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カロンの本懐

「大神殿……?」

「はい。フローラ様なら、きっとご存知でしょう」


 カロンは恭しく跪いたまま、フローラを見上げた。その顔に浮かぶのは、これまでの涼し気なものとはまったく異なる……羨望の眼差し。まっすぐにフローラだけを映すその瞳は、それが嘘偽りないものであるということを物語っている。


「それは……もしかして、父が仕えていたという神殿でしょうか……?」

「そう。ここから遥か東にある、サビドゥリア大神殿です。我が一族は、代々そちらに仕えております」


 突然のことに、フローラの頭はついていけていなかった。

 今日の今日まで、カロンは『魔法学園の女王』であり、優しく頼もしい上級生であり……憧れの人であったのに。彼女がいきなり『大神殿に仕える一族』を名乗り、『フローラのしもべ』などと言う。

 混乱するフローラに、引き続きカロンは告げた。


「私も同じく『聖女様の末裔』なのですよ、フローラ様」


 衝撃の事実に、あたりは水を打ったように静まり返る。

 フローラと同じホワイトブロンド、同じグリーンアイを持つその姿で、カロンはそのまま『聖女』フローラを見つめ続けた。






 かつてサビドゥリア大神殿で絶大な求心力を誇っていたといわれる『聖女』。

 大神殿に仕える聖女の末裔達は今も信じ続けていた。『聖女は生まれ変わる』『また現世に現れる』──そして、世に希望と癒しを与えるのだと。


 末裔達も、聖女の容姿や癒しの力を受け継いではいるという。

 しかし『聖女』と呼ばれるほどの強い治癒力を持った者は一向に現れることはなく、彼らはただひたすら聖女信仰を生きがいとして日々を送っていた。


「そんな中、マルフィール王家が出した『探し人』の御触れは、遠く我々の大神殿にまで届きました。まさか、聖女様がマルフィール王国に現れたのでは、と」


 マルフィール王家が探す人物──強い治癒力を持つ少女。マルフィール王国王太子と同年代で、輝くようなホワイトブロンドに白い肌、翠の瞳。


 御触れの示す人物像は、サビドゥリア大神殿に言い伝えられてきた『聖女』の特徴と完全に一致していた。


 (そういえば……お父様も言っていたわ。『フローラはどんどん聖女様そっくりになってゆく』って)


「王子と同年代……ということでしたので、おなじく同年代の私がマルフィール王国まで参りました。もしその『探し人』が本当に聖女様の再来であれば、神殿を代表してお仕えしたく」


 しかし、カロンはマルフィール王国へやって来て驚いた。なんて『偽物』の多いこと。

 大神殿でも、ホワイトブロンドの髪色など末裔一族以外には珍しいというのに、当時この国は染められたホワイトブロンドで溢れていた。

 おまけに、カロン自身もその髪色と瞳の色のおかげで『王子の婚約者候補』として名乗りを上げていると囁かれる始末。


「なぜか私まで巻き込まれて……馬鹿馬鹿しいと思いました。王子目的の偽物だらけで、この国には聖女様はいらっしゃらない。私共の勘違いであったのだと諦めて、大神殿へ帰ろうとしたのです」


 カロンが諦めかけたその時、その人は現れた。


 目を疑った。

 ある日突然、『聖女』が制服を着て、平然と学園を歩いていたのだ。輝くばかりのホワイトブロンドの髪をなびかせ、けぶるまつ毛に彩られた美しいグリーンアイを瞬かせ。

 さらに誰へも分け隔てなく施す癒しの魔法は、人並外れた治癒力を持っていた。


 それが『平凡』から吹っ切れたあとのフローラだったのだ。

 

「まさにフローラ様は聖女様の再来だと確信しました。諦めていた手前、夢のようでした……まさか私共が待ち望んだ聖女様に、今世でお会い出来る日が来るなんて」

「い、いえ、私は聖女などでは無いのですが」

「大神殿でもフローラ様ほどの治癒力を持った者はおりません。まさに、そのお力は『聖女様』である所以です」


 ただ、カロンが気づいた時にはもう、フローラと王子レイノルの婚約が結ばれていて。

 それならば学園卒業後はマルフィール城で働き、陰ながらフローラを支えていこうと心に決めていたのだが。


「フローラ様は魔力が無くなってからというもの……心無い言葉を投げられ、いじらしく悩まれ……そのような姿を放ってはおけませんでした。差し出がましいかとは思ったのですが、ついお節介を」

「そんな。カロン様にはどれだけ助けられたか分かりません」

「……ありがたいお言葉です」


 そう言いながら、カロンはその瞳を潤ませた。


「大神殿は、何百年も貴女様を待ち望んでおりました。今は魔力が無くとも、フローラ様は正真正銘『聖女様の再来』です。皆、持てる力全てを使って誠心誠意お仕えいたします」

「で、ですから私は聖女などでは……」

「──フローラ様。もし宜しければ、大神殿で我々と共に暮らしませんか」

「えっ……」




 出来ることなら、『聖女様』を再び大神殿に。


 それが大神殿に仕える者達の本懐であり、カロンがマルフィール王国へ送り込まれた目的でもある。

 同年代として親交を深め、聖女をサビドゥリア大神殿へと招く。それがカロン本来の使命だ。


「大神殿に……私が?」

「大神殿には、フローラ様を利用する者も、心無い言葉を吐く者も……束縛する者もおりません。フローラ様はただ心穏やかに、我々を見守ってくだされば良いのです」


 カロンの言葉に戸惑うフローラは、思わずレイを見上げた。

 隣に立つレイは何も言わず、『聖女』と呼ばれ続けるフローラをただ見つめている。




 見つめ合う二人の視線を遮るように、カロンは言葉を続けた。


「これはフローラ様がお決めになることです。さあ、フローラ様──」


 すぐそばで、レイが見ている。

 オンラードもシーナも、騒ぎに集まった生徒達も……フローラの返事を、待っている。


 (私……私は)


 カロンの熱い想いを受け止めたフローラは、意を決して口を開いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] カロン様、推しに対して強火なだけでした…(笑)
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