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聖女の一日

 大神殿に到着した昨日から一夜明け、フローラは鳥のさえずりで目が覚めた。

 歌うような鳴き声に薄くまぶたを開けてみれば、部屋には淡い朝日が射し込んでいる。


 ベッドから身体を起こすと、まず静かな部屋を見渡した。大きな格子窓からの神秘的な光が照らすのは、ただただ広い、ひとりきりの部屋。


 (…………なんて広さなの)


 あまりの広さに、改めて言葉をなくす。

 聖女フローラの滞在中、大神殿が用意したのは、神殿で一番広い部屋だった。こぢんまりとしたコバルディア家が、そのまま入るのではないかというほどの。

 そんな部屋に置かれていたのは、これまた巨大なベッド。昨夜などフローラひとりで占領するのが恐れ多くて、ベッドの端に丸まるようにしてやっと眠りにつくことができたのだ。


 これまでのようにカロンと同じ部屋で寝泊まりできるものかと思っていたら、彼女はフローラと同じ部屋に泊まることを許されなかった。どうやらここは、聖女のための神聖な部屋であるらしい。

 レイや護衛達も貴賓室に通されたようではあるが、その部屋はここから遠く離れた場所にあった。

 会いたくても容易に会えない。まさかこんなことになろうとは。 

 

 


 (……とりあえず起きましょう)


 フローラは軽く息を吐くと、ベッドから立ち上がった。そして大きな姿鏡と向き合うと、隣にかけられた衣装を手にとってみる。


 それも、聖女フローラのためだけに用意されたものだった。

 ドレープがたっぷりとした純白の聖女服に、薄く繊細なベール。胸元にかける大ぶりのペンダントは、はるか昔、聖女が身につけていたものだという。

 どれもこれも自分には勿体ないほど『聖女』を彩るとされるもので、身につけるのが恐れ多い。

 ただ、これを着なければ大神殿での一日は始まらない。彼等には、『聖女』の姿であることを期待されているのだから。




「聖女様、おはようございます」

「は、はい」


 ノックとともに神官の声が聞こえた。世話役の、女神官の声だ。


「準備はお済みですか? お邪魔しても?」

「はい、どうぞ」

「失礼いたします──」


 朝一番に来てくれたのが女性で良かった。初めて着る聖女服の着こなしになんとなく不安があって、手直ししてもらいたかったのだ。

 フローラは神官が扉を開けて入ってくるのを待っていたのだが、彼女は扉を開けたまま固まってしまっている。


「あの……?」


 いつまでたっても部屋へ入ってこない神官を、フローラは不思議に思いながら待ち続けた。

 すると──間をおいて、彼女の瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れてきたではないか。


「えっ!? 一体どうされたのですか!」

「聖女様が……聖女様が、あまりにも聖女様で」

「あっ、この衣装ですか? どうでしょうか、どこか変ではないですか」

「とてもお似合いです! やはりそちらの服をお召しになることができるのはフローラ様だけでございます……!」


 大袈裟とも思われる彼女のリアクションは、どことなくカロンを彷彿とさせる。しかし、彼女達にとっては決して大袈裟でも何も無く、それだけ『聖女』と会えたことに喜びを感じているのだろう。

 女神官はフローラを前に、感極まった様子で涙を拭ったのだった。






 この日は大神殿の拝殿にて、聖女フローラのお披露目を頼まれていた。

 昨日の時点であらかた神官達には出迎えられたと思ったのだが、「改めて皆の前でご挨拶をお願いしたい」とのことらしい。


 聖女服を身につけ、見た目まで『聖女』として仕上げられたフローラが祭壇に──聖女像の前立ち、二人の『聖女』の姿が重なる。その瞬間、拝殿にずらりと並んだ神官達が、一糸乱れず頭を下げた。

 神官長による合図がかかると、今度は皆一斉に顔をあげる。

 自分だけに集まる、神官たちの視線。その光景に圧倒されて、用意していた言葉が出てこない。

 

(あ……私、挨拶を)


 挨拶をしなければ。

 くらくらするような視界の端に、ふとレイの姿が見えた。

 彼は拝殿の一番後ろに立ち、ウデを組んだままフローラを見つめている。


(……レイ様)


 言葉はなくても、見守ってくれているような気がした。

 まっすぐに、フローラだけを。


『フローラはフローラですよ』


 いつも、フローラの支えになっている彼の言葉。

 その言葉を思い出してやっと、我を取り戻すことができて。


「フローラ・コバルディアと申します。このたびは温かく迎えて下さり、感謝いたします──」


 フローラは壇上で、自分なりの感謝を伝えた。

 拝殿を見渡せば、涙ぐむ者、胸に手をあてて陶酔する者、仲間同士手を取り合って喜ぶ者。壇上には、神官達の喜びが伝わってくる。

 神官長とカロンをちらりと見れば、涙を滲ませながらもうんうんと頷いてくれていた。


 そして……拝殿奥に視線を戻すと、小さく頷くレイの姿。目が合った二人は、誰にも気取られないよう微笑み合った。




「さあ、聖女様。こちらへ」

「あ……はい」


 挨拶を終えたばかりのフローラを、神官が退路へと促す。レイからの視線を遮るように。


 フローラにはこのあとも、予定がぎゅうぎゅうに詰まっていた。これから数日間の滞在で、フローラは神殿での礼拝や要人との会食、神官達との対話などをこなしていかなければならない。『どうか、我々にもフローラ様との時間を』と神官長たっての申し出であった。


(レイ様……)


 後ろを振り返れば、レイはまだフローラを見つめたまま。絡まりあった視線は、再び神官によって妨げられる。

 彼の眼差しに名残惜しさを感じつつ、フローラは祭壇を後にしたのだった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] フローラ、自分で行くって決めたくせに、ただひたすらオロオロ流されっぱなし。 フローラって、こんなに意思もオツムも弱い女の子だったっけ……?
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