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思い出づくり

 宿から一歩外へ出ると、あたりは熱気にあふれていた。

 

 レイと並び、潮の香りを頼りに港町を歩く。先程は急いで宿へと向かっていたものだから、町の景色を楽しむ余裕はなかったけれど。

 通りの店先には色とりどりの魚が並び、果物や野菜も初めて見るものばかり。マルフィール王国とはまるで違うその町並みに、フローラは目を奪われた。


「……もしかしてフローラ、浮かれているでしょう」

「は、はい。実は私、海は初めてで……なので見たことないものばかりで、きょろきょろしてしまって」


 つい、目的を忘れてレイとの散策に夢中になってしまった。

 カロンはああ言って送り出してくれたけれど、ここは大神殿へ行くための中継地点として選ばれた宿場町。決して、呑気に観光するため立ち寄った訳ではない。

 少し反省をしながら歩いていると、フローラの頭上から、レイの優しい笑い声が落ちてくる。


「実は私も浮かれています」

「レイ様も?」

「ええ。フローラと旅行に来たかのような錯覚に陥りますね」


 落ち着いて見えた彼だったが、意外にもこの旅に浮かれていると言う。


「私も海をこの目で見るのは初めてなのです。どうせならカロンのように案内出来れば良かったのですが」


 こうして二人で行くあてもなく、町を歩くのも初めてのことだった。

 前後に護衛はいるけれど、この町ではフローラ達のことを知る者はいない。手を繋いで雑踏を歩けば、まるで普通の恋人同士になれたかのようで。


「レイ様も初めてで嬉しいです」

「フローラ」

「私と、同じですね」


 見知らぬ港町に溶け込む自分達が、嬉しくて。フローラの頬は思わず緩む。

 するとその様子を見たレイは無言になってしまった。なにやら考え事をしているようである。


 (……私、浮かれ過ぎてしまったかしら)


 浮かれた足は、いつのまにか二人を港まで連れてきていた。海鳥の声が耳に届いて、さらに浮かれ気分を盛り上げる。


「レイ様! 見てください、海ですよ!」


 岸壁へ寄せる波はちゃぷちゃぷと穏やかに音を立てて、遠くに見える水平線には小さな島々が浮かんで……美しい風景に、フローラは息を飲む。


「綺麗ですね……!」

「ええ。本当にあなたは可愛らしい」

「えっ。私は海の話をしていたのですが」

「私はたった今、決めました。たとえ忙しくても、できる限り旅をしようと」


 目の前には見渡す限りの海が広がるというのに。話の噛み合わないレイは、ただフローラを愛しげに見つめている。


「これから先も、色々な景色を見たいです。フローラと一緒に」


 爽やかな海風が、熱くなった頬を撫でてゆく。

 フローラはレイの甘い視線を受け取ると、彼の腕へと身を委ねたのだった。






「遅かったのではありませんか! フローラ様、レイノル殿下!」


 宿へと戻ると、ロビーではカロンが二人の帰りを待ち構えていた。横になって休憩したからなのか、彼女はすっかり元通りである。回復が早い。


「カロン。まだ、消灯前ですが」

「でも日は落ちたでしょう! 心配したのですよ!」

「すみません……カロン様」


 カロンに心配をかけてしまったフローラは、ただただ謝るしかない。


 実はあのあと、港にあるレストランへ立ち寄って、その後も松明の明かりに照らされたメイン通りを散策して……

 そのせいで随分と時間が経ってしまった。カロンが心配しても仕方がない。


「すみませんカロン様……ご心配をおかけして。こちら、カロン様へのお土産なのです。皆とお揃いのガラス玉なんですけど」

「私に……?」


 日が暮れても人の絶えない通りには、露店が多く並んでいた。

 初めて見た海を忘れたくなくて。フローラは、何か思い出になるものが欲しいと思った。そんなとき目にとまったのは、海を思わせるような美しいガラスを扱う店だ。そこで目移りしながら選んだガラス玉は、深い青。


「とっても綺麗だったので……今日の記念に、と思って選んだのです。よろしければカロン様にも」

「お揃い──まさかフローラ様とも、お揃いですか」

「は、はい」


 カロンは目を輝かせながらフローラのガラス玉を受け取ると、その胸にぎゅっと握りしめる。


「フローラ様ありがとうございます……一生大事にいたします」

「いえ、そんな大袈裟なものでは」

「こちらは我が家の家宝にいたしましょう」


 (喜んでもらえた……のかしら)


 露店のお土産に『家宝』は言い過ぎだと思うけれど、カロンに喜んでもらえたのならフローラは嬉しい。

 それにこれは────




『これを見るたびに、今日を思い出しますね』


 露店で、彼がこちらを見る瞳は嬉しそうで。二人並んで選んだガラス玉は、フローラにとっても大切な宝物となった。

 レイと、生まれて初めての海を見て、名物料理を食べて、宵闇の港町を歩いて、露店をまわって……

 深い青色は、今日一日の思い出が詰まったものになったのだった。

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