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マウント合戦

 朝。宿の食堂で。


「私、最高に幸せですわ」


 男装姿のカロンは野菜スープをひとさじすくうと、幸せそうに呟いた。


 フローラ達の行程は、今のところ順調であった。カロンの転移魔法で大神殿へと移動しながら数日。

 昨日三つ目の宿場町へ到着した一行は、一夜開けた朝、食堂で朝食をとっている。


「幸せ……といいますと?」

「毎日、フローラ様と一緒の部屋で寝ることができるなんて……!」


 うっとりとしたカロンの言葉に、思わずパンを食べる喉がつまる。


 この道中、宿では女部屋と男部屋に別れて部屋をとっていた。必然的に、フローラはカロンと二人部屋になるのだが。

 連日フローラと同室のカロンは、コンディション絶好調であった。毎日の転移魔法で魔力を大量消費しているにもかかわらず、肌ツヤは良く足取りも軽やか。魔力の回復も凄まじく早い。


「私、女でよかったと初めて思いましたわ。フローラ様とお泊まり出来るんですもの」


 レイはカロンをジロリと睨んだ。しかしカロンはそんな視線も物ともせず、挑発的な微笑みを浮かべる。


「フッ……王子ともあろうお方がそのような顔をされて。レイノル殿下、悔しいのですか」

「あなたの安い挑発には乗りませんよ」

「聞きたいですか? 昨夜のフローラ様のこと」


 得意げなカロンの『安い挑発』に、冷静を装うレイの耳は思わずぴくりと反応する。


「ちょっ……! 何を言い出すのですカロン様!」


 フローラは昨夜のことを思い出そうと頭をフル回転させた。たしか、宿の部屋では寝支度を整えて、少しだけカロンと話をして。そのままベッドで寝ただけだ。

 幸いにも寝相は良いほうで、きっと恥ずかしいことなど何も無いはず。でも、レイを前に何を言われるのかと思うと、ハラハラせずにはいられない。


「フローラ様が、隣で寝返りをうったのですよ」

「フローラが、寝返りを……」


 レイはごくりと生唾を飲む。


「するとその愛らしい寝顔がこちらを向いて……! 私は一晩中、フローラ様の寝顔を堪能することが出来たのです」

「……カロン様、ちゃんと寝ていますか……」


 良かった。想像以上にどうでも良いことだった。一つだけ心配なのは、一晩中フローラの寝顔を見ていたというカロンがちゃんと寝れていたのか。それだけなのだが。


「寝起きのフローラ様も、天使のようなあどけなさで……あっ、これも同室である私だけの特権ですね」


 カロンの自慢話を聞きながら隣をおそるおそる見上げてみれば……レイは静かに微笑んでいるものの、フローラはもう知っている。

 これは負けず嫌いなレイが、苦々しい思いを噛み殺している顔だ。つまり、カロンの挑発に完全敗北してしまっている。


「カ、カロン様、もうそのへんで……」

「フローラ様の朝一番の『おはよう』も、私のものでしたわ。もちろん明日も」

「────カロン」


 延々マウントを取ろうとするカロンを、レイはとうとう遮った。


「その優越感も、せいぜい今だけですよ」


 何か嫌な予感がする。フローラが肌で感じたその直感は、決して間違っていなくて。

 レイは足を組み直すと、さわやかな笑顔で言い放つ。


「近い将来、フローラは毎晩私と同室です」


 レイが爆弾を投下した。

 ムキになった彼によるマウント返しである。

 カロンの自慢話はピタリと止まり、レイの言葉に固まる護衛達。そして──フローラはというと、全身がたちまち真っ赤に染まり上がる。


「二人ともいい加減にしてください!」


 辛抱ならなかったフローラは、そこそこ強めに抗議した。レイもカロンも度が過ぎる。なぜいつも言い合いになってしまうのだろうか……




 フローラが頭を抱えていると、少し離れたテーブルから男達の小さな笑い声が聞こえてくる。

 思わず後ろを振り向くと、そこには見覚えのある赤い髪が見えた。


 (あの人達……たしか、港町で見たような)


「あの派手な奴ら、地味な女を取り合ってるんだけど」

「有り得ねえ」

「あのパッとしない女、何様なわけ」


 男達のテーブルまで、どうやらこちらの会話は聞こえていて。派手で目立ちすぎるレイとカロンが、地味なフローラに執着する様子を笑っているようだった。


 (地味でパッとしない女……!)


 今回の旅で久しぶりに変装したフローラは、果たしてこの変装に意味があるのかずっと不安があったのだけれど。このメンツの中にいては相当地味に見えるのだろう。男達の会話を聞いて、変装した甲斐があったのだとホッとした。


 けれどその変装を要求した当の本人は、なぜか不満げに眉間のシワを寄せている。向かいに座るカロンも同様で。

 

「あの者達……聞き捨てなりませんね」

「同様です」


 レイとカロンは、音も立てずに椅子からユラリと立ち上がった。


 (えっ……なぜ立ったの……?!)

 立ち上がった二人の表情は好戦的で、その足は後ろのテーブルに向かって今にも歩き出そうとしている。

 これはまずい。こちらにはより抜きの護衛がついているとはいえ、あちらは体格の良い男達。無謀にも接触して何かあったら……


「さ、さあ! お腹いっぱいになりましたし! レイ様、出発しましょう!」

「フローラ」

「カロン様と寄りたいお店もあったのです! 行きましょう!」

「フローラ様……」


 フローラはレイとカロンの腕をぐいぐいと引っ張ると、強引に食堂を後にした。うしろをちらりと振り向くと、赤髪の男がこちらを見たまま呆気に取られていた。




 (良かった……何か起きてしまう前で)

 ただ大神殿へと向かうだけなのに、王子と聖女が外国で問題を起こすなど言語道断だ。


「レイ様、カロン様。もうこういう事はこれっきりにして下さい」

「……フローラを馬鹿にされたようで、つい頭に血が上ってしまいました。すみません」

「地味に見せるために変装しているのですから」

「申し訳ありません、フローラ様……」


 食堂を出てからフローラに諌められた二人は、素直に反省してくれた。どうやら血が上っていた頭は冷えて、我に返ってくれたようである。


「でも、お二人は私のために怒ってくれたんですよね。それは分かっていますから……」


 フローラが「ありがとうございます」と頭を下げると、レイとカロンはホッとしたように微笑んだ。

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