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聖女と呼ばれて

 転移魔法を使いフローラが降り立ったのは、門前町中心部にある広場だった。

 幸い、町人達は転移魔法を見慣れているようで、突然現れたフローラにもチラリと横目で見やるだけ。変装したフローラは、無事に広場へと溶け込むことに成功したようである。


 (レイ様達は、どこへいるのかしら)

 

 行き交う人々の間から、キョロキョロと街を見回す。彼等もこの町のどこかにいるはずなのだ。朝から町へおりていたはずだから、そろそろ帰る頃かもしれないが。


 たった数日別行動をしただけなのに、レイやカロンに会いたくてたまらなかった。七日間ずっと一緒に旅をしたせいもあってか、尚更。

 

 とりあえず賑やかな場所へ……フローラが商店街へと行き先を定めたその時、とつぜん手首を掴まれたのだ。


「お前、『聖女様』だろ」


 ニヤリと笑うエラディオに。





  

 フローラは広場のベンチに腰掛けると、ミックスジュースを一口飲んだ。緑色かも紫色かも分からない毒々しいジュースは、広場近くのジューススタンドでエラディオが買ってきてくれたものだ。色の印象とは裏腹に、甘酸っぱくさわやかな香りが鼻腔を抜けてゆく。


「ありがとうございます、エラディオ様。後ほどお金は必ずお返しします……」

「いいっていいって、このくらい」

「でも」

「聖女様が金も持たず大神殿を脱走か。おもしれぇ」


 隣にドカッと座ったエラディオは、おかしげにケタケタと笑った。事実なだけに、居たたまれず恥ずかしい。


「……なぜ、私のことが分かったんですか。聖女って」

「だってお前、王子レイノルの婚約者だろ」

「え? ご存知なのですか?」

「農業の町で会った時、あいつムキになって言ってたじゃねーか。『婚約者』だって」


 フローラは、あの時のことを思い返した。そういえば、レイがエラディオに向かってそんなことを言っていた気もする。とても低い声で。


「で、大神殿に来たあいつはなんと王子でさ。そのうえ聖女の婚約者だとか言うじゃん。ああー、そういうことか、あれ聖女さまが変装してたのか……ってな。分かるだろ普通に」

「そうでしたか……」

 

 要するに、自分達の詰めが甘かった。そういうことだろう。最初から目立っていたのだし、もっと慎重になるべきだった。

 

「なんで脱走なんかしたんだよ。部屋から聖女様が消えたなんて、バレたらやべーことになんぞ」

「やべーこと……」 

「大神殿総出で探し回んだろーな。おもしれぇ」


 全然おもしろくない。来たばかりだけれど、エラディオの話を聞いただけでもう帰りたくなってきた。目的も果たしていないのに。


「か、帰ります。私」

「まてよ。聖女様にも脱走した理由があんだろ?」


 ……ある。脱走してしまった理由。

 レイやカロンに会いたいと思ったこと。『聖女』としての期待に、息が詰まりそうなこと──でも、手厚くもてなしてくれる神官達を前にそんなことは言えなくて。

 黙りこくるフローラの顔を見て、エラディオは馬鹿にするでもなくフッと笑う。


「あそこでいりゃ、脱走もしたくなるよな」

「えっ」

「お前、なんか聖女って感じじゃねえもんな」

「そうですか?」

「神官達にとって、『聖女様』は『神様』だ。でもお前、神様になりきるのは無理だろ」


 エラディオの言葉に、フローラはズンと落ち込んだ。覚悟を決めて来たはずだったが、『神様』になりきる──そんなことは到底無理だ。祀られている聖女様は素晴らしい方だったようだが、フローラはそうではないのだ。


「期待させておいて、現れた聖女が私みたいな小娘で……がっかりしていないでしょうか、神官の方々は」

「俺は、聖女がお前で良かったよ」


 エラディオは、落ち込むフローラに向かってあっけらかんと笑いかける。


「ここで、仲間に魔法をかけてくれただろ」

「あ……あの方は大丈夫でしたか? もう具合は」

「お陰様で、あいつ一晩休んだだけで全快したよ」

「よかった……」


 ほっとして笑うフローラを見て、エラディオは改まると勢いよく頭を下げた。


「あん時はありがとう」

「そんな改めて感謝されるほどのことでは……どうか頭を上げてください」

「いや、礼を言いたかったんだ」


 見た目に反して、エラディオは律儀な男だった。以前言葉を交わした時も、仲間の失言に対し一人で謝りに来てくれた。よく分からないけれど、彼は悪い人では無いのだろうとフローラは思う。

 

「あんた、若い女だろ」

「はあ」

「若い女が、得体の知れない男に触れるのって普通躊躇するもんなんじゃねえかなって」


 そういうものなのだろうか。マルフィール王国の城下町でも誰彼構わず治癒魔法を施していたために、エラディオの言う普通というものがよく分からない。


「そうなのでしょうか。つい、とっさに……」

「反射的に手が出るのか、あんた」

「まあ、そんなところです」

「ははは。おもしれぇ」


 何がおもしろいのかさっぱり分からなくて首を傾げていたのだが、エラディオはひとしきり笑うとフローラの頭をぽんぽんと軽くたたく。

 

「あんたはだれが何を言おうと聖女だよ」


 彼の手は大きく重い。早くどけてほしい。

 ただ、その言葉には、なんだかとても救われて。


 変装した聖女フローラと、赤髪の神殿騎士エラディオ。

 二人は昼下がりの広場で、軽く微笑みあった。

 

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