第六話 表裏(四)
その声は少し離れた場所にいる紹藍でも圧を感じるほどのものだった。
しかし紹藍も怯んではいられない。
何せ、その声で下女がひどく怯えた顔を見せた。
なんとか安心させたいと、紹藍はそっと近づきつつ様子を窺う。
「これは……蜻蛉省の御三方ではありませんか。一体このような場所で何をなさっているのか」
「今はお前が問われている。答えよ」
いつもの様子とは異なる江遵に、梁淳も笑みは崩さない。
「私は下女に頼み事をしていたのですよ。腰痛がひどいため薬草を集めてほしい、と」
「なぜ医者や医務室を使わない」
「それほど大事ではないからです」
「指揮系統にいない下女に命じるほどのことが、大事でもないと? 個人的に報酬を与え下女を使役することが禁じられていることなど、百も承知だと思っているが」
そう江遵がいうと、柳偉が下女から包みを取り上げた。
中には貨幣が入っている。
「あ、あの……」
下女が困惑しつつ声を上げようとするが、同時に梁淳が笑った。
「仕方ありませんね。こんな場面を目撃されるとは思いませんでしたが……仰る通りことに間違いはありませんので、謝罪は行いましょう」
「それで終わると思っていないだろうな」
「小間使いを頼んだということに関する、多少の処分は仕方ありませんね」
けれど、大したことはできないだろうと言いたげな雰囲気だった。
紹藍にはどれほどの処分があるのかわからないが、そう思える確証が梁淳にはあったのだろう。まるで『大したことがないのに粗探しが大変ですね』と言わんばかりの雰囲気だ。
だが、江遵は態度を崩さない。
「それだけではない。この薬草ではお前が言っていた目的は達成できないと、知っているだろう」
「……はて、何のことやら。下女が間違えたのですかね?」
鋭い声の江遵に対し、梁淳は飄々と答えた。
だが、ほんの僅かの溜めがあった。
今度は柳偉が溜息をついた。
「そもそも本当に目的通りの薬草であれば、城内のものを勝手に使用するのは窃盗にあたりますよ。梁淳殿はご理解されていませんか?」
「……深く考えていませんでしたが、弁償は致しましょう」
「それで済むわけがないでしょう。宮城内で罪を犯すなど認められない。まぁ、仮にそのような話で済んだとしても、ケチ臭い節約を行おうとしたことが表沙汰になれば周囲から冷めた視線を受けることになりますでしょうね」
「くだらない結末だが、失脚は自業自得だ」
柳偉の言葉に続き江遵がそう言い切ったところで、梁淳の表情に少し焦りが生まれた。
「そんな大袈裟な。私の功績に比べれば、こんなもの大したことではないでしょう。そもそも、私が本当にこれをとってこいと言ったとは限らない。この下女が売りつけにきただけだと考えられもするでしょう?」
我が身可愛さだろう。
無茶苦茶な主張に紹藍たち三人は白々しいと思うが、下女は目を見開いた。
(信じていた者に簡単に売られるなんて、想像していなかったでしょうね)
だが、それでいいとも紹藍は思った。
下女は知らなかっただろうが、金銭を受け取り便宜を図るようなことをしてはいけないのであれば、下女にもなんらかの形で処分は行われるかもしれない。そこで梁淳を庇うことで処分が重くなるよりも、ただただ使われただけだとする方が不利益は少ないはずだと紹藍は思う。
ただ、心の傷を負うのは気の毒だとは思う。
「ここで話していても埒があかない。大体、私たちはすでに言っただろう。お前の目的は腰痛の薬草などではない。桂樹の名を聞けば察せられるか?」
その言葉で梁淳は目を見開いた。
そして、今までの余裕を持った様子から一転、顔を真っ赤にさせていた。
「……その者は知りませんが、面白くありませんね。全ては、この女が私に蜻蛉という厄災を連れてきたが故にこんなことに!!」
そして、次の瞬間。
梁淳は隠し持っていた短刀を抜き、下女に斬りかかろうとした。
紹藍は銀の光が見えた瞬間に下女を押し、そして代わりにその場に入った自分を庇うために両腕を交差させる。左腕なら絵にも影響はないが痛いかもしれない……そんなことを思っていたのも束の間のことで、さらにその前に背中が割って入った。
それは江遵だった。
「刃物沙汰で有耶無耶にしたかったのか?」
江遵は梁淳を難なく制圧していた。
それは、紹藍が初めて食堂で会った時と同じ様子だった。
(……本当に、見かけによらない武闘派だわ)
そして痛い思いをせずに済んでよかったとホッとした。
気を失っている梁淳には江遵の声は届いていなさそうであった。




