表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/61

重なる未来

「なぜ、貴方まで着いてきたのですか!」

「だって神殿にいるより面白そうじゃん」


 迷いの森のコバルディア家。フローラの目の前では、カロンとエラディオが口喧嘩を繰り広げている。

 

「貴方の仕事は大神殿の警護でしょう!」

「『あっちでフローラの護衛するわ』って言ったら、神官長も喜んで送り出してくれたぜ」

 

 喧嘩の発端は、フローラの帰国にエラディオまでが着いてきてしまったことだ。ほんの少しだけマルフィール王国を観光して、また大神殿へと帰るものかと思っていたら、なんと彼は神官長からの書状を持参していて。

 書状には、要約すると『この者が命をかけて、聖女様をお護りいたします』といった内容がびっしりと書かれてあった。つまり、大神殿公認でマルフィール王国へ居座ろうとしているのである。


「エラディオ。フローラを呼び捨てするのは止めてもらえますか」

「ははっ。王子、嫉妬すんのはもう止めたんじゃなかったのかよ」

「それとこれとは話が別です」


 フローラを気安く呼ぶエラディオに、レイは苛立ちを隠すことなく冷たい視線を送る。カロンもレイに同調すると、エラディオからフローラを遠ざけた。


「そうですよ。これ以上、フローラ様に近づかないで下さいますか。フローラ様にはレイノル殿下という婚約者がいるのですから……」

「俺はどっちかっつうとお前のほうが興味あるぜ」

「は!?」


 エラディオは、先程までのふざけた顔を引っ込めて、まっすぐカロンを指さした。

 予想外にも矛先が自分に向いて、カロンは不意にうろたえる。


「な、なにを言って……」 

「お前、あそこの神官とはちょっと違うし」

「同じですけど! フローラ様命ですけど!」

「俺が気に入ってんのは、そういうとこだよ」

  

 ムキになって庭へと逃げるカロンを、エラディオは面白そうに追いかけてゆく。


(レイ様とカロン様はなんとなく和解したような気もするけれど……次はエラディオ様が相手なのね……)


 カロンが戸惑う様子が新鮮で、フローラは二人の今後を見届けたいなあ、なんて密かに思う。平和だ。


「いいな、お前らは能天気で」


 カロン達の微笑ましい光景とはうらはらに、背後からは今にも死にそうな泣き言が聞こえてくる。

 それは山のような課題を前にした……兄オンラードの声だった。


「これを今日中になんて、不可能だろ……この量……なあ、レイでも無理だろ……?」

「できます。やれます。頑張りなさいオンラード」

「冷てえ……」


 リビングのテーブルではオンラードがめそめそと弱音を吐きながら、泣く泣く課題に向かっていた。昼間は魔法院での訓練がそれなりに厳しく、オンラードは身も心も屍のようである。


「オンラード。ついこの間、シーナと結婚すると意気込んでいたばかりではないですか」

「ぐっ……」

「この調子では先が思いやられますね」

 

 卒業式で派手に公開プロポーズをかましたオンラードは、あの後シーナの両親から呼び出しを受けた。自業自得だ。

 そして一悶着はあったものの、『宣言どおり魔法院を卒業して、魔法学園の指導者になるのなら』と、シーナの相手として認められたのである。

 

「……シーナ様、兄様のプロポーズをとっても嬉しそうにしていたわね」

 

 フローラは卒業式で見た、彼女を思い出す。

 オンラードのあんな恥ずかしいプロポーズでも、シーナは花のような笑顔で、幸せそうで。


「ウェディングドレス姿なんてもう、世界一可愛いだろうなあ」

「シーナ……!」


 オンラードが弱音を吐き始めた時は、こうしてシーナを脳内に呼び出すにかぎる。そうすればオンラードの中に住み着く愛らしいシーナが、彼を奮い立たせてくれるのだ。


「シーナ! 俺はやるぜ!!」

 

 狙いどおり、オンラードはがりがりと課題に向かい始めた。まるでやる気が目に見えるようだ。シーナの力は偉大である。 


(よかった……二人には幸せになって欲しいもの)


 兄の姿を見て満足気なフローラに、今度はレイが耳打ちをした。


「──世界一可愛らしいのは、フローラかと」

「え?」

「ウェディングドレス姿の話です」


 レイは、きっぱりと言い切ると、その濃紺の瞳で甘く微笑む。

 

 フローラのウェディングドレス姿。

 それはまだまだ先の、学園卒業後の話。


「楽しみですね。早く見てみたいものです」

「そ、そうでしょうか」

「試着だけでもしてみますか。私にも目先のご褒美が欲しい」


 ドレスや試着……こうして具体的な話が出ると、じわじわ実感が湧いてくる。本当に、レイと結婚するのだと。

 神官長サビオからの伝言も、丁度いいタイミングで思い出す。それは恥ずかしくて、ずっと伝えることができなかった伝言だった。


「──あの、神官長からレイ様へご伝言があったのですが」

「なんでしょう?」

「『よろしければ、結婚式をぜひ大神殿でも』と……」


 フローラには、それだけを伝えるのが精一杯だった。『結婚式』という単語を口にするだけで、顔は真っ赤に染まり上がって仕方がない。


「それも良いですね……もう、式を早めてしまいましょうか」

「な、何をおっしゃるのですか!」

「冗談ですよ」


 レイは、冗談だと言うけれど。

 彼の顔を覗き込めば、分かってしまった。フローラを切望する瞳は、それが本心であるということを物語っていて。


「あの──私も、楽しみなんです。結婚式」

「フローラ」

「ずっと、レイ様と一緒にいたいから」


 まっすぐな眼差しはこちらを射抜いて、フローラからもスルスルと本音を引き出してしまう。


「あなたがそんな事を言うなんて」

「へ、変ですか」

「いえ……私が待ち切れなくなってしまう」


 聖女フローラが望むのは。

 最愛の人と、いつか結婚をして、家族になって。

 そして──


「ふふ……私も、待ち遠しいです」


 二人は視線を絡ませると、望みを見透かしたかのように柔らかく笑い合う。

 

 重なる心は、同じ未来を見つめて──互いの胸へと溶けていった。


最後までお付き合い下さりありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 完結お疲れさまでした! 賑やかで温かなエンディングで、幸せな気持ちになりました。 大神殿ともちゃんと分かり合えてよかった…! カロンとエラディオ、なかなかお似合いだと思います! カロンの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