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珍獣



 マルフィール魔法学園の図書館、フローラは窓際で一人座っていた。


 目の前には『聖女伝説』『幻獣大図鑑』『現代における聖地巡礼』『上級魔法入門』など、手当たり次第ピックアップした本が高く積まれている。

 

 フローラは、昨日のショックからまだ立ち直れないでいた。

 レイと話して、兄と話して、そして両親から話を聞いて……これまで培ってきた自分の常識が、全部疑わしいものになってしまったのだ。とりあえず両親がどのような世界を生きてきたのか、本でも読んで確認しておこうと思ったのだが……

 

 (だめ。全っ然、頭に入ってこないわ)


 先程から、パラパラとページをめくっては本を閉じて、を繰り返している。もしかすると、まだ衝撃的な事実を受け入れることが出来ていないのかもしれない。




「ケット・シーなら、そこの『幻獣大図鑑』五十六ページですよ」


 突然、背後から耳元で囁かれた。レイだ。

「……レイ様」

「おや、昨日のように驚いたり嫌がったりしないのですね」


 レイは小声で話しながら、当たり前のようにフローラの隣へ腰かけた。図書館内から、痛いくらいの視線を感じる。けれどフローラは自分が『普通』ではないと分かった今、もうどうでもいいという諦めにも似た気持ちにもなっていた。


「ページ数まで覚えているのですか」

「読んだ本は覚えていますよ。だいたいですが」


『幻獣大図鑑』の五十六ページをめくると、本当にベルデそっくりの幻獣ケット・シーが載っていた。

「ベルデだわ……」

「ベルデですね」

 昨日正体がバレたベルデ。今朝は開き直ったように二足歩行で歩いていた。それを見たときの悔しさといったら。

「ずっと普通の猫だと思ってたのに」

「幻獣でしたね」


 悔しさがフローラの顔ににじむ。

 そんな彼女を、レイは隣から面白そうに観察している。屈辱的だ。

「レイ様。悔しいけれど、うちは『普通』じゃありませんでした」

「認めましたね?」

「母は幻獣使いの村出身で、父は聖女の末裔でした」


 レイは目が点になった。


「それは本当ですか」

「本当です」

「そうですか……」


 そして震え出したと思ったら。

「ははっ…………あなた達はほんと……おかし過ぎるっ…………」


 レイが、なんと声を上げて笑い出したのだ。静かな図書館内にレイの笑い声が響く。

 今度はフローラが驚く番だった。いつも澄ました顔のレイが、お腹を抱えて笑っている。

 

「ちょっとレイ様、図書館ですよ……!」

「すみません。こちらの想像を遥かに越えていたので……」

 フローラが小声で諫めるが、レイはまだ肩を震わせ、声を殺して笑っている。何をそんなに笑うことがあるのだろう。悔しい。


「あっ、レイ様。この事も秘密にして下さいよ」

「当たり前です、こんなこと誰にも言えない」

 あーおかしい。と、レイは目尻の涙を押さえた。






「おまえ、すげえな」


 家に帰るなり、オンラードから畏敬の眼差しを受けた。

「なに?」

「図書館で、あのレイを爆笑させたって?」


 兄が言っているのはきっと、コバルディア家についてレイにお腹を抱えて笑われた、あの屈辱的な事件のことだ。そこそこ人目はあったが、そこに居なかった兄がなぜその事を知っているのだろう。


「今日の事ね。なぜ兄様が知ってるの」

「なぜって、学園じゃ皆知ってるぞ。図書館でレイとフローラがイチャイチャしてたって噂」

「イチャイチャなんてしてないんですけど!?」

 どこをどう見たらそうなるのだ。あれは一方的に、レイから面白がられていただけだろう。


 しかし、基本一匹狼で、能動的に人と関わることのないレイ。そんな人が、いつもどこからともなく現れて、背後から話し掛けて。微笑む。挙げ句、爆笑する。そんなことが続けば、周りから勘違いされても当然かもしれない。実際「イチャイチャしてた」なんてデマが流れてしまっているわけだし……。

 

「どういうつもりか知らねえけど……お前、レイから相当気に入られてんな」

「あの人ってば私達のこと、珍獣か何かと勘違いしてるのよ」

「そうかもな……」


 二人は揃ってため息をついた。

 足元ではベルデがスタスタと歩いていった。






 フローラ自身も、『珍獣』の自覚はあった。


 入学後、魔法の実技授業を受けて驚いたのだ。

 (これ……ずっと家で普通にやってることだわ……)

 魔法で火をつけることも、水を生み出すことも、風をおこすことも。フローラは授業で習う必要が無かった。

 かまどやオーブンは魔法で点火しているし、風呂にも魔法で湯を張っている。そして濡れた髪は魔法で風をおこして乾かすのだ。

 コバルディア家の生活には、当たり前に魔法があった。学園では目立ってしまう転移魔法だって、フローラにとっては生活に必須の技術なのだ。

 試行錯誤しながら初級魔法を習得してゆく同級生達を見て、フローラは自分のズレを日々再確認していたのだった。




 そしてズレたまま、入学直後に行われた実力試験。その試験結果が、職員室前の掲示板に貼り出されていたのだが。

 試験を受けた当時、目立ちませんように……と願いを込めてあんなに手加減したというのに、フローラ・コバルディアの名は実技一位の場所に記されている。


 (な、なぜ…………)


「流石ですねフローラ」


 また後ろから……レイだった。

「こちらも……流石としか言いようがありません」


 彼は実技順位表から視線を外し、座学順位表を指差している。一位から順に視線を流し……フローラの名前が見つかったのはなんと最下位だった。

「どうしてこうなるのですか、あなた達は」

「あなた達って……まさか兄様も?」

「そうです。オンラードも実技は飛び抜けているのに、座学はいつも最下層をウロウロしています」


 小さな頃から感覚だけで魔法を使いまくっていたコバルディア兄弟は、魔法の理屈というものが分からなかった。なまじ魔法が使えてしまうために、魔法の生い立ちやら成り立ちなどに全く心が動かないのだ。


「なんか……座学って、頭に入ってこないんですよね」

「オンラードと同じことを言ってますね」


 レイが珍獣を見る目でフローラを見下ろす。その更に後方から、ひそひそと囁く声が聞こえた。


「あの子、座学最下位だって……」

「笑っちゃう……大したことないんじゃん」

「レイ様も幻滅したんじゃない?」


 彼女達はレイのファンだろうか。フローラは一位と最下位を同時に獲ったことで、どうやらまた悪目立ちしてしまったようだ。フローラまで届く計算された声のボリュームは絶妙で、女子同士の闇を感じさせた。


 (レイ様のファン、怖っ……)


 フローラに彼女達の声が聞こえたということは、隣に並ぶレイの耳にも届いているはずだ。

 あなた様のファンに陰口言われてるんですけど? と文句言いたげな視線をレイに送ると……彼の美しい顔は、なぜか静かに怒っていた。


 (……なんで? こっちの方が怖い!)


「フローラ。来なさい」

 レイの声が怖い。丁寧なのに怖い。

「ど、どこへ」

「図書館です。勉強を教えて差し上げましょう」


 レイはフローラの手首を掴むと、図書館への道を辿り始めた。






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