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独占欲

レイ視点回になります。

 今晩も、大神殿の一室に夕食の席が用意されていた。

 レイの両隣には護衛が、向かいにはカロンが、それぞれ言葉もなく席につく。


「それでは……レイ様、いただきましょうか」

「はい。本日もこのようなもてなしをありがとうございます」


 レイ達は黙々と食事を始めた。

 なんとも、盛り上がることのないメンバーである。フローラ抜きでは取り立ててカロンと話すことも無く、護衛だってレイを差し置いて会話に興じるはずもなく。テーブルを囲んで、ただ食事に専念しているだけ。


 護衛が念入りに毒味をしてやっと、レイも夕食へ口をつける。その様子を見ていたカロンは、はあ……と大きなため息をついた。


「すみませんね、カロン。目の前であからさまに毒味など」

「いえ、仕方がありません。レイノル殿下はマルフィール王国唯一の王子、それに……」

 

 カロンは、うしろに控える神官をちらりと見やると口ごもった。どうやら彼女も、この状況に戸惑っているようだった。

 神官達は丁寧な給仕に細やかな気配りでレイ達を接待してはいるものの、そこに愛想は一切無く。むしろ敵意さえ感じさせるその態度を見て、カロンや護衛が不信感を抱くのも当然である。

 

 大神殿に来てからというもの、ずっとこんな具合なのだ。

『あなたは来なくてもよかったのに』

 彼等の視線はそう物語っていて、言葉にされなくても分かってしまう。自分は招かれざる客であるのだと。




 数日前。大神殿に到着して間もなく、フローラだけが『聖女』として神官達に連れて行かれてしまった。

 

「では、聖女様はこちらへ。皆様はあちらへ……」

 

 フローラをレイ達から引き離そうとする彼等の狙いが透けて見えているようで、レイはさっそく大神殿に違和感を抱いた。


「フローラは、どちらへ?」

「聖女様のためにご用意したお部屋がございますので、そちらに。皆様は、客間へご案内させていただきます」


 フローラのためだけに用意された部屋というのも、なんとなく引っかかる。たった数日、滞在のためだけに用意された、聖女専用の部屋。それは客間と、ずいぶん離れた場所にあるようであった。

 世話役の神官からは淡々と神殿内を案内されたが、『よそ者』であるレイ達が自由に行き来出来るのは限られたエリアのみで。婚約者といえど、『神聖』な聖女専用の部屋へは近づけないらしい。


 そして、前を歩く神官は独り言のように呟く。

 

「貴方がたはいいですね……マルフィール王国には、聖女様がずっと居てくれる」


 たとえ神官が笑顔であったとしても、こちらを振り返るその目はなんとも恨めしそうで。レイ達は居心地も悪く、神殿内を歩いた。

 

 その日はついにフローラと合流できることもなく──ようやく彼女が姿を現したのは、一夜明けた翌日。

 フローラはまさに大神殿の『聖女』として、祭壇へ立っていた。

 真っ白な聖女の服を着て、穢れのない繊細なベールを被り、皆の前へ立つその姿はいつも以上に輝いていて。いつも眩いホワイトブロンドが、透き通る翠の瞳が、そのときは発光しているかのようだった。


 (分かっていたはずだった。──けれど、これほどまでとは)


 ずらりと並ぶ神官達が、彼女に向かって頭を垂れる。彼女のまばゆい姿に、涙を流す。その光景を目の当たりにして、レイは再確認した。フローラはこの地で、それほどまで待ち望まれていた存在であったのだと。

 拝殿の一番うしろに立たされたレイは、遠くのフローラをただただ見つめた。彼女の、神々しいまでのその姿を。




「──殿下、レイノル殿下」


 カロンの呼びかけに、レイはやっと意識を取り戻す。


「料理はお口に合いませんか?」

「いえ、そんなことは……」

「ならばよろしいのですが……あまりお召し上がりになっていないようなので」

「大変美味しくいただいてますよ。ありがとうございます」


 フローラは、今頃なにをしているのだろうか。

 どこで、誰といるのだろうか。ちゃんと食事は取れているだろうか。

 一人で、不安になってはいないだろうか──


「あの、レイノル殿下」


 静かに食事が進むなか、向かいに座るカロンが再び口を開く。


「広場でのこと……ご立派でしたよ」

「なんのことです?」

「一瞬、二人の仲を誤解してフローラ様を責めるのかと思いました」


 カロンは、フローラとエラディオが二人きりでいたことについて、思うところがあったらしい。レイが嫉妬して、誤解するのではないのかと。


「……フローラのことは信じていますよ。憎いのは、一方的に触れたエラディオです」

「そうです、そうです。フローラ様は殿下しか見ておりませんからね。誤解なきよう……」


 レイがフローラのことを疑ったりしていないと分かると、カロンは安心したように頷いた。いつも口を開けば嫌味や自慢しか出てこないのに、なんとも珍しいことである。


「あなたがそのようなことを言うなんて。明日は雨でも降るのでしょうか」

「な、なにを……! 私は、お二人のことを心配して申し上げているのですよ!」

「そのようですね。ありがとうございます、カロン」

「レイノル殿下……」


 フローラのことは信じている。そして、彼女はこの大神殿で『聖女』として立っていて。

 ならば、ここに来ると決めたフローラの邪魔にはなりたくない。けれど。


 実際、フローラが滞在している部屋も分からなければ、いつどこでなにをしているのか、レイにはまったく知らされない。

 

 そんなときに、広場でフローラとエラディオの姿を見てしまった。

 なぜかフローラは広場にいて、変装をしていて。あのエラディオという騎士と随分親しげに見えた。もしかして自分達と離れていたこの数日のあいだ、彼のことを頼っていたのだろうか。フローラと会えて嬉しかったというのに、どうしてもそんなことを考えてしまって。頭をなでられるフローラの姿が脳裏から離れてくれず、醜い気持ちがレイの胸を覆う。


 フローラを見つめる神官達の眼差し。

 フローラの頭をなでる、頼もしげなエラディオ。


 隠してしまいたい。ここから、彼女を連れ去ってしまいたい。

 愛しいフローラの姿を、神官たちにも、エラディオにも……誰の目にも入れたくはなくて。


 際限のない独占欲は、レイの中で日に日に大きくなってゆく。


(……私も、神官達と似たようなものかもしれない)

 レイは自身の嫉妬深さに呆れながら、今日何度目かのため息をついたのだった。

 

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