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宮廷墨絵師物語  作者: 紫水ゆきこ
第一章
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第六話 表裏(二)


 少女は服装からは下女だと察せられる。

 下女は紹藍が来たことに驚き、小さく悲鳴を上げた。


「だ、大丈夫ですか?」

「も、申し訳ございません。少し、驚きまして」


 下女はそういうと、恭しく礼をとる。


「こちらこそ驚かせて申し訳ないです。どうぞ楽にしてください。私は宮廷作法には疎いので」


 むしろ自分も元々の身分なら下女に近いと思いながらも、疑問に思った。


「ここで何をなさっていたのですか?」

「薬草を集めている最中でございます」

「そうなのですね。私も少し探し物で来ましたので、気にせず薬草摘みをしてください」

「ありがとうございます」


 そう言ってから、下女は遠慮がちに自分の作業に戻っていった。

 その様子を少し見て、紹藍は疑問に思った。


(あの手つき……決して慣れた者ではないわ)


 どちらかというとぎこちない探し方だ。

 探しているものは時折見つかるようだが、ずいぶん熱心に観察しているわりに自信があるようにも見えない。

 だいたい、下女がこの時間に廃園で薬草探しをしていることからおかしいとも思う。宮城内には薬草園だってあるはずだ。それなのにわざわざ、薬草好きが面白くない場所と言っていたこの廃園で、不慣れな手つきで何の薬草を探す仕事があるというのか。


「一つ、お尋ねしても構いませんか? あなたは薬草の採集をお仕事としているのですか?」

「どうしてそのようなことを尋ねるのですか?」

「私は下町育ちである上、あまり宮廷での経験がありませんので。いろいろなお仕事があるのだなと思いまして」


 そんな誤魔化すための紹藍の言葉に下女が少し驚いた様子を見せた。


「ご出身は」

「都ではありますが、西区域の葉栄という地区です」

「本当ですか!? 私もそちらです」

「あら。では、同郷のよしみで……こちらは如何でしょう」


 それは紹藍が揚げ菓子を差し出すと下女の瞳は輝いた。


「よろしいのですか!」

「ええ」

「で、ですが美味しそうなものを私は何もお返しできないですし……」

「でしたら、その薬草の絵を描かせてくれませんか。私、絵を描くことを生業としておりますので練習の題材にしたいと思います」

「画家なのですか!? 女性で……すごい方がいらっしゃるのですね」


 そう言いながらも下女の視線は菓子に向いたままなので、半分以上はお世辞なのだろう。

 ただ、紹藍もその気持ちはわかるので何も言えない。もらった相手がもっと普通で純粋な善意からなら、素直に喜べたことだろう。

 ただ、相手の警戒を解けたのは紹藍にとって喜ばしいことだ。


「薬草を見分ける方もすごいではありませんか」

「……実は、個人的にお願いされただけで、私の職務ではないのです。時々お使いの仕事をくださる方がいて」

「お使いですか」

「はい。何せお給金だけでは家族が食べて行く仕送りには到底足りなくて……。うち、借金もありますので」


 下女は照れ臭そうにそう言っているので、純粋に運良くいい仕事をもらったとしか思ってないのだろう。

 だが職務外のことを下女に直接駄賃を払ってやらせる必要など本来ないはずだ。

 もっと踏み込んで尋ねたいと紹藍は思うが、焦りすぎないようぐっと堪えた。


「あなたにとって、幸運を運んでくださった存在なのですね」

「そうなんです。おかげで私は家族にも見栄を晴れます」

「……全然違うかもしれませんが、その方はこのようなお顔では?」


 そう言いながら紹藍はさらさらと梁淳の絵を描いた。

 すると下女の表情はぱぁっと明るくなった。


「あなたも李喜様をご存知なのですか! 私たち、そういう縁があったのですね」

「この方で……間違いありませんか?」

「ええ、絶対に! もしよろしければ、この絵を譲ってもらうことはできませんか? 恩人のお姿となれば、お守りになりそうです」


 楽しげな下女の言葉に紹藍は嘘でしょと言いたくなったが、グッと堪えた。


(偽名を使っているようだけれど……また梁淳って!!)


 まさかなと思いながら描いただけに、当たっていたことの方が紹藍にとって頭が痛い話である。


(名家のご当主が、下女を使って廃園の薬草を集めるなんて必要、絶対ないでしょう)


 本人の調子が悪くなれば医務室があるし、家族のことであっても医師を呼ぶだけの金はあるだろう。そのような中で薬草をあえて集めさせるなど、ろくなことではないと思ってしまう。


(だいたい、これは一体何の薬草なのよ)


 舞い上がる下女はすでに紹藍のことなど不審に思っていない。

 紹藍はその状況にやや感謝しつつその薬草の絵を描き、蜻蛉省に出向くことにした。


(薬草のことなら、きっと柳偉様よね)


 だが、彼の居所など紹藍は知らない。

 そのため、まずは江遵のもとへ向かった。

 早すぎる時間かとも思ったが、都合が良いことに江遵はすでに執務室にいた。


「おはようございます」

「ああ……ずいぶん早いな」

「柳偉様に用件があり、普段どちらにいらっしゃるのか江遵様にお聞きしたいと思いましたので」


 そう紹藍が言うと、江遵は微妙な表情を浮かべた。


「何かあったのか?」

「ええ、まぁ。実は……」


 下女が偽名を使う梁淳に依頼され、薬草を集めていた可能性がある。

 その経緯をざっくり話すと、江遵は眉を寄せた。


「と、いうわけで薬草を見ていただこうかと」

「薬草か。確かに柳偉が適役だな」

「ですので、場所を教えていただきたく……」


 そこまで口にしたところで、せわしない足音が近づいてきた。

 そして勢いよく扉が開いた。


「薬草って聞こえたけど、なんの話だい?」

「おはようございます、柳偉様」


 嘘だろうと思いながら、紹藍はそちらを見た。思わず江遵の方を見ると首を振っていた。あらかじめ呼んでいたわけではないらしい。


「……え、本当に薬草の言葉でいらっしゃったのですか?」


 そんな紹藍の言葉にはにいっと笑うだけで返事はしない。

 どれほど地獄耳なのかと思っていると、柳偉は突然吹き出した。


「まさか! でもなんだか人の気配がしたから走ってみたら、私の名前が出たからね。君が探すなんていえば薬草のことかなって」


 どうやら推察だけで遊びながらの登場をしたらしいが、そのような役人がいると想像していなかった紹藍にしてみれば驚かざるを得ない。


「ところで、詳細を聞いてもいいかい? 何でまた薬草を?」

「ええ、実は……」


 再び紹藍が経緯を伝えると、柳偉はすぐに手を出した。

 すかさず紹藍は薬草の絵を渡す。


「見事な絵だね。忠実に描かれてるのがよくわかる。そしてこれ、僕が前に行った時にはなかったな。というか、あれば抜いてるね」

「そうなのですか?」

「毒草だからね」

「へえ、毒……え!?」




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