くだらないジョーク
死ぬと時間が巻き戻る、と気がついたのは、敵の巨人の一撃を受けたときだった。
戦場で巨大な棍棒を振り落とされた瞬間、自分は死ぬと思ったし、実際に死んだはずだった。
僕は竜型騎乗兵器を駆る竜機士ではなかったし、魔法が使える魔術師でもない。
全長一〇メートルの巨人の一撃を受けて生きていられるほどタフではなかった。
しかしそれでも僕は、呼吸をし、汗をかいている。
横にいる同僚に尋ねる。
「今日は何月何日だ?」
同僚の男はつまらなそうに言う。
「九月二八日だよ」
「何年だ?」
「聖歴九五四年だが?」
男はそう言うと、そんなことよりも俺の冗談を聞いてくれよ、傑作を思いついたんだ、と顔をほころばせた。
「あるとき、男がペンギンを拾ったんだ。男は困って友人に相談した。なあ、ゲオルグ、ペンギンを拾ったんだけどどうすればいいと思う?男の友人は答えた。そんなのは動物園にでも連れて行けばいいだろう。翌日、ゲオルグは男がまだペンギンを連れているのを見かけた。ゲオルグは尋ねる。おい、ジョルジュ、ペンギンは動物園に連れて行かなかったのかい?」
同僚はここで一呼吸間を置く、この男はジョークのオチを言うとき、必ず間を置くのだ。
ヨアヒムはこのつまらない冗談のオチを言おうとしたが、僕はそれをさえぎる。
同僚に代わり、ジョークのオチを言う。
「――ジョルジュはこう言ったんだろう。ああ、もちろん、行ったよ。だから今日は遊園地にでも連れて行ってやろうと思ってね」
僕がそう言うと、同僚は目を丸くする。
「このジョーク、前に話したっけ?」
「いや、聞いてない。それにそのジョークは君が昨日考えついたオリジナルのものだ。だから本日、初めてお目見えしたんだよ」
そう言い切ると、同僚の肩を叩き、こう伝えた。
「いいか、ヨアヒム。君は今日、激戦区におもむくが、決して突出しないこと。途中、君の持っているライフルの弾が尽きる。そのとき、敵のガーゴイルが襲いかかってくるが、冷静に対処するんだ。そうすれば死なない、はず――、だから」
僕の真剣な表情が説得力を持たせたのだろうか。
冗談好きの同僚ヨアヒムは、
「お、おう」
と首を縦に振った。
僕はそれに満足すると、自分の持っているライフルの弾を渡した。
「ヨアヒム、君にはこれを渡そう」
「おいおい、これは大切な銃の弾じゃないか。これがないと戦えないぞ」
「いや、いいんだ。僕には必要ないものだからね」
「なんだ、戦場で自殺でもするつもりなのか?」
「まさか。そんな趣味はないよ」
「なら戦闘を放棄するつもりか、敵前逃亡はたとえ貴族でも銃殺だぞ」
「平民の僕は拷問もされるかな」
そう漏らすと、僕は遠方にそびえ立つ、巨大な物体を指さした。
竜型騎乗兵器だ。
古代遺跡から発掘された古代人が作った竜の姿を模した機体。
戦獣に対抗できる唯一の兵器。
これがなければ、我がトリスタン王国はすでに戦獣に滅ぼされていたに違いない。
ドラグーンに乗ることができるのは、特別な才能を持ったものか、貴族に限られる。
ドラグーンは乗り手を選ぶのだ。
ドラグーンの操縦は複雑にして怪奇、その操縦には天才的なセンスか相当量の訓練がいる。
そのどちらもない人間は、騎乗を許されない。
まずは貴族階級から騎乗者が選抜され、その中でもドラグーンの騎乗の適応性あり、と判断されたものだけが乗ることを許されるのだ。
ドラグーンは戦獣に対抗できる唯一の兵器であったし、その数は限られる。騎乗者を選りすぐるのは当然の措置だった。
僕はヨアヒムにだけ話す。
「あそこにあるドラグーン。あのドラグーンは戦闘中に被弾する。騎乗者を守る防御障壁が壊され、騎乗者に直接被弾するんだ」
「なんだって? なんでそんなことが分かるんだ?」
「一〇〇回ほどその光景を見てきたからね」
「一〇〇回? 光景を見る?」
何を言っているんだ? ヨアヒムは狂人でも見るような目で僕を見つめてきたが、気にせず続ける。
なかば自分に言い聞かせるように説明する。
「僕はこの戦場で一〇〇回死んだ。それで悟ったことがある。生身の身体では絶対に戦場で生き残れない、ということ」
「…………」
ヨアヒムは沈黙する。
「この戦場で生き残るには、あのドラグーンに乗るしかない。あのドラグーンに騎乗し、戦獣どもを駆逐するしか、この戦闘で生き残れない」
「…………」
「ヨアヒム、君には僕の戯れ言が虚言のように聞こえるかもしれないが、これは真実なんだ。僕は数時間後、あのドラグーンに騎乗し、戦獣どもと戦う」
僕の荒唐無稽な言葉を信じてくれたのだろうか。
ヨアヒムは頭をかきながらこう言ってくれた。
「学のない俺にはよく分からないし、お前が何をやろうとしているのかも想像もつかないが、俺はこう言うしかないな」
ヨアヒムはそう言うと手を差し出してきた。
「戦場から帰ってきたら、また、俺の詰まらないジョークを聞いてくれ。俺のジョークに笑ってくれるのはお前だけなんだ」
僕はその手を握り返す。力強く。
彼がこの戦場で生き残れるよう神に祈りを捧げながら、僕は戦場へ向かった。
本作は以前投稿したものを大幅に書き直したものとなります。
10万文字のストックがあるので一気に投稿します。
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