マリーシア准将
トリスタン王国の後方基地の休憩室、そこで目覚めた僕は、即座に部屋を出た。
そこにとどまるとカレンとかいう女竜機士に殺されるからだ。
休憩室の外は安全というわけでもなかった。僕は休憩室を出ると、すぐに屈強な兵士に囲まれ、捕縛され、目隠しをされる。
がちゃり、と音が鳴る。どこかに連れて行かれるようだ。そこで束縛から解放されると、女の声で目隠しを取るように命じられる。
目隠しを取る。
室内を見渡す。そこは立派な応接間だった。一目で将官級のお偉いさんが使う個室だと分かった。
ただ、ここにいても安全は保証されないだろう。
先ほどの竜機士は士官であった。士官ならば将官の部屋にやってくることも可能なはずだ。彼女は休憩室の兵士に僕の居場所を聞くだろう。
そして拳銃を持ってやってくるはず。
このままではまたカレンに殺される。
なんとか運命を変えねば。なにか策はないかとあがく。
僕は起死回生の策を探しながら部屋を見回すが、なにも有用な手段は見つからなかった。しかし、前回の尋問とは違う点を見つける。
前回は筋骨隆々の士官に尋問されたが、今回、尋問をしてきたのは女だった。
それがなにかの転機になればいいが、そう思いながら、彼女に意識を向ける。
立派な革張りの椅子に少女が座っている。
見目麗しい少女だ。いや、幼女と称していいかもしれないほど小柄だった。
年の頃は一二、三だろうか。
銀色の髪を身にまとい、その姿は森の妖精のように美しかったが、事実、彼女は森の妖精だった。
彼女の耳は尖っている。エルフ族の娘の特徴だった。
軍服、それも将官用の服。さらに胸に大量の勲章が張られている。
それだけで彼女が歴戦の勇者であることが分かる。
その人形のような見た目には騙されてはいけない、と悟ることができた。
そもそもその眼光は少女のそれではない。戦場を長年駆け抜けてきた軍人特有の殺気に満ちあふれていた。
そしてその口調もそれに相応しいものだった。
「貴様がレナーク大尉のファブニール七〇二式を引き継ぎ、戦場で武功をあげたという男か?」
詰問調の口調だった。
有無を言わさない口調だった。
彼女は僕の胸に付けられた階級章を引きちぎると、それに魔法を付与した。
どうやら彼女は魔法も使えるらしい。
階級章から空中に浮かび上がる文字、そこには僕の個人情報が記載されていた。
ユークス
トリスタン王国 クウナ村出身
年齢二〇歳
第一五歩兵団所属
階級 伍長
身長や体重、僕の経歴なども記載されていた。
彼女はそれらをひとつひとつ確認すると、不審な表情をより強めた。
「おかしいな。ドラグーンの騎乗履歴がまったくない。それにドラグーン素養テストも不合格となっている。貴様、いったい、なにものだ?」
なんの経験もない男が戦場であのような超人的な働きができるわけがない、伝説の竜機士モルヘイヘの再来にしてもなにからなにまでできすぎている。彼女はそう主張する。
それはこちらの方が聞きたいですよ、と言いたいところだったが、下手な返答はできない。
僕が復活できる体質である、と伝えることは簡単であるが、それを伝える相手は慎重に選ばなければならない。
この体質のことは機密事項だった。
しゃべるべき相手は選ばなければならない。
たとえばジョーク好きのヨアヒム。彼にこのことを話してみたが、彼は最後まで僕の話を信じようとしなかった。
「お前もたまには冗談を言うんだ」
と、笑って取り合ってくれなかった。
それだけならばまだましだ。
歩兵団の上官にそのことを話すと死亡ルートになる。
以前、歩兵団の上官に復活のことを話したとき、上官はいぶかしげにこちらを見つめ、僕が狂人になったか、あるいは狂人になった振りをして脱走を図る逃亡兵だと見なした。
そのときは慌てて冗談を装ったが、危うく投獄されるか、その場で射殺されるところだった。
選択肢を間違えれば大変なことになる。
