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大神殿からの手紙

「お話というのは、我が大神殿のことなのですが」


 夕日に染まるマルフィール城。

 カロンから「話がある」と言われたフローラとレイは、レイの執務室にて彼女を待った。

 そしてやってきたカロンの口から『大神殿』という名称が出てきた瞬間、レイの顔が分かりやすく曇る。


「大神殿……先日、フローラは行かないと言ったはずですが」

「とりあえず、レイノル殿下はお話を聞いていただけますか」



 

 カロンはサビドゥリア大神殿からやってきた聖女の末裔であり、マルフィール王国へやって来た目的というのも聖女フローラを大神殿へ招くことだった。

 彼女の正体が明かされたその日、フローラがきっぱりと断ったことでその話は終りを迎えたはずなのだが、レイは依然として大神殿について過敏な反応を見せる。


「大神殿……お父様の話によると、ここからずっと東にあるのですよね」

「はい。私の家族はそちらに住んでおりますので、今でも時々、転移魔法で大神殿と行き来しております。その度に、神官達からは手紙を渡されたりしまして」

「手紙を?」


 カロンはおもむろに大きなカゴを取り出すと、その中身を豪快にテーブルへ広げてしまった。

 カゴの中からドサドサと現れたのは、手紙の束。それも、大量の。


「────これは」

「すべて、神官達からフローラ様に向けられた手紙でございます」

「私に!?」


 自分に宛てられたという手紙の量に思わず驚く。山積みにされた手紙の束は、よく見てみると封筒ひとつひとつが分厚くて……この手紙の山を読み切るには、どれほどの時間を要するというのだろう。


「単刀直入に申し上げますと、大神殿に住む者達がフローラ様にお会いしたいと」


 カロンは手紙の山を見つめながら、細く長いため息をついた。


「マルフィール王国に聖女フローラ様が現れたと神官達へ報告しましたら、怒涛のように『ひと目だけでもお会いしたい』という手紙を渡されるようになったのです……挙句の果てには『お前だけ会えるのはずるい』などと言い出す者まで出てきまして」

「そんな」

「お願いですフローラ様。彼らにお姿だけでも見せてやってはいただけないでしょうか。私がお連れいたしますので……」


 いつも自信に満ちているカロンが、妙に弱気だ。それほど、神官達からの手紙攻撃に参っているのだろう。

 そんなカロンを見ても、レイは警戒の表情を崩すことが無い。


「私は反対ですね」


 彼はばっさりと言い放つ。


「仮にフローラが大神殿へと訪れたとして……そのように聖女を崇拝している者達が、フローラと会うだけで済むでしょうか」

「レイ様……」

「もし私が彼らなら、一度大神殿へ足を踏み入れたフローラをマルフィール王国へ帰すことは出来ませんね。待ち望んだ聖女の存在、更にフローラはこんなにも可憐で優しい心の持ち主です。あらゆる手段を使って大神殿へ留まらせることでしょう」


 フローラは、レイの強引さを思い出していた。

 魔法学園入学当初、彼はあの手この手でフローラへ接触してきた。フローラをずっと待ち望んでいたレイには、大神殿で聖女を待つ彼らの執着が分かるのかもしれない。


「神官達も、フローラ様のお気持ちを考えればそのような無理強いはしないはずですが」

「しかし大神殿が強硬手段に出てしまえば、カロン一人にそれを止められるとは思いませんね。現に、このように異常な数の手紙を渡されているではありませんか」


 レイの言葉に、図星であるカロンは口ごもる。

 目の前に積まれた手紙の山が物語る、神官達の『聖女』に対する崇拝、執着。それをカロンひとりで制御出来るとは言い切れない。でも────


「レイ様、そんなにカロン様を責めないでください。カロン様も板挟みになってお辛いはずです」


 ずっと険しい顔のままであるレイを窘めるように見上げると、たちまち彼の眉がスっと下がる。


「フローラ。もしかしてあなたは大神殿へ行くつもりですか」

「カロン様はなにも、以前のように大神殿で暮らそうと誘っているのではありません。大神殿の方々に、ご挨拶するくらいなら……」

「あなたの身になにかあったらどうするのです」


 レイが心配するのも無理はない。けれどこの状況を丸く収まるためには、自分が大神殿へと赴くことが最善とさえ思うのだ。これほど待ち望まれているのに、彼らの前へと姿を見せないというのも忍びない。


「大丈夫です、レイ様。私も転移魔法が使えますし……いざとなれば魔法で帰ってきますから」


 弱気なカロンと、ピリピリしたレイ。執務室の雰囲気は最悪である。

 そんな二人を安心させるためにフローラは笑顔を作ってみせるが、レイの顔は相変わらず心配げなままである。




「──でしたら、私も同行します」

「えっ。レイ様も?」

「はい。フローラとカロンだけでは不安です。もちろん、護衛も連れて参りましょう」


 レイはしばらく思案したあと、なんと自分も行くと言い出した。驚くフローラのすぐ隣で、カロンは意外にもホッと息をつく。


「レイノル殿下なら、そう仰って下さると思いました」


 いつもレイとは犬猿の仲であるカロンが、彼の言葉に安堵の表情を見せた。実のところ、カロンひとりでは不安であったのかもしれない。


「でもレイ様、お忙しいのでは」

「予定を詰めて、なんとかしましょう」

「それにカロン様とはいえ、レイ様や護衛を沢山連れての転移魔法は魔力の消耗が激しいかと……」

「何日かかけて、宿場町で休息を入れながら参りましょう。絶っ対、あなた達二人だけでは行かせません」


 何を言っても、ついて行くと決めたレイの意思は固いようである。そうと決まれば、とレイはスケジュールを確認し、カロンと予定を詰め始めた。

 レイもカロンも、人並み外れた行動力の持ち主である。フローラが口を挟む暇もなく、みるみるうちに大神殿へと行く日取りは決まってゆく。


(すごいわ二人とも……)

  

 話の早い二人をぼんやり見ながら、フローラは大神殿へと思いを馳せた。

 父の故郷。聖女を祀る神殿。

 期待と不安が入り交じりながら、執務室の夜は深けていった。

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