表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/61

神官長の部屋

 神官長の寝室は、こぢんまりとした、飾り気のない部屋だった。

 仕事用に備え付けられたデスクに、小さなランプ。ベッド脇のサイドテーブルには、昨日使ったと思われる水さしが置かれたままだ。


 自分に用意された部屋とは全く違う、質素でシンプルな神官長の部屋。思いがけず慎ましい暮らしに、彼の人となりが見えてくるようだった。

 

 ベッドには、青い顔をした神官長・サビオが横たわっている。

 拝殿で倒れた彼はその場でフローラに治癒魔法をかけられ、エラディオの手によって寝室まで運ばれた。今は静かに寝息を立てている。


「神官達に聞いたところ、このところサビオ様は少々過労気味だったようなのですよね……」


 カロンは心配げな表情で、寝そべるサビオを見下ろした。

 彼はずっと、聖女フローラが来ることを心待ちにして、その準備に勤しんでいたらしい。普段の業務に加えて、神殿の整備や神官達の配置。さらには事務仕事まで、自らが執り行っていたようだった。


(サビオ様……)


 フローラは、白髪頭の神官長を見つめると、胸が痛んだ。

 初めて顔を合わせた時の、彼の顔を思い出す。フローラを見た瞬間、目に涙をにじませて、側まで駆け寄ってきてくれた。その声は、喜びで震えていて──


「ご高齢ですし、無理が祟ったのでしょう」

「カロン様……」

「心配でしょうけれど、フローラ様が責任を感じることはありません」

 

 胸を痛めるフローラを見かねて、カロンはフォローしてくれるけれど。

 フローラ達が、大神殿に滞在するのもあとわずか。もうすぐマルフィール王国へ帰る日を迎えてしまう。目の前で、神官長が伏せたままであるというのに。


 チラリと隣を見上げると、レイも心配げな表情で神官長を見下ろしていた。

 そもそも、大神殿への訪問は、レイのスケジュールに合わせたものだった。フローラとカロンだけで大神殿へと向かわせるのは心配だからと、彼は半ば無理矢理に同行してくれたのだ。多忙なレイには、マルフィール王国に帰ってから怒涛のように仕事の予定が待ちうけている。それを考えれば、予定以上の滞在も難しい。


 隣からの視線に気づいたレイは、わずかに思案した後、フローラに問いかける。


「……フローラはどうしますか」

「え?」

「私は、どうしても帰国しなくてはなりませんが……あなたは、あなたの思うようにしたらいい」


 レイからの予期せぬ言葉に、フローラは言葉を失った。

 

「思うように……?」

「そうです」

「私は……」


 フローラは、サビオが心配だ。

 彼は急に、バタリと倒れた。フローラの治癒魔法をもってしても、いまだ目が覚めることはない。できることなら、完治するまで癒やしたい。青い顔をした神官長を置いたまま帰国するなど、身が引き裂かれるようで。


「彼のことを放っておけないのでしょう」

「……なぜ分かるのですか」

「フローラのことだから、きっとそうだと」


 レイはとっくに、フローラの気持ちなどお見通しのようだった。フローラは日頃から、目の前の人間を無視することが出来ない。そのため、これまでの彼女を見ていれば想像されることではあるのだが。

 けれど、レイは急にどうしてしまったのだろうか。フローラが大神殿に行くことを、あんなにも反対していた人なのに。


「私は、フローラの邪魔になりたくない」

「え?」

「フローラを見守ると決めていたのに……あなたを阻む男に成り下がるのは、もう止めたいと思うのです」


 フローラは、『聖女』として皆の前に立った。その姿は、まるで人間離れした神々しさで。

 けれど、レイには分かった。戸惑いの中で、フローラが大神殿への期待に応えようとしていたことを。


『聖女』として羽ばたくフローラを、自分勝手な独占欲で縛り付けてよいものだろうか。心配と言って、嫉妬にかられて、彼女をこの手に引き止めて──それがフローラを足を引っ張ることにならないだろうか。そんな想いが、ずっと彼の心には居座り続けていて。

 

「フローラのすべてを、信じたい」

「レイ様……」

「そしてまた、私のところへ帰ってきてくれますか」


 レイが、フローラの手を握りしめた。いつもの、冷たいレイの手だ。どれほど助けられたか分からない──大好きな人の手だ。


「なにを仰るのですかレイ様……当たり前でしょう」


 フローラが少し怒ってみせると、レイは眉を下げてゆるく微笑む。

 目と目が合えば、たちまち二人の胸は満たされた。 


「好きです、レイ様」

「私もですよ、フローラ」


 自分のことを、信じてくれようとする彼の気持ちが嬉しくて。

 フローラはそれだけでなにもかもが強くなれたような気がした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