一〇一回の人生を送ってきた僕はそのことを熟知していた。
「………………」
僕が沈黙していると、軍服を着た幼女、エルフの准将はにたりとした表情を浮かべた。
「ほう、沈黙によって答えるか。いい度胸だ。幸いと私はドラグーン兵団の将校になる前に、情報部にいてね。その手の諜報戦には長けているのだ。あくまで貴様が沈黙を貫く、というのならばそのときに使っていた拷問方法を再利用させて貰うだけだが」
その瞳は嗜虐的で、その声色は加虐的だった。
要はこの幼女、サディストなのだ。そう悟ることができた。
その瞳を見て、僕は思いだす。
(第三竜騎兵団には、銀髪の幼子の姿をした悪魔がいる。たしかそんな話を聞いたことがある)
彼女がその銀髪の悪魔なのだろう。
なんでもとあるエルフ族の族長で、その姿は幼女そのものだが、その苛烈な性格、その武功はトリスタン王国軍の中でも特筆に値する、というのが噂の根幹だった。
どうやらその噂は事実のようだ。
彼女は基地の奥にある独房へと僕を連れて行くように部下に手配している。
このままだと数分後には彼女によって拷問を受けるだろう。
残念ながら僕はマゾではなく、またその精神力もへたれで有名だ。
郷里の妹には、
「兄さんにはひとつだけ向いていない仕事があります。それは軍人です」
と指摘されたことがある。
拷問など受ければ即座に事実を話してしまうだろう。
いや、事実を話すのはこの際どうでもよかった。目の前にいる幼女は僕のことを拷問したくてたまらないといった顔をしている。
僕から望む回答を引き出すまでその手を緩めない。そんな表情をしていた。
だから僕は大人しく自分の秘密をこの娘に話すことにした。
時間をかけて決意すると、あっさりとした口調で口を開く。
「――ええと、准将殿」
「マリーシアだ。マリーシア准将と呼びたまえ」
幼女の姿をした准将はそう言い切る。
「ならばマリーシア准将。僕は自分の持っている情報を秘匿するつもりはありません。少なくとも准将に対しては」
「つまり、貴様は自分の持っている情報を私に独占させてくれる、というわけかね?」
立派な椅子に腰掛けている幼女は足を組み直すと、そう言った。
「はい。ただし、僕がこれから言う話は、荒唐無稽というか、あまりにも馬鹿げている。常人が聞けばまず僕を嘘つき扱いするか、精神異常者だと見なすはずです」
「伏線か? 本当の情報を隠すため、あらかじめ私を惑わしておくつもりか?」
「どう解釈するかは准将次第です……」
そう言うしかない。
しかし、彼女に信じて貰うか否か、の前に僕の前には死が迫っていた。それを回避せねばならない。
(ある意味、一石二鳥なんだよな)
心の中でそうつぶやくと、僕はこう言い放った。
「准将、馬鹿げているかもしれませんが、僕はとある能力によって、ごく近い将来を見通すことができます。実は僕は死ぬとある一定の時間軸、場所に戻るんです。それを証明すれば、准将は僕のことを多少は信じてくださるでしょう」
「未来を見通せるか、それは大きく出たものだな」
マリーシアは鼻で笑うと、
「いいだろう。言ってみよ。お前が未来を見通すことができるのならば、お前の大言壮語、信じてやろう」
彼女はそう言い切る。
彼女の信用を得るため、自分の死を回避するため、小一時間後に訪れるだろうとある事件について話した。
その事件とはもちろん、僕が射殺される事件だ。
その詳細を話す。
「このあと、黒髪の少女が俺の前に現れ、僕に拳銃を向け、発射します。准将はそれを未然に防いでください」
「黒髪だけでは誰だか分からないな」
「僕の乗っていたドラグーンの前の搭乗者、レナーク大尉の妹さんですよ。黒髪を腰まで伸ばした美女です」
「ああ、カレンか。彼女が貴様を撃ち殺すというのか?」
「にわかには信じられませんか?」
「いや、有り得るな。あの娘は強い娘だ。しかし、それは武人として、竜機士としてであって、人間としては弱い。兄の死を悲観し、それに関係ある人物に責任を押しつけようとするのは必定かもしれない」
