神官達との距離
(えっ……!)
大神殿の重厚な門をくぐったその瞬間、フローラは言葉を失った。
神殿へと続く白い石畳の両脇には、神官達がずらりと並んでいて。そして皆、こちらに向かって頭を下げていた。誰ひとりとして、顔を上げるものはいない。
「あの……これは?」
「皆、フローラ様を歓迎しているのです。どうかそのまま堂々としておいでください。さあ、行きますよ」
カロンは小さな声でフローラに耳打ちをすると、先頭に立って神殿へと歩き出した。慣れた足で颯爽と歩く彼女の後ろを、フローラ達は戸惑いながらも付いて歩く。
「……フローラ、大丈夫ですか」
「は、はい」
レイはゆっくりと、すぐ隣を歩いてくれる。この雰囲気にのまれそうなフローラを気遣ってくれたのだろう。
(みんな頭を下げて……私に……?)
胸がざわつく。
特別扱いされるのは苦手だけれど、『聖女』として扱われることは慣れていないわけでもなかったのに。
学園に入学してからというもの、フローラはずっと注目の中にいた。悪目立ちしてしまって噂話の的になり……城下町でも『魔法学園の聖女』として、王子レイノルの婚約者として、なにかと声をかけられて。
そんな日々が当たり前になっていって、『聖女』としての自覚や振る舞いは慣れてきたつもりだった。
けれど、ここではその自覚が役立たないほどに。
両脇に並ぶ全ての人間が、フローラに向かって頭を下げる。フローラを待ち構え、歓迎している。
同じように注目を浴びていたとしても、その距離感はこれまでと全く違っていた。
大神殿の扉をくぐると、ひんやりとした空気が流れていた。石造りのシンと静かな拝殿に、フローラ達の足音だけが反響する。
それもそのはず、歩いているのはフローラ一行だけ。神官達は立ち止まって黙礼をしたまま、フローラが通り過ぎるのを待っているのだ。
「あの……カロン様。皆さん、もっと普通にして下さって構わないのですが……」
「……フローラ様。ここは聖女様をお祀りする神殿です。そして何百年も待ち続けた『聖女様』が来てくださった──お分かりになりますか?」
何百年も待ち望んだ『聖女』がやって来た。
そしてその『聖女』とは──自分のことだ。
「皆、フローラ様相手に普通になどなれないのですよ」
フローラは事の大きさを目の当たりにして、やっと実感が湧いてきた。神殿の出迎えに、重すぎる自分の立場に──思わず身が竦んで。指先まで冷たくなってゆく。
漠然と孤独を感じた、そんな時。冷たくなったフローラの手を、レイの手がそっと包み込んだ。
「フローラはフローラですよ。さあ、行きましょう」
「レイ様……」
「あなたは、そのままでいいのです」
彼の手は、ひんやりと冷たくて、大きい。不安にのまれそうになっていたフローラを、やさしく取り戻してくれる。
いつからだろうか。レイの言葉ひとつで、こんなにも心が安らぐようになったのは。
フローラはレイに手を取られたまま、静かな石の拝殿を歩く。すると前方から、ひときわ高い神官帽を被った神官が現れた。おそらく、この男性が神殿の長なのだろう。カロンは一歩前にでると、白髪頭の彼に向かって軽く礼をした。
「サビオ様。聖女フローラ様をお連れいたしました」
「これはこれは聖女様……!」
「フローラ様。こちらは、サビドゥリア大神殿神官長のサビオ様です」
神官長も他の神官達と同様に、フローラへ恭しく頭を下げる。
その姿に、慌てて「頭を上げてください」と言いかけたのだが、カロンが目線で制止した。このままでよいと、そういうことなのだ。
「……フローラ・コバルディアと申します。神殿へのご挨拶が遅くなり、申し訳ありません」
「いえ、お話はカロンから伺っております。聖女として御自覚されたのは最近のことでいらっしゃるとか」
「はい。お恥ずかしながら、その通りなのです」
実は今だって、ここまで敬われる自覚は無い。
ずっと迷いの森でのほほんと暮らしてきたフローラは、強力な癒しの力こそあるものの、中身は普通の少女なのだ。劣等感に悩んだり、目立つことが苦手だったり、そのような。
「聖女フローラ様。我がサビドゥリア神殿まではるばるお越し下さり、感謝いたします」
「いえ、こちらこそお招き下さり、ありがとうございます」
ひと通りの挨拶を終えると、やっと顔を上げた神官長と目が合った。深くシワの刻まれたその目尻には、わずかに涙がにじんでいる。感極まったような震える声で、神官長は呟いた。
「ああ……本当に、そっくりでございます」
「え?」
「伝承の聖女様とフローラ様は、うりふたつでございまして」
父からも以前、言われたことがある。
『フローラはどんどん伝承の『聖女様』そっくりになっていく』
髪色や瞳の色が、伝承の聖女と同じであることは知っていた。
しかし父や神官長からそのように言われるほど、似ているのだろうか。かつてここにいたという『聖女』とフローラは──
「フローラ、あれを」
レイが神殿の奥を見つめている。
彼の視線を追うと、神殿の最奥──祭壇には、白くなめらかな聖女像がたたずんでいた。
慈愛に満ちた表情を浮かべ、ベールを被る聖女の姿。それはまるで────
「わ、私……?!」
フローラそのもののようだった。顔立ちも、体つきも、漂う雰囲気さえ、すべて。
自分そっくりの聖女像と、言葉もなく向かい合う。
フローラが『ここまで敬われる』理由──それがようやく分かった気がした。
誤字報告ありがとうございます!
反映させていただきました。




