精霊マルム
僕は選ばれたものしか乗りこなせないといわれていたドラグーンを見事に乗りこなしていた。
――とはいえない。
ドラグーンに乗るのは二〇回目だが、まともに動かせたのは一〇回に満たない。
その一〇回で、なんとかドラグーンを空中静止させる方法と、最低限の武器の扱い方を覚えただけだった。
僕は慣れぬ空の上から周囲を眺める。
周囲にはまだタイタンが何匹か残っていた。
彼らは騎乗者が代わり、ドラグーンが再び動き始めたことに気がついたのだろう。歩兵団に向かうのをやめ、こちらに向かってきた。
その歩調は遅いが、歩幅はある。すぐにこちらにやってくるだろう。
僕はシールド・ガトリングを狙い定めると、彼らに向かって斉射した。
ガトリング砲から放たれた銃弾は、次々とタイタンに突き刺さり、肉塊に変えていった。
その威力は凄まじく、これさえあれば戦獣どもが何千匹やってこようとも戦えるような気がしたが、それは錯覚だった。
視界にメーターが映る。僕はそれがガトリング砲の残弾数だと知っていた。
この調子で撃ち放てば、十数秒後には残弾がゼロになるだろう。
実弾兵器の悲しい宿命だった。
ただ、その宿命を背負うしかない。嘆いたところで弾数が復活するわけではないからだ。
精霊のマルムは尋ねてくる。
「ええと――」
と声がよどんでいるのは騎乗席に乗っている男の名を知らないからであろう。
彼女の困惑を解消してやる。
「僕の名はユークスだ。姓はない。平民だからな」
「すると貴方様はドラグーンに乗るのは初めてなのですか?」
「いいや? 二〇回目だ。二〇回、君に乗った。二〇回、君と話した」
「――理解不能。情報のログをあさってもユークス様の個人情報は一度も記録されていません」
「そりゃそうだ。この記念すべき一〇〇回目の〝復活〟では君に乗るのは初めてなのだから」
「一〇〇回目……ですか? さらに理解不能。マルムの情報処理能力の限界を超えています」
「君はなにも考えてなくていい。ともかく、僕はまだ二〇回しかドラグーンを操縦したことがないんだ。だから君はサポートに徹してくれ」
「了解しました。それではサポートに徹させて貰います」
「聞き分けが良くて助かる」
「それがマルムの取り柄ですから」
ですが、と彼女は続ける。
「ユークス様は二〇回しかドラグーンに乗ってらっしゃらないのに、まるで熟練兵のような動きをされるのですね」
「前回、乗ったとき、君は同じ台詞を発した。その答えについてはこう返すしかない。二〇回も命懸けの戦闘をこなせば、誰だってこれくらい動かせるようになる」
「いいえ、そんなことはありません。ユークス様は正式な訓練を受けたドラグーンの騎乗者の生還率を知っていますか?」
「八割くらいか?」
「七割です。しかし、それは熟練兵も含めての数値。こと新兵に限れば、その生還率は二割強です」
「素晴らしい統計だな。今のとこ僕の生還率はゼロだ」
「是非とも今回は生きて生還をして貰いたいです。マルムは破壊されたくありませんから」
「そうか。是非とも一緒に生還したいが、君を生かすにはどうすればいいんだ? 騎乗席や防御障壁発生装置を破壊されたら君も死ぬのか?」
「答えはYESです。この騎乗席の奥には精霊石と呼ばれる核があります。騎乗席を破壊されればマルムの人格は消えます」
「ならば騎乗者と精霊は一蓮托生というわけか」
「YESです。マイマスター。なので是非、無事帰還して欲しいものです」
彼女はそう言うと、ガトリングの残弾が尽きたことを教えてくれた。
「あとはもう剣で戦うしかないのか」
僕はそう言うと、シールド・ガトリングガンをドラグーンに装着し、片手剣を両手に持ち替えた。
この方が身軽に動ける、と経験上知っていたからだ。
僕は襲いかかってくるガーゴイルを一刀のもとに斬り伏せる。
ガーゴイルは真っ二つになると消え去る。
戦獣の別名は幻の獣、はその名にふさわしく、死ぬと消える。まるで実体さえなかったかのようにこの世から消え去るのだ。戦獣は異界から召喚された悪魔だ、というのが兵士たちの間で流布されている噂だった。
他にも神が人間のおごりを矯正するために送った堕天使のなれの果て、とか。
宇宙から攻めてきた異星人という説もあった。
どの説が正しいのか、興味があったが、このドラグーンの精霊マルムはその答えを知っているのだろうか?
