海辺の町
行程の計画としては、途中の宿場町でカロンの休息をとりながら、数日間をかけて大神殿まで向かう予定だ。
カロンひとりであれば一日で向かうところを大人数になってしまったため、魔力の消耗を考えてのことだった。
「それではカロン様、よろしくお願いします。人数も増えてしまったのですが……」
「フローラ様ありがとうございます。ご心配には及びません、何度も休憩を頂けるようですから。それでは参りましょう」
皆が手を取り合うと、カロンから溢れた魔力があたりを白く照らし出す。
まばゆい光に包まれて、フローラ達は大神殿へと旅立った。
白い光からひと呼吸おいて降り立ったのは、潮の香りのする町だった。
海鳥の鳴き声に、海から吹く強い風。どうやらここは港町のようである。行き交う人々の声があちこちから耳に届いて、通りには活気が溢れていた。
「皆様。ひとつ目の宿場町に到着いたしました。本日はこちらで宿を取り、休憩させて頂きます」
涼し気なカロンは、慣れた足取りで港町の雑踏を進んで行く。フローラ達もそんな彼女の後を続いたのだが……
「レイ様……私達、見られていませんか?」
「フローラもそう思いましたか。私もです」
フローラが小声で耳打ちすると、レイも深く頷いた。
男装の麗人カロンを筆頭に、庶民の服装を着ただけの美しいレイ、周りを警戒しながら歩く護衛四人、そしてちんまりと変装を施したフローラ。
レイもやっと気づいてくれたようだ。自分達が目立つ集団であることに。
この町に降り立った瞬間から、周りからの視線はびしびしと感じてしまっていた。港町に似つかわしくないデコボコな集団は、どうしたって周囲から浮いてしまう。
以前レイから『地味を装っている美少女』と称されたフローラだったが、この中では自分が一番地味なのではないだろうか。
カロン一行は宿へと急いだ。
周りの景色を見る余裕もないくらい、通りの注目を集めながら。
港からほど近くの宿に到着すると、やっと一息つくことができた。
女部屋は、フローラとカロンの二人きり。魔力を一度に大量消費したカロンは、早々に部屋のベッドへと倒れ込む。
「すみませんフローラ様。本来であれば、港町をご案内したかったのですが……」
「何を仰るのです。明日からの移動もありますし、カロン様はどうかゆっくり休んでください」
皆の前では平気そうにも見えたカロンであったが、本当はへとへとに疲れているようだった。いつも完璧な彼女が、珍しくも弱々しい姿を見せる。それだけ、フローラに心を開いてくれているということだろうか。
「ありがとうございます。……もしよろしければお時間もありますし、レイノル殿下と港町を散策してはいかがですか?」
「えっ、でも、カロン様は」
「私は休めば大丈夫ですから。マルフィール王国にいては、海など珍しいでしょう?」
そわそわとした気持ちを抑えるフローラを見抜いてか、カロンはそう言ってにっこりと笑った。
フローラ達の住むマルフィール王国は、大陸の中程にある内陸国である。
そこで十六年間育ったフローラは、実は海というものを知らなかった。海について本や絵で見聞きしたことはあるものの、実際にこの足で海辺の町へ降り立ったのは、初めてのことなのである。
波の音も、潮の香りも、感じるものすべてが新鮮で。宿の窓から見える景色にすら、心惹かれた。
「海……よろしいのでしょうか」
「ええ、少しくらい楽しみがありませんと……。けれど、必ず護衛を連れてくださいね、フローラ様」
「はい。では、少しだけ……行ってまいりますね」
フローラは部屋を後にすると、宿のロビーでレイを待つことにした。
もういちど海を見てみたい。港町の名物料理も食べてみたい。ロビーに貼られた色とりどりの貼り紙を見ているだけで、わくわくしてしまう。
(レイ様、早く来ないかしら)
ロビーで胸を弾ませるフローラの前には、次々と新たな宿泊客が現れる。カウンターへと並ぶのは、商人や、老夫婦、親子連れ……どうやらこの町は、観光で有名な土地のようだった。
その中にも、フローラ達の一行と変わらぬくらい目立つ集団が見える。赤髪の男を先頭に、彼の後ろには同じような体格の良い男達が数人、受付を待っていた。
彼らは受付を済ますと、慣れた足取りでドヤドヤと部屋へと上がってゆく。その様子を目で追っていたフローラの背後から、やっと待ち人の声が聞こえた。
「フローラ。お待たせしました」
「あ、レイ様」
「……何を見ていたのです?」
レイは目ざとく、フローラの視線の先を追う。
客室へと上がる階段からは、もう彼らの姿は消えていた。
「私達以外にも、目立つ方々がいたのでつい……」
「こういう活気のある町では、珍しくないのかもしれませんね」
そう言うと、レイはフローラの手を取った。
途端に気持ちが浮き足立つ。見上げれば、優しく微笑むレイの瞳。
「さあフローラ、行きましょう」
「はい」
二人は手を繋ぐと、宿のロビーを後にした。港町の賑わいに胸を躍らせながら。




