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気付かないふりをして



 まだ生徒も少ない、閑散とした朝の売店前。

 フローラは食い入るように掲示板を見ていた。


 所狭しとポスターやチラシが貼られている掲示板に、突如として現れた大きな空きスペース。そこには確かに『王家の探し人』の貼り紙があったはずなのに。

 

「貼り紙が無くなった……? なぜ?」


「捜索を切り上げたのでしょう」


 背後から、聞き慣れた声がした。レイだった。



 

 涼しい顔でフローラを見下ろすレイは、いつもと変わらない様子。

 フローラはというと、彼と夕焼けの街を歩いた夕べから、脳裏に浮かぶ彼の姿が消えてくれないでいた。

 薄明かりの中マルフィール城を背にして佇むレイは、制服を着ていたにも関わらず……まったく違和感無く馴染んで。その立ち姿を目の当たりにしただけでも、フローラの中で『疑惑』は『確信』に変わってしまった。


 レイは以前、王家の探し人はフローラだと言い切った。そして王子はその少女に心奪われているとも。

 それは、つまり、つまり…… 考えれば考えるほど、頭が沸騰してしまいそうになるのだ。


「なぜ……捜索が切り上げられたのでしょうか」

「探し人の捜索は王子が指揮をしていました。探す必要が無くなったからでは?」

「……ちなみに、レイ様は私の容姿のことを『どなたか』にバラしたりしていませんよね?」

「はい。誰にも」


 ひとまず、よかった。探し人の捜索も、その中止も、『王子』の独断で行われていたようだ。フローラは胸を撫で下ろした。


「ただ、お伝えしている通り、私はフローラを好ましく思っているので。フローラがいつか覚悟を決めて下さるなら、『両親』に報告したいという気持ちはあるのですが」


 レイが恐ろしいことを言った。

 レイの言う『両親』。そんな人に報告されてしまえば、フローラ理想の『平凡な暮らし』など消し飛んでしまう。


「……昨日思ったんですけど。レイ様もレイ様のお家も、普通じゃないですよね」

 こわごわとレイを見上げると、彼は意味ありげに微笑んだ。

「お互い、平凡とは程遠いですね。フローラ」

 

 悔しいけれど、言い返せない。

 レイから逃げたほうがいいのは分かっているのに、どういうわけか逃げられない。

 彼の口からハッキリと正体を告げられるまでは、もう少しだけ……この関係でいたいと思う自分に、正直驚いていた。


 フローラはレイの正体に気付かないふりをして。レイはフローラに正体を隠すふりをして。

 普通じゃない二人は、この居心地の良さに身を委ね続けるのだった。

 





 王家が探し人の貼り紙を取り下げた事件は、学園に通う生徒達へ大きな反響を呼んだ。


 王家はもう探すことを諦めたのか。

 いやいや、探し人が見つかったから御触れも無くなったのだ。

 それでは、王子はその少女と婚約したのか。

 もう御成婚目前か────

 

 王家の話題は憶測が憶測をよび、尾ひれをつけてどんどんと膨らんでいった。それは『本人達』の想像以上に。




「今、王子の大本命は二年生のシーナ。次点が三年のカロン、一年のアルセらしい。フローラ、お前は圏外だ。よかったな」


 家に帰るなり、兄オンラードが意味の分からないことを言い出した。


「兄様。それって何のこと?」

「王子の婚約者候補だよ。王家は、めぼしい相手を絞ったからあの御触れを取り下げたらしい」


 学園では、生徒達によるデタラメな噂が膨らむところまで膨らんでしまったようだ。

 いつもの様にオンラードにくっついて我が家へ来ていたレイをチラリと見ると、どことなく感情を失った顔をしている。思わず同情してしまう。


「……シーナ、カロン、アルセ。皆知らない方ばかりですね」

「知らねえのか、レイ」

 オンラードによると、全員ホワイトブロンドに翠の目、治癒魔法も修得済みだそうだ。

「おまけに三人とも美人で金持ち。流石の王子も、これには迷うよなー」

 レイの正体を知ることの無いオンラードは、王子を心底羨ましがっていた。それほどまでに、その三人は美人らしい。


「王子は、迷いません」


 不機嫌なレイがきっぱりと言い捨てた。

 思わず、飲んでいた紅茶を吹きそうになってしまった。なにも知らない兄は、依然として能天気に話を続ける。

「迷わないとしたら、やっぱり二年のシーナかなー。一番金持ちらしいし、地毛もホワイトブロンドに近いらしい」


 近いらしい……ということは、その彼女も例によって髪を染めているのか。治癒魔法までも修得して、よほど王子の婚約者になりたいのか、それとも親か誰かが躍起になっているのだろうか……

 王子の婚約者ということはつまり、未来の王妃だ。シーナは美人でお金もあるという。きっと育ちも良いのだろう。それなら王妃として資質も充分だ。生徒達の噂にのぼるのも納得である。




「フローラ、よかったな! お前は王家から逃げ切れそうだ」


 オンラードが、祝うようにフローラの肩をたたいた。その手の重みがずっしりと心にのしかかる。

 ソファに沈み込む、浮かない顔のレイと目が合った。きっと今、自分も彼と同じような顔をしているに違いない。


 婚約者候補の話を聞いてから、胸がモヤのようなもので覆われているのは自覚していた。

 もしフローラが王家から逃げ切れば、『王子』はシーナのような育ちの良いご令嬢と婚約し、結婚するのだろうか。

 自分は……一体レイ以外の誰と恋愛して、結婚するというのだろう。それは平凡で、幸せな……フローラの『理想』なのだろうか────


 




「お母様は、なぜお父様と駆け落ちしたの」


 少し、唐突だったかもしれない。

 母と夕食の後片付けをしながら、フローラは独り言のようにぽつりとこぼした。こちらを窺うような母の視線を感じる。おかしく思われただろうか。


「なあにフローラ、急に」

「あの……だって、村には他にも男の人はいたわけでしょ? わざわざ駆け落ちまでしたのは、何でかなって」

 

 母とこんな話をしたのは初めてだった。

 仲の良い父と母の姿は、ずっとフローラの理想だった。『普通』の夫婦だけれど、お互いを大切にしているのが分かって、支え合って、笑い合って……実際は、駆け落ちまでした結婚だったと分かったのだけれど。


 母は、ソファで洗濯物を畳む父を愛おしそうに見つめながら口を開いた。


「お母さんは、結婚するならこの人以外考えられない! って思ったから」

 

『この人以外考えられない』。

 母の素直な言葉を聞いて、ずっと胸に居座っていたもやもやしたものが取り払われたような気がした。


「この人じゃないと嫌だ! って思っちゃったのよね。私も、お父さんも。だから、結婚しちゃった!」

 

 そう言うと、母はにっこりと微笑んでから父の元へ寄り添った。




『フローラ以外、有り得ません』


 以前、レイに言われた言葉が頭に蘇った。

 強く響いたその言葉は、頭を駆け巡ってからフローラの胸へと真っ直ぐに刺さる。

 

 母は父が。父は母が。

 レイはフローラが。

 そして自分は……?


 唇を落とされた指先だけが、自分の身体では無いみたいに熱く痺れた。そして今も……思い出しただけで、指先が疼く。


 フローラは、洗濯物を一緒に畳む両親の姿を眺めた。

 素直になれない自分の気持ちと格闘しながら────

 



 

 

誤字報告ありがとうございます!

誤字だらけですみません(>_<)



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