったら、次に行きますよ。ここにはまだ煎餅に饅頭と食べるものは沢山あります」
「まさか一日中食う気か?」
「まさか。後はとりあえず筆を扱う店にも行く予定ですよ。お優しい上官様にお金を借りられるなら、少なくとも一本新調したいなと思っていますし」
「筆? 官品があるだろう?」
「ありますけど……あれ、絵を描くものに向いてないんですよ。宮廷画家がいないので不思議ではありませんが」
「待て、妃たちを描いたのは……」
「私の手持ちの筆です。まぁ、慣れない環境ということもありますし、墨も紙も新しいものよりは……と思ったんですが、徐々に傷みますしね」
消耗品はどれだけよいものであっても、すり減っていく。そろそろ一番気に入っている筆の限界が近い。ダメになれば二番手の筆を使用するという手段ももちろんあるが、早めに新しく気に入ったものを見つけて慣れておきたい。
「江遵様が同行してくださるなら経費として申告するのも簡単そうですし、今日行こうかなと」
「私が来なかったらいつ行く気だったんだ」
「もちろん収入があってから行くつもりでしたよ。現地に行かないとわからないですし」
「……不便ないよう便宜は図るから、もう少し申告するように」
「はーい」
その後に行った甘味も立ち食いだったので、人に聞かれては困るような話はなく、水辺を泳ぐ鴨が美味しそうだとか、流れる雲を見て昨日の夕食の卵スープによく似ているとか、そんな雑談ばかりをしていた。もっとも、話していたのは紹藍で江遵は半ば呆れている様子だったのだが。
そんなやりとりを経て、紹藍は甘味を楽しんだのち文具を取り扱う店に行った。
「いらっしゃい。ああ、紹藍か」
「おじさん、ひさしぶり。気に入りそうな筆、あります?」
「あるよ。紹藍の好みのものなら、そこの黒い箱のものの中に一本くらいはあるんじゃないか?」
あると言った割に適当な返事をする店主に紹藍は苦笑した。
作っているのは本人のはずだが、どれも上等な品だと言わないあたり、紹藍の好みをよく把握してくれている。
「よさそうなものが見つかったら試し書きをするかい? 半額を払ってくれるなら構わないよ」
「したいところですねえ。でも、今お金があんまりなくて……。買うときはいいんですけど、買わない時は懐が痛すぎて」
買うときは経費なので気にしません、とまではさすがに言えず、紹藍は曖昧に言葉を濁した。すると店主は笑った。
「なら、ツケにしといてやるよ。紹藍なら逃げないだろうし」
「え、いいんですか」
「ああ」
「じゃあ、早速選びますね」
そうして、紹藍はじっくりと筆を見始めた。
太さだけで選ぶと五本近く目的のものがある。この中からどの一本を選ぶかは、試し書きができるとは言え、もうじっと見るしかない。
「江遵様、時間がかかりますからおじさんの隣にでも座っておいてください」
「え……」
「この店、他に座れそうな場所、ありませんから」
「おう、ないぞ。あんちゃんも座れ、どうせ立っていても早く終わったりしねぇからな」
そう店主に言われ、江遵は諦めたかのようにその場から動いた。