興味はあったが、尋ねなかった。
今は生き残ることだけしか頭にない。
彼女に問いたいのは、もっと現実的なことだった。
「この戦闘が始まったのは一週間前の正午。そろそろ他のドラグーン兵団が援軍に駆けつけてくれていると今朝、兵団長の演説で聞いたが、それは本当か?」
「答えはYESです、マイマスター。なにか重大なトラブルがなければ、二〇体のドラグーンが戦場に到達し、この戦局を打開してくれるでしょう」
「そいつはありがたい。では、あと、数時間生き残ればいいんだな」
「はい。しかし、その口調ですと、マイマスターはまだ援軍が到達する光景を見たことがないのですか? 無論、これはマスターが本当に『復活』ができるという前提ですが」
「……ないな。残念ながら」
歩兵として戦場駆け抜けること三〇回、敵前逃亡をすること一〇回、どれも上手くいかず死亡ルートまっしぐらだった。
なんとかドラグーンに乗ることを思いつき、それに成功し、今、この戦場に立っているが、ここからは未知の領域だった。
前回のルートでは、騎乗席から振り落とされ、タイタンの棍棒で殺されるという未来が待っていた。
それは回避する自信があったが、その後、どうなるか、そこからは未知数だった。
そう悩んでいると、マルムは助け船を出してくれた。
「マイマスター。援軍はおそらく西部からやってきます。このまま西部の方に向かって切り込む、というのはどうでしょうか?」
「……その情報は初耳だな」
たしかに西から味方がやってくるのならば、そちらの方に斬り込む、というのは定石だろう。そう思ったが、その作戦には欠点もあるような気がした。
「今は戦線がぐだぐだで、西も東もない状況だが、僕が兵士だったとき、西に逃げたら、督戦隊に射殺された。西に向かうということは、敵前逃亡、と取られることにならないか?」
僕の危惧をマルムは一瞬で解決してくれる。
「ドラグーンは貴重です。また、その騎乗者には連隊長と同じ権限が与えられています。戦況が不利ならば撤退することも許されています」
「なんだ。なら戦わなくていいのか」
「いえ、それは駄目です。戦場で何もしなければ、戦後、ログを解析されて、竜機士道失格の烙印を押され、軍事裁判にかけられるでしょう」
「それはまた面倒だな」
「しかし、マイマスターはすでにこの戦場で八面六臂の大活躍をしています。マルムとしてはこのまま撤退を勧めます」
ただ、と続ける。
「たしかにマイマスターは戦場の勇者ですが、それでも話を聞く限り、もしもこの戦場から無事帰れても、その未来は明るくないかもしれませんが」
どういうことだ? とは尋ねなかった。
生き残るためとはいえ、僕は歩兵としての責任を放棄し、勝手にドラグーンにまたがり、戦っているのだ。戦後、軍令違反に問われる可能性は大であった。
いや、確実に違反者として軍法会議にかけられるだろう。
――ただ、それでもこの戦場で何度も死ぬよりはましだった。
僕は天国に行くことさえ許されない。ここで死ねばまたヨアヒムのつまらないジョークをまた聞かされるだけだった。
あのスタート地点に戻るだけだった。
ならば少しでも確率が高い方、未来がある方に賭けるしかなかった。
鋼鉄の機体を西方に向ける。
すでに戦線などあってないようなもので、そこにも大量の戦獣たちがいたが、僕はそちらに向かってドラグーンを移動させた。
次々と襲いかかる戦獣たち。
巨人に有翼魔神、巨大な昆虫などもいたが、ドラグーンの片手剣は次々に化け物どもを斬り伏せていった。
ただ、それも数時間限定だった。
ドラグーンの持っていた片手剣は、ぽきり、と根元から折れた。どんな名刀もいつか折れるのは宿命だ。それは歩兵用の剣も一緒だったし、ドラグーンのものも変わらない。
「畜生、僕はまた死ぬのか」
そう諦観した。
あと何度復活すれば、この馬鹿げた運命の輪から脱出できるのだろうか。
そんなことを考えながら、緩慢な死を待ったが、一〇〇回目のループは今までと違う結果になった。
死を覚悟し、敵のタイタンや竜に囲まれたそのとき、彼らを駆逐してくれる存在が現れたのだ。
ファブニール七〇二式の騎乗席にドラゴンの牙が迫ったが、ドラゴンの牙は僕の身体には届かなかった。代わりにドラゴンは咆哮を上げる。
このままでは食われる。そう思った瞬間、鈍色にびいろの鋼の塊が、ドラゴンを串刺しにしたのだ。
その鉄の塊が、味方、それも増援のドラグーンの騎乗者の槍だと分かったとき、僕は思わずこう漏らした。
「なんとか一〇一回目の復活は回避できたようだ」
僕は文字通り、一息つくことができたのである。
その後、僕は味方とともに戦獣に反撃を加えると、そのまま後退し、前線から撤退した。
これがのちに『不死の英雄』と呼ばれることになるユークスの初陣である。
戦果はタイタン八匹、魔神三匹、その他C級以下の戦獣五〇匹の撃破。
その戦果は、初陣としてはかの天才竜機士エル・モルヘイヘを遙かに超えるものであった。
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