貴方以外、ありえない
マルフィール魔法学園の昼休み。
少し冷たい風が通り過ぎる屋上で、フローラは一人、ランチをとっていた。
一人きりになれる屋上はとても気分が落ち着いた。
そして、校舎の上から中庭を見下ろして気付いたことがある。
「……ホワイトブロンドの子、結構いるな?」
ベンチに座っているあの子も、校舎から出てきたあの子も、壁に寄りかかっているあの子も。髪の色はフローラと同じようなホワイトブロンドだ。ここから瞳の色は確認出来ないが、皆、肌の色も白い気がする。
(なんだ……こんなにも同じ髪色の子がいるのなら、王家が探してるのは私じゃないのかも?)
屋上から中庭を見ただけでもホワイトブロンドの娘が三人いたのだ。学校全体なら、国全体なら……もっと沢山いるはずだ。その中には、グリーンアイで癒しの力を持つ者だってきっといるだろう。
「なーんだ!」
「なにがですか」
フローラの背後から聞こえるはずのない声がした。
おそるおそる振り向くと……声の主、レイがいた。おかしい。屋上なんて、普段閑散としていて誰も来ない。フローラ一人だったはずなのに。
「な、なぜ、ここが分かったんですか……」
「フローラのクラスに行ってみたら、あなたは屋上に向かったと聞いたので」
「一年の教室まで行ったんですか!」
学園一目立つ男が、わざわざ一年の教室まで……それはさぞかし、ざわついたことだろう。一体何の用事があってそんなことを。
「あなたに、おめでとうと伝えたかったのですよ」
「…………どうも、ありがとうございます」
ついこのあいだ、学園では第二回目の実力試験が行われた。そして今朝、職員室前の掲示板に試験結果が貼り出されたのだ。
実技試験の一学年一位には、やはり当たり前のようにフローラの名前。ただ、もうそれはこの際どうでも良かった。問題は座学の試験結果だ。
フローラは前回の結果を踏まえて、座学試験順位を最下位から遡った。ひとつでも上の場所に名前があって欲しいと思いながら、自分の名を探した。レイとオンラードと、あんなに勉強したのだから。
ただし、もっと『普通』の結果で良かったのに────
フローラの名前は、座学試験一位の場所に燦然と輝いていたのだった。
「あんなの、おかしいです」
「何がおかしいのです」
「前回最下位の人間が、少し勉強しただけで一位になるなんて」
「少し、ではありませんよ。フローラは毎日何時間も勉強したじゃないですか。私の指導付きで」
レイが平然とした顔で言ってのけた。
確かに、毎回学年一位のレイから毎日みっちりと勉強を教わった。試験に出そうな場所を集中的に、何度も解かせて、暗記させて。
「その結果、あなたは満点をとっただけです。何もおかしくない」
「教室で皆に聞かれました、一体どうやって勉強したのかって……ズルをしたんじゃないかって言い出す人もいて。それは否定しましたけど」
フローラには言えなかった。とてもじゃないが『毎日、うちでレイに教わっていた』などとは……。彼女はごまかし続けることに耐えきれず、屋上へと逃げてきたのだった。
「言えばいいんですよ。私と勉強していたと」
「そんなこと言えるわけないですよ!」
「なぜ」
「なぜ、って……」
前回、陰口を言っていた女子三人組を思い出した。
レイのファンはあの三人組だけでは無い。兄オンラードは「女子の大半が彼に持っていかれる」と言っていたくらいだ。それが大袈裟だったとしても、あのような女子が沢山いると思うと……恐ろしくて口が裂けても言えない。
「まあでも、これでフローラのことを『大したことない』だなんて言える人間はいなくなったでしょう」
レイは満足そうに微笑むと、フローラの隣に腰かけた。もしかしてあの三人組がフローラへ向けた陰口を、ずっと根に持っていたのだろうか。
(本当に、変な人……)
フローラ自身、気にもしていなかったのに。レイが気にすることでもないのに。
「私なんて、『大したことない』人間で間違い無いんですよ。世間知らずですし、魔力は生活のために役立てているだけです。勉強だってレイ様から教えてもらえなければ一位なんて取れませんでしたし」
