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安らげる場所

 エラディオから『バレたらやべーことになんぞ』と言われ我に返ったフローラは、ジュースを飲み干すとすぐに大神殿へと戻ることにした。


「どうせならもっと居りゃいいのに」

「いえ……聖女として来ているというのに、馬鹿なことをしました。皆に迷惑をかけますから」

「そんなことねえよ。馬鹿はあいつらだ」


 エラディオの言う『あいつら』とは、神官達のことだろうか。フローラへ同情するような彼のまなざしが、やさしくてあたたかい。


「『聖女様』も、こんな普通なのにな」

「エラディオ様……」

「寂しくなったら、また脱走すればいいさ」


 いたずらな目をして冗談にしてくれたエラディオに、フローラは笑顔で応えた。

 さすがにもう脱走はしないけれど、大神殿に戻ったら神官達へ希望を伝えてみようか。神官達のなかにも、エラディオのようにフローラの気持ちを分かってくれる人がいるかもしれない。


「それでは帰ることにします。エラディオ様、ありがとうございました」

「ああ、また神殿で」

「またお会いできますか?」

「神官次第だな。お前が軟禁されてなければな」


 笑えない冗談を言いながら見送るエラディオに、フローラも手を振り返す。

 レイ達には会えなかったが仕方ない。幸い、町へ降り立ってから、まだそれほど時間も経っていない。すぐに戻れば大神殿を混乱させることもない……


 急いで大神殿へと飛び立とうとしたその時、ふと広場の先に目をやると。

 

 レイがこちらを見ていた。

 護衛も、案内役のカロンも。


「レイ様!」

「……フローラ、なぜここに?」


 町の見物は終わったのだろうか。彼らも、もしかして帰るところなのだろうか。数日ぶりに会えたことが嬉しくて、フローラは足取りも軽くレイのそばへと駆け寄った。


「皆が町へ行ったと聞いて。お恥ずかしながら、きてしまいました」 

「こんな……変装してまで」


 レイは、変装姿のフローラをまじまじと見つめた。そしてフッと微笑むと、フローラのウィッグをさらりと撫でる。

 

「とても久しぶりな気がしますね」

「は、はい」

「会えなかったのはたった数日のことなのに」


 レイと会えただけで、ホッとした。ずっと張りつめていた緊張がじわじわと溶けていくような、そんな気がした。まるで、『聖女』から『ただのフローラ』へ戻れたような――

  

「会いたかったです、フローラ」

「レイ様……私もです」

「神殿では、あなたに近付くことさえ出来なくて」

「え?」


 大神殿に着いてからずっと、レイやカロンとは会うことが出来なかった。なぜならフローラには聖女として予定が詰まっていて、部屋も聖女のために用意された特別な部屋で……でも。


「近付くことが出来ないって、どういうことですか?」

「ずっと『聖女様はお忙しいから』と……神官達はそればかりでしたね」


 たしかに、神官たちに囲まれて忙しくしてはいた。たった数日間のことだから、ここにいる間くらいは聖女としての役割をまっとうしたいと思ったのだ。

 けれど、レイ達と会う隙間が無いほどではなかったはず。現に、フローラは休憩時間を利用して無断で町へと来てしまっている。

 

 神官達の対応が、レイとフローラを引き離すため、故意のものだとしたら。

 釈然としない神官達の対応に、カロンは腹立たしげに補足した。


「今日も『暇なら町でも見学してきたらどうですか』と、体良く神殿から追い出されたのですよ」

「そんなことが……」


 レイ達が受けていた扱いに、開いた口が塞がらない。まったく知らなかったとはいえ、自分との待遇の差に愕然としてしまう。


「すみません……レイ様、カロン様」

「なぜフローラがあやまるのです」

「私は、自分のことばかりで……」


 自分が神官達から手厚いもてなしを受けていた間、レイ達がどんな思いをしていたのか、知ろうとさえしなかった。父からは警告を受けていたというのに。


「フローラが謝ることではありません。――そちらは、エラディオですね?」

「あ、ああ」

「エラディオ様とはこちらで偶然出会って……ジュースまでご馳走していただきました」

「そうでしたか。ありがとうございます、エラディオ」

   

 レイはフローラの肩を抱き寄せると、エラディオに向き合った。礼を言っているはずなのに、その笑みにはどこか威圧感があって……

 そんなレイを見たエラディオは、耐えきれずに笑いだす。


「ははっ……おもしれえな、おまえも!」


 突然吹き出したエラディオに、レイは呆気にとられてしまった。なにが面白いというのか、彼が笑う理由が分からないレイは怪訝そうな表情を浮かべている。


「俺みたいな下っ端にもずーっと敵意むき出し……! おかしくてさ」

「えっ! 敵意?」


 思わず、隣に立つレイを見上げる。しかし、どこに敵意が見えるというのだろうか。フローラにはまったく分からないのだが、レイは図星であったようで。彼は素知らぬふりをして目をそらしたまま、黙りこくっている。


「エラディオ様、意味がわからないのですが」

「嫉妬してんだよ、王子様は」

「嫉妬? エラディオ様に?」

「そうだよ。俺とフローラがふたりきりでいたから」

「フローラと、呼び捨てにするのはやめてもらえますか。エラディオ」


 開き直ったレイは、独占欲を隠すことなくエラディオを睨みつけた。


「フローラを撫でたりするのも、やめてもらえますか」

「ははっ、見てたのか。王子様おもしれえ」


 レイの鋭い視線などまったく気にせず、エラディオは笑い続ける。

 数日ぶりの賑やかさに、フローラの心は安らぎを手に入れたのだった。

 

 

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