重なる未来
「なぜ、貴方まで着いてきたのですか!」
「だって神殿にいるより面白そうじゃん」
迷いの森のコバルディア家。フローラの目の前では、カロンとエラディオが口喧嘩を繰り広げている。
「貴方の仕事は大神殿の警護でしょう!」
「『あっちでフローラの護衛するわ』って言ったら、神官長も喜んで送り出してくれたぜ」
喧嘩の発端は、フローラの帰国にエラディオまでが着いてきてしまったことだ。ほんの少しだけマルフィール王国を観光して、また大神殿へと帰るものかと思っていたら、なんと彼は神官長からの書状を持参していて。
書状には、要約すると『この者が命をかけて、聖女様をお護りいたします』といった内容がびっしりと書かれてあった。つまり、大神殿公認でマルフィール王国へ居座ろうとしているのである。
「エラディオ。フローラを呼び捨てするのは止めてもらえますか」
「ははっ。王子、嫉妬すんのはもう止めたんじゃなかったのかよ」
「それとこれとは話が別です」
フローラを気安く呼ぶエラディオに、レイは苛立ちを隠すことなく冷たい視線を送る。カロンもレイに同調すると、エラディオからフローラを遠ざけた。
「そうですよ。これ以上、フローラ様に近づかないで下さいますか。フローラ様にはレイノル殿下という婚約者がいるのですから……」
「俺はどっちかっつうとお前のほうが興味あるぜ」
「は!?」
エラディオは、先程までのふざけた顔を引っ込めて、まっすぐカロンを指さした。
予想外にも矛先が自分に向いて、カロンは不意にうろたえる。
「な、なにを言って……」
「お前、あそこの神官とはちょっと違うし」
「同じですけど! フローラ様命ですけど!」
「俺が気に入ってんのは、そういうとこだよ」
ムキになって庭へと逃げるカロンを、エラディオは面白そうに追いかけてゆく。
(レイ様とカロン様はなんとなく和解したような気もするけれど……次はエラディオ様が相手なのね……)
カロンが戸惑う様子が新鮮で、フローラは二人の今後を見届けたいなあ、なんて密かに思う。平和だ。
「いいな、お前らは能天気で」
カロン達の微笑ましい光景とはうらはらに、背後からは今にも死にそうな泣き言が聞こえてくる。
それは山のような課題を前にした……兄オンラードの声だった。
「これを今日中になんて、不可能だろ……この量……なあ、レイでも無理だろ……?」
「できます。やれます。頑張りなさいオンラード」
「冷てえ……」
リビングのテーブルではオンラードがめそめそと弱音を吐きながら、泣く泣く課題に向かっていた。昼間は魔法院での訓練がそれなりに厳しく、オンラードは身も心も屍のようである。
「オンラード。ついこの間、シーナと結婚すると意気込んでいたばかりではないですか」
「ぐっ……」
「この調子では先が思いやられますね」
卒業式で派手に公開プロポーズをかましたオンラードは、あの後シーナの両親から呼び出しを受けた。自業自得だ。
そして一悶着はあったものの、『宣言どおり魔法院を卒業して、魔法学園の指導者になるのなら』と、シーナの相手として認められたのである。
「……シーナ様、兄様のプロポーズをとっても嬉しそうにしていたわね」
フローラは卒業式で見た、彼女を思い出す。
オンラードのあんな恥ずかしいプロポーズでも、シーナは花のような笑顔で、幸せそうで。
「ウェディングドレス姿なんてもう、世界一可愛いだろうなあ」
「シーナ……!」
オンラードが弱音を吐き始めた時は、こうしてシーナを脳内に呼び出すにかぎる。そうすればオンラードの中に住み着く愛らしいシーナが、彼を奮い立たせてくれるのだ。
「シーナ! 俺はやるぜ!!」
狙いどおり、オンラードはがりがりと課題に向かい始めた。まるでやる気が目に見えるようだ。シーナの力は偉大である。
(よかった……二人には幸せになって欲しいもの)
兄の姿を見て満足気なフローラに、今度はレイが耳打ちをした。
「──世界一可愛らしいのは、フローラかと」
「え?」
「ウェディングドレス姿の話です」
レイは、きっぱりと言い切ると、その濃紺の瞳で甘く微笑む。
フローラのウェディングドレス姿。
それはまだまだ先の、学園卒業後の話。
「楽しみですね。早く見てみたいものです」
「そ、そうでしょうか」
「試着だけでもしてみますか。私にも目先のご褒美が欲しい」
ドレスや試着……こうして具体的な話が出ると、じわじわ実感が湧いてくる。本当に、レイと結婚するのだと。
神官長サビオからの伝言も、丁度いいタイミングで思い出す。それは恥ずかしくて、ずっと伝えることができなかった伝言だった。
「──あの、神官長からレイ様へご伝言があったのですが」
「なんでしょう?」
「『よろしければ、結婚式をぜひ大神殿でも』と……」
フローラには、それだけを伝えるのが精一杯だった。『結婚式』という単語を口にするだけで、顔は真っ赤に染まり上がって仕方がない。
「それも良いですね……もう、式を早めてしまいましょうか」
「な、何をおっしゃるのですか!」
「冗談ですよ」
レイは、冗談だと言うけれど。
彼の顔を覗き込めば、分かってしまった。フローラを切望する瞳は、それが本心であるということを物語っていて。
「あの──私も、楽しみなんです。結婚式」
「フローラ」
「ずっと、レイ様と一緒にいたいから」
まっすぐな眼差しはこちらを射抜いて、フローラからもスルスルと本音を引き出してしまう。
「あなたがそんな事を言うなんて」
「へ、変ですか」
「いえ……私が待ち切れなくなってしまう」
聖女フローラが望むのは。
最愛の人と、いつか結婚をして、家族になって。
そして──
「ふふ……私も、待ち遠しいです」
二人は視線を絡ませると、望みを見透かしたかのように柔らかく笑い合う。
重なる心は、同じ未来を見つめて──互いの胸へと溶けていった。
最後までお付き合い下さりありがとうございました!