「それなら毎回一位になれるように教えましょう」
「えっ」
それはもう勘弁して欲しい。フローラにとっては、試験が一位である必要など無いのだから。
「私は別に一位で無くても……」
「『王子の婚約者候補』が何を言ってるのですか」
「ああ……王家の御触れの事ですね! 見て下さい」
フローラは中庭を見た。その視線を追うように、レイも中庭を眺める。
「王家の仰る、輝くような髪……ホワイトブロンドの子って、結構いるんです。ほら、中庭だけでもこんなに。国中探せばもっといるんじゃないでしょうか。その中にはきっと翠の瞳で、癒しの力を持つ娘もいるはずです」
「つまり、フローラは何が言いたいのですか」
「王家が探してるのは、私では無いかもしれないってことです」
目立つ髪色に目立つ顔。御触れ通りの自身の容姿にびくびくとしていたけれど、同じ特徴を持つ娘がフローラひとりとは限らない。なぜそのことをこれまで気付かなかったのだろう。
「おかしいと思っていたんですよね。私はずっと森に住んでいる田舎者で、王家と接触したこともないし心当たりが全く無いのに……なぜだろうって。きっと私では無い、違う人を探して……」
「あなたですよ」
フローラの言葉を遮るように、レイの強い言葉が屋上に響いた。
驚いて思わず隣を見上げると、レイの瞳は揺れることなく真っ直ぐにフローラを見ていた。
「フローラ以外、有り得ません」
「……どうしてですか」
「私が、そう思うから」
レイのその目が、冗談を言っているのでは無いと、本心からそう言っているのだと物語っていた。
まるで王家が探している娘が、フローラであると知っているかのように。
フローラが固まっていると、レイは彼女を安心させるように、ふっと柔らかく微笑んだ。
「街では、髪をホワイトブロンドに染めるのが流行ってるんですよ。知っていましたか?」
「そうなんですか!?」
「翠の瞳を持つ少女が、髪をホワイトブロンドに染めて、魔術の家庭教師に高い金を払い、治癒魔法を習うのです」
「なぜそんなわざわざ『王子の婚約者候補』の姿に近付こうと…」
いちいち茶色のウィッグを被り、眼鏡で瞳の色を誤魔化しているフローラには信じられない。
「あなたには信じがたいと思いますが、それだけ『王子の婚約者候補』になりたいという者は多いのです。髪を染める彼女達は、勘違いしているんでしょうね。条件を揃えれば、自分も婚約者になれるかもしれないと」
「……違うんですか?」
「違いますね」
レイは中庭の彼女達を見下ろし、きっぱりと言い切った。
「王子の心奪われた相手が、たまたまそのような姿をしていただけでしょう」
「心奪われた……相手」
「はい」
フローラは混乱した。だってレイの話をまとめると、王家が探している少女はやはり自分で、王子はフローラに心奪われている……つまり、会ったことがあるということだ。
しかし、フローラにはそのような記憶がない。王子のような高貴な人物に出会ったなら、いくらなんでも憶えているはずだ。
「私には王子の記憶が無いのですが……やはり人違いでは」
「いえ、あなたです」
彼の紫紺の瞳が、眼鏡の奥でぎらりと光った。
先程から、フローラの心は波立って仕方がない。
なぜ、レイはここまで言い切れるのだろう。
なぜ、王子がフローラに心奪われていると……レイは知っているのだろう。
なぜ────
「王子は……髪がブラウンでも、眼鏡をかけていても、何でも良いのですよ。あなたがあなたであるのなら」
レイはフローラだけを見つめていた。
フローラはレイから目が離せなかった。
屋上だけ時間が止まってしまったかのような学園で、遠く中庭からは、昼休みの喧騒が聞こえていた。
ブクマ、評価してくださった方々、本当にありがとうございます!めちゃくちゃ嬉しかったです!
10/30 季節を間違えてたので訂正しました。
六話の時点では冬ではなく、春です。
最近寒いし……無意識に冬にしてた!
すみませんでした(>_<;)