カロンの憂鬱
こうなることは予想はしていた。
でも、置かれた状況は想像以上で────
薄暗く狭い部屋に、淡く白い光が浮かび上がった。
光の中から軽やかに現れたのは、この部屋の主であるカロン・グラニティス。フローラと同じホワイトブロンドの髪を持つ、大神殿出身の彼女である。
その端正な顔には疲れが入り交じり、帰郷で得た複雑な心境を物語っていた。
今回も、両手いっぱいに渡された手紙。転移魔法でマルフィール王国の自宅へと戻ったカロンは、手紙をカゴの中へ乱雑に放り込んだ。
毎回、こうしてやり過ごしてきた。そして今回も見て見ぬふりをしようとして……けれどカゴへ山積みになった手紙は、とうとう雪崩のように崩れ落ちてしまう。
「……はあ」
足元に散らばった手紙を仕方なく拾い集めると、身体の底から大きなため息が絞り出される。
手紙の数が多い。一通一通の厚みが重い。積み上げられる手紙の束は、物理的にも心理的にも、カロンをどんどん追い詰める。
(お父様もお母様も、神官長様も……。仕方ないじゃない、フローラ様はマルフィール王国に住み続けると決めたのだから)
迷いの森に住むフローラは、大神殿が何百年と待ち望んだ『聖女様』。
そしてマルフィール王国王子・レイノルが溺愛する婚約者。
フローラからは先日、「大神殿では暮らせない」と……大神殿の申し出を断られてしまった。
彼女自身の意思であれば仕方がないし、返事はカロンから大神殿へと報告済みだ。神官長へも、その話は通したはずであったのだが。
(『聖女様の意志を尊重して』……そう言ったのは、神官長様ご本人なのに)
この手紙の山を漁れば、きっと神官長のものも出てくることだろう。それもきっと一通だけではないだろう。何通も何通も出てくることだろう──聖女フローラ宛ての手紙が。
(気持ちは分かるけれど、どうしろっていうのよ)
今回は参ってしまった。
大神殿へと帰るたびに、家族は言う。『聖女様は、いつ大神殿へお見えになるの?』と何度も何度も。これだけであればいつもの事で、はぐらかすこともできたのだ。
しかし今回はめったにいない祖母が同席していた。穏やかで信心深い、カロンの祖母。子供の頃からずっと優しい、自慢の祖母だ。
そんな彼女が目尻を下げて嬉しそうに言うのだ。『死ぬ前に聖女様にお会いできるとは、長生きするものだねえ……』と、喜びをしみじみ噛み締めながら。
「あーーっ……」
カロンは思わず、雄叫びを上げる。
だって、カロンは聖女フローラのことが大好きなのだ。無理を言って嫌われたくない、彼女を困らせたりはしたくない。
けれど大神殿の神官達も、ずっと共に暮らしてきた仲間であって。カロンには、彼等の気持ちが気持は痛いほど分かってしまう。祖母のやわらかな声はゆるゆるとカロンの胸を締め付けて、耳から離れてくれなくて──
拾い上げた手紙の束は用意したカゴに収まりきらず、またもや床へとすべり落ちた。
どさどさと滝のように落ちる手紙。もう、拾う気力がない。
カロンは板張りの床に広がる手紙を見つめると、今日何回目かのため息をついたのだった。
3部の投稿をはじめました。
よろしければお付き合い下さると嬉しいです!




