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お節介な人



 フローラはレイに手を引かれ、図書館へと向かっていた。すれ違う生徒達が皆、驚くように二人を振り返る。


「離してください、なぜレイ様が怒ってるんですか!」

「あんな風に言われて悔しくないんですか貴女は」


 悔しくないのかと聞かれれば悔しい気もするが……図書館は駄目だ。手を引かれ歩いている今でさえこんなにも注目を集めているのに、あんな衆人環視の中でレイと勉強など……また「イチャイチャしてた」と、あらぬ噂が立ってしまう。

 しかし脇目も振らず図書館へと向かうレイは、勉強以外の選択肢を与えてはくれなさそうだ。図書館ではないどこか……教室? 図書館より目立つ。どこか……


「では、うちでお願いします!」


 レイの歩みが、ピタリと止まった。

 ゆっくりと振り向いた彼の顔は、驚きの表情を浮かべている。


「また、コバルディア家に招いて下さるのですか」

「うちのほうが落ち着けますし、兄も一緒に勉強できますよね」


 そうだ。兄は図書館なんて絶対に寄りつかないが、家なら彼を巻き込める。レイの指導などスパルタに決まっているのだから、二人で受ければ指導も分散されるのでは? 我ながらなんて良い考え。


「あなた方がそれで良ければ……私は喜んでコバルディア家へ伺いましょう」

「では決まりですね。放課後、兄を捕まえて家まで来て下さいね。お待ちしていますので」


 フローラは一方的に話をまとめると、小走りにその場から逃げ出した。立ち尽くすレイを残したまま。






「フローラ、おまえ絶対に許さねえ」

「兄様おかえり。レイ様ようこそコバルディア家へ」

 

 帰ってきた兄オンラードは、憎々しげにフローラを睨み付けた。背後にはレイが涼しげな顔で立っている。

「おまえが最下位だっただけだろ! なんで俺まで……」

「オンラードも同じようなものだからです。さあ、やりましょう」


 テーブルにどっさりと参考書が積まれた瞬間、オンラードも諦めて椅子に腰を掛けた。レイが本気で勉強を教えに来たのだと分かったからだ。


「とりあえず……お茶を。どうぞ」

 お茶を出したフローラを、レイはまじまじと見る。

「? ……なにか?」

「ウィッグと眼鏡は、外したのですね」

「ええ。家の中ですし、もう既にレイ様にはバレてますから」


 自分では見慣れているホワイトブロンドの髪だが、やはりレイには珍しく映るらしい。彼は言葉も無く、フローラを見つめた。


「な、なんですか……ウィッグを被ったほうがいいですか?」

「いえ、……そのままで」

「そういえば、昨日焼いたクッキーもあります! 食べます?」

「はい、いただきます。二人はまずノートとペンを」


 机には湯気をたてるお茶とフローラが焼いたナッツのクッキー、そして大量の参考書。

 フローラとオンラードは観念して、レイに言われた通りノートを開いた。その彼らのノートを見てレイが驚愕する。


「あ、あなた達。講義ちゃんと聞いてますか……ノートに何も書いてないじゃないですか!」

「聞いてますよ。ノートに書く必要性が分からないだけで」

「俺の場合、講義中も窓から鳥が遊びに来るんだよな、それで」

 レイが大きな溜め息をつき、俯いた。空耳だろうか、「話にならない……」と呟く声が聞こえた気もする。


「いいですか? 先生方には講義中『ここは大事ですから憶えるように』と強調する部分があります、必ず。最下位が嫌なら、それだけはノートに書きましょう。メモでもいいですから」

「は、はい」

「オンラードは論外です。鳥と遊ばず、講義を聞きなさい」

「お、おう」


 二人は、レイによってまず座学講義の受け方を指導された。試験以前の問題だ。ノートのとり方、話の聞き方、問題の解き方。小さな子供に教えるように易しくみっちりと、レイによるレクチャーは続いた。




「なんか……私、賢くなった気がする!」

「俺も!」


 日も暮れ、窓の外は真っ暗になっていた。

 数時間にわたるレイの指導でクタクタにはなっているが、フローラとオンラードは不思議な充実感で満たされていた。


「レイ様は教えるのも上手いなんてさすがですね。すごく分かりやすかったです!」

「俺、次の試験はそこそこいける気がするわ」


 レイはというと、二人とは離れたソファで、ベルデと戯れている。


「それは良かったです。それでは私はそろそろ帰るとしましょう、オンラード」

 コバルディア家から帰るには、オンラードかフローラの転移魔法が必要だ。少し不便だが仕方がない。


「あの……レイ様。今日はこんなに遅くまでありがとうございました。このお礼は必ず」

「お礼はあなたのクッキーと、その姿で充分ですよ」

「この姿?」

「ええ、役得です。……またお邪魔してもよろしいですか?」

「は、はい。こんな普通の家でも良ければ、いつでもどうぞ」

「あなたが居るだけでも、この家は普通ではありませんよ。それでは」


 レイはフローラのホワイトブロンドをサラリと撫でると、オンラードと共に転移魔法で飛び立った。




 (この姿がお礼だなんて)


 変な人。

 そして、見た目に反してお節介な人。

 理屈っぽいけど、親切な人……


 今日聞こえてきた陰口にも、フローラ自身より腹を立ててくれた。正直、レイにも馬鹿にされると思っていたのに。


 フローラは、レイに撫でられた髪の束に触れながら……誰もいないソファをぼんやりと見つめたのだった。






(……いつでもどうぞ、なんて言うんじゃなかった)

 フローラは後悔していた。あの時、レイにぼうっとなっていた自分のことを。


 フローラとオンラードが向き合い座っているテーブルには、今日もどっさりと積まれた参考書。ソファではレイが足を組み、優雅にベルデと戯れている。

 

「おや、お二人共。ペンの動きが止まっていますが。昨日やった箇所をもう忘れたのですか」


 あれからというもの、レイは毎日のようにコバルディア家へやって来た。大量の参考書と共に。

「なあレイ、俺、休憩してえ……」

「あ、あの、レイ様。私達のことはもう構わないので、ご自分の勉強をされては」

「私は帰宅後勉強しているので大丈夫です。さあフローラ、その問題を解いてごらんなさい」


 あの日、生半可にやる気を見せたおかげで二人も後に引けなくなっていた。彼のお節介も度が過ぎている気がする。いつまでこの勉強会は続くのか。


「さあ、フローラ。次はこちらの参考書の百ページから暗記をしましょう」

「暗記とか本当に苦手で駄目で無理なんですが……」

「やれば出来ます。フローラなら」

 なんの根拠もないその買いかぶりは何なのだ。しかし期待されればやるしかない。


「次の試験が楽しみですね」


 眼鏡の奥で、彼の楽しげな瞳が怪しく光ったのだった。




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