神殿の騎士
「どうりで……」
「カロン様、お知り合いだったのですか?」
「どこかで見たような顔だと思ったのです」
昨夜、カロンはフローラの用意したフルーツを一口一口大事に食べると、その後は泥のように眠りについた。そのおかげか、一夜明けての彼女は随分と回復したようで、足取りもしっかりとしている。
カロンの体調が戻ったことを確認すると、一行は山の上にそびえるサビドゥリア大神殿を目指してゆっくりと歩いた。大神殿までは少々距離はあるが、カロンの魔力を考えて、転移魔法は使わず徒歩移動を選んだ。
その道中でフローラは、昨日の出来事を皆に伝えた。
広場で例の赤髪の男──エラディオに出会ったこと。彼等も転移魔法で旅をしていたこと。そして、大神殿の人間だったこと。
「大神殿には衛兵がいらっしゃるのですね」
「衛兵といいますか、騎士ですね。神殿の神官達は魔力こそ強いのですが……警護となると神殿騎士団を頼らざるを得ないのです」
「なるほど……」
大神殿には、神官とは別に神殿を警護する騎士団がいるらしい。彼等の仕事は、主に神殿の見回りや賓客の護衛、門扉の警備……神官達では頼りないと思われる仕事を担っている。
「ま、あまり接することはありませんが」
「あのかたは、もしかするとカロン様に気付いていたのでは?」
「ありえませんね。騎士団の者達は、私達神官などどれも同じに見えるのではないでしょうか」
気のせいだろうか。カロンの言葉には、なんとなく騎士たちに対してのトゲを感じる。
「神殿騎士団の者達は、私達神官のことが嫌いなのですよ。むこうから声をかけてくることも、まずありません」
(神官のことが……嫌い?)
フローラは広場でのエラディオの言葉を思い出す。
『神殿の奴らと同じだな』
たしかに、騎士と神官をどこか線引する口ぶりだった。まるで自分達騎士は『神殿の奴』とは違うと言うように。
(なぜ、そんなふうに────)
神官と騎士の確執について首をかしげるフローラへ、隣を歩いていたレイが耳元で呟く。
「他に……エラディオという男とは、何を?」
「え?」
「何を話したのです?」
ふいに声をかけられ、彼の顔を見上げてみれば。レイの探るような視線がフローラに向けられていた。
「とくに何も……仲間の方がぐったりされていたので、治癒魔法をかけて」
「それで、そのあとは」
「すぐにあの方とは別れましたが……そのままカロン様へのフルーツを買いに行って、宿へ戻りました」
「……そうですか」
フローラの返事をひと通り聞いたレイは、安心したかのように小さく息を吐く。そして、二人の間に、しばし沈黙が訪れた。
「──すみません」
「えっ。なぜレイ様が謝るのですか?」
「いえ……」
歯切れの悪いレイがなんだか不自然で、フローラは思わず彼の顔を覗き込む。レイは誤魔化すようにフッと微笑むけれど、その笑顔も僅かに硬い気がして。
「レイ様が謝ることなど、思い当たらないのですが」
「そうでしょうか」
「それとも私、なにかしましたか?」
フローラはレイを見つめ返して、その瞳の奥から彼の真意を探そうとした。けれど彼はさりげなく瞳をそらす。
「フローラは、なにも。やはり私が悪かったです」
「レイ様が悪い……?」
「はい。駄目な男です」
レイは自分の言動に失笑している。
彼が何に対して反省しているのか分からないけれど、このように目を逸らされては追求することもできない。
フローラはゆるい山道を歩いた。
彼の表情を気にしながら。
休憩しながら歩き続け、数時間経っただろうか。
フローラ達は、やっとサビドゥリア大神殿近くへと辿り着いた。
霧の中に建つ大神殿は、想像していた以上に立派な佇まいで。フローラは身の引き締まる思いで、荘厳な石造りの神殿を眺めた。
「フローラ様、そろそろ到着いたします。もう変装を解いても大丈夫ですよ」
「そ、そうですね。私ったら、ウィッグを被ったままでした……」
変装姿のままだったフローラは、慌てて眼鏡とウィッグを取り去った。聖女の証でもあるホワイトブロンドは絹糸のようにさらりと流れ落ち、フローラをたちまち眩く輝かせる。
「──神官達が涙を流して喜びそうです。さあ、参りましょう」
改めて、大きな門扉の前へと歩みを進めると──
「お前ら……大神殿に用事があったのか」
そこには、またしてもエラディオが立っていた。
この時間は門の警備をしているらしい。腰に帯剣し騎士服を着た彼は、町で会った気取らない姿とはまた違う雰囲気であった。その体格の良さも相まって、やや威圧感を感じさせる。
エラディオはその威圧感を少々引っ込めると、こちらのメンバーをじろじろと見渡した。
「あいつは?」
「あいつ、とは」
不躾な彼の視線からフローラを隠すように、レイが間へ割って入る。
「茶色い髪の……そうだ、名前はフローラだったな。いないみたいだが」
「私達は聖女を連れてマルフィール王国から参りました。神官長にお目通りを」
「聖女……」
エラディオは、ウィッグに眼鏡姿のフローラを探しているようだった。
フローラ自身は彼の目の前に立っているのだが、茶髪眼鏡の女と同一人物だとは思わないのだろう。『聖女』と紹介されたフローラを一瞥しただけで、興味もなさげにフイと視線を外す。
「どうぞ、お通り下さい。『聖女』様」
彼が事務的に頭を下げたことを合図に、重い門扉が音を立てて開かれた。
フローラは頭を下げたままのエラディオの横を、通り過ぎる。
姿を偽っていた、後ろめたい気持ちを抱えながら。




