女王のポーカーフェイス
裏庭の魔法練習に参加する顔ぶれも、そろそろ決まったメンバーになってきていた。
飛び入り参加など多少の動きはあるものの、集まるメンバーはだいたいカロンに憧れる女生徒達で。
三年生であるカロンは、この春、魔法学園を卒業してしまう。彼女を慕う者達にとって残された時間はあと僅か。これはカロンと共に過ごせる貴重なひとときなのだ。
そして、フローラもそのメンバーの一人に他ならない。慣れたもので、フローラも彼女達の輪の中へと当たり前のように入ってゆく。
(兄様からは、カロン様について忠告されたけれど……)
今も、カロンはメンバー達に囲まれてやわらかく談笑している。その様子はやっぱり凛々しく立派で、毎日のように顔を合わせているというのに、その美しさに見とれてしまうほど。
「フローラさん、ぼーっとしてどうしたの?」
「えっ……あっ」
フローラの熱い視線に気づいたカロンから、心配げに声をかけられた。
彼女に見とれていて、思わず見つめすぎてしまっていたようだ。いつの間にか二人はバッチリと目が合っていて。カロンは我に返ったフローラを見て、可笑しげにクスリと笑った。
「す、すみません。カロン様に見惚れていました」
「私に?」
「はい。横顔が美しくて、すてきだなって」
フローラは思ったままを素直に口に出した。
誤魔化す必要もない。『魔法学園の女王』である彼女に見惚れる女生徒なんて、カロンの周りには沢山いるはず。こういうことなんて、日常茶飯事だろう。
てっきり、カロンからは「仕方がないわね」……なんて言われながら、いつものように笑ってやり過ごしてもらえると思ったのだが。
なにやらカロンの様子がおかしい。
「……カロン様?」
嘘みたいに、カロンの白い頬が赤く染まってゆく。熱い頬を隠すかのように、カロンは頬を両手で包んでまった。
「フ、フローラさん、冗談を仰らないで」
(うそ……? あのカロン様が)
レイを前にしても顔色ひとつ変えないカロンが、顔を赤くして言葉を失っている。恥ずかしがっている……というより、これは照れているのだろうか。からかったつもりでは無いのだが。
「失礼しましたカロン様、不躾に……思わず本心が口に出てしまって」
「本心……」
フローラの謝罪は追い打ちをかけてしまったようで、カロンの顔はますます赤く火照ってゆく。このようなこと、カロンほどの人ならば言われ慣れていそうなものだが、違っていたのだろうか。
「フローラさん、駄目よ。カロン様が困ってるじゃない」
「そういう事は思っていても口に出さないものよ」
「えっ……す、すみません」
その時、うろたえるカロンをフォローしようと、場に居合わせたメンバー達が口々にフローラを諌めた。
(そうね、皆の前でこんなこと言われたらカロン様だって困るわよね)
カロンなら受け流してくれると思っていた自身の軽率さに反省していると、いつの間にか皆の話題はフローラとレイの話へと移ってしまった。
「フローラさんといえば……毎日いらっしゃるわよね、レイノル殿下」
「みんな見てるのに、すごく甘い顔で」
「イメージ変わったわ。在学中はもっとクールな方かと思ってたのに」
どうやら毎日の送迎の件についてだ。皆、校門にて目撃しているらしい。
「フローラさん、愛されてるのね」
「レイノル殿下って、いつもあんな感じなの?」
「ええと、いつもという訳では……」
レイの立場を鑑みて彼女達には建前上そのように答えたが、おおよそレイはあんな感じだ。
淡々とした口調とは裏腹に、いつ会ってもフローラに甘いし、スキンシップも多い。そして隙あらばキスを落とす。そんな男だ。
「レイノル殿下とは、どんな話をするの?」
「馬車の中では、いつも何を?」
フローラとしては、早くこの話題が終わってくれることを願うばかりだった。余計な話題提供はしない。火に油を注ぐだけ。
どんどんヒートアップしてゆく彼女達の中、フローラはただ無心で相槌をうち続ける。
そして気がついた。一人だけ、この話題に顔色を曇らせている人物がいることを。
「……皆さん、あまり突っ込んだ質問をされてはフローラさんとレイノル殿下に失礼よ」
語気の強い一言が、裏庭に響く。
フローラへ助け舟を出したのは、カロンだった。先程まで真っ赤に染まっていた彼女の頬は、すっかり元通りに戻っている。
「そ、そうね、ごめんなさいフローラさん」
「つい、興味があって……」
ここはカロンに憧れる者達の集まりだ。カロンに注意されればもちろん、そこで話題は終わりを迎える。困り果てていたフローラも、ほっと肩を撫で下ろした。
(ありがとうございます、カロン様)
フローラがカロンに向かって軽く目配せをすると、カロンもフッと微笑んだ。彼女の動きに合わせて耳のピアスはゆらゆら煌めく。
そして再び、裏庭にはぽつりぽつりと和やかな会話が広がった。
時折起こる笑い声。皆に囲まれたカロン。その横顔はやはり涼やかで美しい。
(──気のせいだったのかしら)
レイの話題に困り、辺りを見回した時。
フローラは、たしかに見た気がしたのだ。
カロンの、曇ったその瞳を──




