あまくやさしい魔法
魔力が爆発したあの日から、数日後。
フローラは住宅街の真ん中に立っていた。両脇にはレイと、なぜかカロンも一緒に。
「カロン、なぜ貴方までいるのです」
「なぜって……今日またフローラ様に異変があったらどうするのですか。そうなる前に、私がお止めしなければ」
「私がいますので大丈夫ですよ。貴女はお帰りになられては?」
「レイノル殿下に一体何がお出来になるというのでしょうね。いざという時には私の方が、ずっとお役に立つと思いますが」
レイとカロンは、フローラをはさんでずっとこの調子だ。フローラに魔力が戻っても、変わらず二人の相性はあまり良くない様子である。
『もし自分が聖女であるというのなら、力が欲しい────』
あの日、心からそう望んだフローラ。
すると望み通り、『聖女』並の魔力が再びよみがえった。まるでフローラが『聖女』であると、証明するかのように。
これではもう『聖女』として自覚せざるを得なくなってしまって……カロンに否定することも難しい。フローラが否定しないのをいいことに、カロンもフローラを『聖女』として、おおっぴらに構い倒し始めたのだ。
「レイ様もカロン様も。もうやめて下さい……仲良くしませんか」
フローラが口論を諌めると、二人はやっと大人しく収まった。レイもカロンも、フローラを困らせることは本意でないらしい。
そもそも、今日ここまで来たのは二人をケンカさせるためでは無い。フローラには、魔力が満ちた状態で会いたい人物がいたからだ。それは魔力が戻った今、やっと叶うことになる。
「フローラさま?!」
「イーゴ君、こんにちは」
「来てくれてうれしい! カロンさまも!」
二階の扉を開けると、ふわりと香る薬草の匂い。部屋の奥からは、明るいイーゴの笑顔がフローラ達を出迎えた。
先日カロンが施した治癒魔法のおかげで、イーゴの体調も安定しているようだ。
「このあいだフローラさまから貰ったクッキー、とっても美味しかったよ!」
「そう、よかったわ。また作るわね」
「本当!? またぼくだけに作ってくれる?」
「え、ええ」
フローラ達が来てからというもの、絶妙にレイのことをスルーしつつ牽制も忘れないイーゴ。五歳とは思えぬテクニックである。
フローラは感心しつつも、ここに来た本題をイーゴに切り出した。
「イーゴ君。実はね、私、魔力が戻ったの」
「えっ……! よかったねフローラさま!」
イーゴは、自分のことのように喜んでくれた。
やさしい子だ。フローラが魔力を失っていた時も、彼は変わらぬ態度で慕ってくれていた。レイと同じように。
「だからね、今度こそ……イーゴ君を治したいと思ってる」
「えっ……このあいだ、カロンさまが魔法をかけてくれたじゃない。それじゃだめなの?」
一見すれば、イーゴの体調は良く見えた。顔色も良く、呼吸も穏やかだ。
けれどそれも一時的なもの。ベッドからは離れることが出来ないし、根本から治さなければイーゴは一生この部屋から出られないだろう。
(今の私なら、きっとイーゴ君を治せる)
子供の頃──レイが迷いの森に迷い込んだあの日。
身体が弱く衰弱し切ったレイを、幼いフローラは健康体にまで癒すことができた。
あのころより成長し魔力も完全に戻った今、イーゴの病も、きっと……
「これで治癒魔法も最後になるように、一緒に頑張ろう」
「最後……? 最後ってどういうこと?」
「イーゴ君がもう苦しい思いをしないで済むように……私、力になりたいの」
「フローラさま……」
イーゴは複雑そうな表情を浮かべたまま俯く。
フローラだって、自信がある訳じゃない。けれど、きっと出来ると信じて──『聖女』と呼ばれる自分を信じて、彼の小さな身体をそっと抱きしめた。
そんなフローラを、レイとカロンが心配げに見守っている。
「フローラ、決して無理をしないように」
「フローラ様。約束を守って下さいね」
ここへ来る前、フローラは二人と約束したのだ。
『無理はしない』と、レイとカロンを安心させるために。
イーゴに治癒魔法を施したいと言い出したフローラに対し、レイとカロンは猛烈に反対した。なにせ魔力を失った前例をつくってしまったため、心配性な二人からは過保護なほど心配されているのだ。
フローラは二人に向かって静かに頷く。
そして再びイーゴへと向き合うと、不安げな彼をできるだけ安心させたくて笑顔を作った。イーゴは小さな手で、フローラの身体へしがみつく。
「……フローラさま、いいにおいがする」
「そうかしら? 何の匂い?」
「あまくて……やさしいにおい」
イーゴはぽつりとそれだけ言うと、瞼を閉じてフローラへと身体を託した。その姿を確認したフローラも、イーゴをふわりと包み込む。
するとフローラから漏れ出す白い光が、フローラとイーゴの二人を覆い始めた。
「イーゴ君が、元気になりますように」
そう呟いた次の瞬間、フローラの身体からは膨大な光が流れ出た。白く輝く光は、イーゴの部屋をあっという間に埋め尽くす。
白い光の中、苦くきつい薬草の匂いは消え去り、代わりに辺りを満たすのは甘い香り。
その癒しの香りは、イーゴを、フローラを、レイをカロンを……あたたかい世界へといざなった。それは部屋ごとフローラに包まれているような錯覚を引き起こす。
「これが……フローラ様の癒しの力……」
「……迷いの森で救われた、あの時と同じです……何もかも」
輝く光の粒は部屋中を舞い、やがてイーゴの胸へと勢いよく流れ込んでゆく。
あまりの出来事に身を固くしていたイーゴも、次第に目を細め、その魔力のやさしさに身を任せた────
次回、二部の最終回となります。
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