「ならば、今のうちに彼女の拳銃から弾を抜いておいてください。彼女は僕を撃ち殺したあと、自決します」
「ますます信憑性が増したな。あの娘はそういうことをするタイプだ」
根は悪い娘ではないんだがね。
マリーシアはカレンをかばうように言った。
「ここで優秀な部下に死なれるのも困るでしょう」
僕がそう言うと、マリーシア准将はうなずく。すぐに部下にカレンの銃から弾を抜いておくよう命令を下した。
「弾は抜いておくが、もしも一時間後、カレンがこなかったらどうする?」
「必ずくると思うので、その心配はしていませんが、一〇二回目以降の人生のとき、准将を説得しやすいよう。准将だけしか知り得ない情報を僕に教えておいてくださいませんか?」
「馬鹿か、貴様は。なぜ、下級兵士に私の個人的な情報を教えねばならぬ」
「僕に未来を見通せる力がある、と証明するためです。人生をやり直せる力がある、と証明するためです」
つとめて冷静に言うと、こう補足した。
「いいじゃないですか。もしもこの後、カレンさんがこなければ、准将は拷問の末、僕を殺せばいい。そうしたらその秘密は外に漏れ出ませんよ」
その淡々とした説得が効いたのだろうか。
マリーシアは、軽く頬を染めながら、こう言った。
「もしもカレンがこなかったら、本当に殺すからな」
凄みを込めた言葉だったが、顔が真っ赤なので可愛らしかった。
彼女は誰にも聞こえないよう、僕の耳元でそっと囁いた。
「実は私はこう見えても三〇〇歳を越えているんだ。今年で三〇〇と一二歳になる」
その言葉を聞いて僕は目を丸くする。
エルフだから年上だとは思っていたが、まさかそんな年かさだとは思わなかった。
幼女のような見た目に騙されるところであった。
「いいか、絶対に秘密だぞ。ただでさえこんななりをしていて他者に見くびられることがあるのだ。年齢の秘密は知られたくない」
彼女は恥ずかしげにそう言うが、たしかにその見た目と実年齢のアンバランスさは他人には好奇に映るだろう。
僕は、
「一〇二回目以降の人生の貴方以外には決して話しませんよ」
そう言い切ると、カレンがやってくるのを待った。
十数分後、カレンはやってくる。
彼女は僕の前にやってくると、前回と同じ行動をした。
僕の前に現れると、
「兄上のかたきだ!」
と叫び、ホルスターから回転式拳銃を取り出す。
周囲のものは黙ってそれを見つめる。
銃の撃鉄が上がり、引き金を引かれるが、銃が発射されることはなかった。回転式の拳銃の回転部分が、空しく回るだけだった。
「な、なんで? どうして弾が出ないの?」
女竜機士は困惑の表情を浮かべる。
マリーシアは抜き取った弾丸を持て余しながらつぶやく。
「どうやら貴様の言っていることは真実のようだな。復活か。面白い能力を持っている」
彼女はにやりと笑う、その姿は新しいおもちゃを手に入れた童女のように愛らしかった。
続いて彼女は部下に指令する。
「カレン・フォン・アーセナム少尉は錯乱しているようだ。眠らせろ」
彼女はそう言うと部下に魔法をかけさせる。
《睡眠》の魔法をかけられたカレンはその場に崩れ落ちる。
「彼女は自殺する可能性がある。監視は怠らぬように」
マリーシアがそう命じると、部下は敬礼し、二人がかりでカレンを医務室へ運んでいった。
これで僕の命は助かり、それと同時に軍の有力者とコネクションができた。
彼女は優秀であろうから、何度も死んでも蘇る不死の部下が手に入る、と知れば喜んで便宜を図ってくれるだろう。
そう計算したが、その計算は正しかった。
僕は翌日付の日付で、少尉に昇格し、正式に彼女の部下となった。
第三竜騎兵団に配属されることになったのである。
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