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魔法学園の卒業式

 青く澄んだ空に、早咲きの花びらが混ざり合う。

 春を感じる風が吹き抜けるこの日、魔法学園では卒業セレモニーが行われた。


 講堂での厳かな卒業セレモニーが終わり、学園は晴れやかな顔の卒業生たちと別れを惜しむ下級生でごった返す。

 その中には兄・オンラード達の姿もあって────


「いやです、卒業しないでくださいオンラード様」

「シーナ……泣かないで」


 別れを惜しんで涙するシーナと、彼女の涙を拭うオンラード。二人は周りの目も気にすることなく、講堂のそばで向かい合っていた。


「オンラード様が学園からいなくなってしまうなんて寂しくて」

「卒業したって、いつでも会いに来るよ俺は」

「嘘。卒業してしまえばオンラード様は忙しくなって、きっと私のことなど忘れてしまいます……」


 今日で学園を去ってしまうオンラードを前に、シーナの瞳からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。その涙を目の当たりにして、兄はさらにおろおろと狼狽えている。


 フローラは、そんなふたりの様子を講堂の影から目撃してしまった。兄とシーナへ声をかけようと近づいてみたものの、彼らのただならぬ雰囲気に思いとどまったのだ。


(これは……声をかけられる雰囲気じゃないわね)


 魔法学園三年生であった兄オンラードは、卒業後の進路として魔法院へ入り、実技指導者としての訓練を受けることが決定している。

 幻獣使いとしての稀な能力と魔力の高さを評価された彼は、学園から『卒業後は教師にならないか』との誘いを受けていたのだ。


 王立魔法学園の教師といえば、誰もが一目置く立場にある。

 身元も保証され、安定した職業。さらに自身の能力を活かせることができるなら……と、学園からの話に喜んで飛びついたかたちだ。

 

 とはいえ、兄の座学成績を知るフローラとしては信じられない進路なのだが、兄本人は至って本気のようで。現に、時々レイの手を借りながら猛勉強をこなし、魔法院入学をつかみ取った。

 そんなオンラードには動機がある。


「シーナのこと、忘れたりするはずないだろ」

「だって」

「俺、こんなやつだけど……魔法院を出て無事に教師になれたら、シーナの両親もきっと認めてくれる」

「オンラード様……」

「その時はシーナ──お、俺と一緒になってほしい!!」


 突然、学園中に響き渡る兄の大声に、フローラは驚愕した。


(兄様!?!?)


 公開プロポーズさながらの告白に、周りの生徒達からどよめきが起きる。しかしそんなことも気づかぬくらい、オンラード達は二人の世界に入ってしまっているようで。


「ほ、本当ですか、オンラード様」

「本気だよ。俺、頑張るから」


 不意打ちのことに驚きで目を丸くしていたシーナ。けれどオンラードの言葉が本気であるとわかると、たちまち頬はピンクに染まり、その顔は花のように笑みが広がる。


「……はい! 私、待っています」


 兄からの公開プロポーズを受け、シーナの涙もすっかり止まってしまった。

 フローラはその姿に安心すると、ふたりのそばから足早に立ち去ることにしたのだった。




(シーナ様、とっても嬉しそうだったわ)


 あの二人なら、きっとお似合いの夫婦になる。

 シーナの笑顔で幸せな気分になって、気分よく歩いていると……その先で今度は謎の行列に遭遇した。

 女性徒ばかりの行列は校門の前まで続いていて──先頭へと目を凝らしてみれば、行列の発生源はなんとカロンだ。


(さすがカロン様……『学園の女王』ともなると、お別れの挨拶をするためにも順番待ちなのね)


 成績優秀であったカロンは、魔法学園卒業後の進路としてマルフィール城の文官として働くことが内定している。フローラがレイの婚約者に選ばれた際、「聖女フローラをそばで支えたい」と選んだ進路なのである。


 そのため、卒業後もカロンと会えなくなるわけでもないのだけれど、お祝いの言葉は今日伝えたい。行列に並んでいる女生徒達の気持ちがよく分かる。

 フローラも周りにならって、行列の最後尾へと並ぶことにした。皆、カロンへの花束やプレゼントを手にしていて、フローラもなにか用意すれば良かったと後悔しながら、少しずつ前へと進む。

 ほどなくして順番が回ってくると、フローラはカロンに向き合い、深々とお辞儀をした。


「カロン様。首席でのご卒業おめでとうございます!」

「フローラ様……!」


 卒業生代表として答辞を読んだカロンは、首席で卒業するものだけが身につけることのできる長いマントを羽織っていた。それは学園一の名誉で晴れ晴れしい卒業のはずなのに、フローラを前にした彼女の表情はなぜか悲哀に満ちている。


「フローラ様……私、卒業したくありません」

「えっ」

「卒業してしまっては、これまでのように学園でフローラ様をお守りすることができません。いっそオンラードのように学園の教師に立候補すれば良かったかしら……」


 カロンは、卒業してフローラを守れなくなることを危惧していたらしい。ブツブツと呟く彼女は、真剣に悩んでいるようだった。


「大丈夫ですよ。カロン様のおかげで友人も増えましたし、魔力も使いすぎないよう気を付けますし」

「けれど、いつ何時悪意にさらされるか分からないではないですか!」


 心配性なカロンの迫力に、思わず圧倒されてしまう。彼女のことだから、卒業後はしばらくこうして心配し続けるのかもしれない。


「なにかあれば、すぐカロン様へご相談しますから」

「本当ですか? フローラ様、本当に本当ですか……」


 ひとこと「おめでとうございます」と伝えたかっただけなのに、気づけば随分と時間を取ってしまっている。フローラの後ろにも、カロンに最後のあいさつをしたい女生徒はずらりと並んでいて。これ以上話し込んで待たせてしまうのは忍びない。


「あの、そろそろ後ろのかたと交代しないと……それではカロン様、またお城で」


 後ろの待ち人数が気になって仕方がないフローラは、もうむりやり話を切り上げることにした。

 立ち去ろうとするフローラに、カロンは「そうだ」と何かを思い出したようで。その顔はなぜか気まずげに暗くなる。

  

「フローラ様。のちほどレイノル殿下の執務室へ伺います。そのときに、少しお話が」

「話……ですか?」

「はい。フローラ様も同席してくださいますか」


 城で改まって、レイとフローラに話があるのだという。


(なにかしら……?)


 フローラのみならず、レイにも通したい『話』とは。 

 フローラは首を傾げながら、行列をあとにしたのだった。


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