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我が家の真実



「でしたら、婚約相手が私ならどうですか」




 フローラとレイは、しばらく見つめ合った。


 周りに聞こえぬよう囁くような小声で話していたため、フローラが聞き間違えたのかもしれない。間違いじゃなければ、レイと「婚約」と聞こえたのだが。


「ええと、ちょっと仰ってる意味が分からないのですが」

「王子との婚約は、嫌なのでしょう?私相手でも嫌ですか?」


 なぜそこでレイが出てくるのか、フローラにはわけが分からない。


「レイ様と婚約って……婚約ですよ?」

「はい、そうです」

「婚約っていうのは、結婚の約束なんですよ?」

「知っています」


 レイが淡々と相槌を打つので、こんなことで動揺している自分がおかしいのかとも思えてしまう。先程、フローラの中の常識が覆ってしまったことも一因にある。が、ここはやっぱり自分が正しいと信じた。


「結婚というのは、好きな者同士がするものであって、そう簡単には……」

「私は、フローラのことを好ましいと思っていますが」


 今度こそ、フローラは耳を疑った。

 顔を赤らめもせず無表情のまま「好ましい」と言ったレイ。出会ったばかりのフローラを「好ましい」と思うのは、フローラの癒しの力が? それとも容姿が? 


「そもそも、フローラはなぜ王子の婚約者になりたくないのですか。王子がどのような人物かも分からないのに、どうしてそんなにも王家から逃げるのですか」

「私は平凡な暮らしがしたいんです」

「もう既に『平凡』を逸してますが」


 フローラは、いちいちツッコミを入れるレイをギロリと睨んだ。


「お父様やお母様のように普通に恋愛をして、結婚をして、普通の家庭を築きたいんです。お父様みたいに癒しの力を活かして、治療院を開いたりして……」

「普通の家庭に幻獣はいませんし、転移魔法を叩き込む親もいないんですよ。ご存知ですか」


 レイがフローラの理想を隙無く突いてくる。もう認めてしまおう、コバルディア家は普通ではないかもしれないと。でも……


「それでも! 私にも理想の未来があるんです。愛の無い婚約なんて、王子相手でもレイ様相手でも出来ません」


 そう言い捨てると、フローラはレイを振り返ること無く売店前を去ったのだった。






 自宅に戻ったフローラはウィッグも眼鏡も外さぬまま、兄と両親の帰りを待った。

 今日レイと話すことで明らかとなったのだ。コバルディア家の『普通』が『普通』ではないことが。その事を伝えて、彼らは果たして何か感じるだろうか……

 明かりも点けない薄暗い部屋のなかで、ベルデと向かい合いひたすら待つ。フローラが「あなた、幻獣ケット・シーなんだってね」と話し掛けると、ベルデは「にゃーん」と返事をした。まるで人の言葉を理解しているかのように。


「あー、腹へった。フローラ、何か無い?」


 どかどかと兄オンラードが帰ってくると、ベルデは一目散に兄の足元へと駆け寄った。


「兄様。ベルデは幻獣なんですって」

「は? いきなり何だよ」

「兄様は幻獣使いなんですって」

「意味わかんねえ。誰がそんなこと言ってんだ」

「レイ様が」


 レイの名前を出した途端、オンラードの動きがぴたりと止まった。兄にとってレイは信用に値する人物なのだろう。フローラが冗談を言っている訳ではないと分かってくれたようだ。


「あと、兄様。普通は転移魔法で通学したりしないんですって」

「それは知ってる。でも俺等は転移魔法しか通学手段ねえだろ? 学校にも許可は貰ってるし問題ねえよ」

「それのせいで私達が異常に目立ってるの知ってた?」

「それは知らねえ」


 二人は目を合わせたまま黙りこくった。二人のあいだをベルデがふさふさと往き来する。

「にゃーん」

 静まり返るコバルディア家に、ベルデの鳴き声が響いた。




 とっぷりと日も暮れ、コバルディア家にオレンジ色の明かりが灯った。

 テーブルの上にはフローラお手製のシチューとサラダが四人分並べられ、ほかほかと湯気を立てている。


「あのね、お母さんは幻獣使いの村出身なの」

 

 両親の帰宅後、フローラは皆に話した。どうやら自分達は『普通』では無いらしいことを。それを聞いても父も母も全く動じず、「夕食を食べながら話をしましょ」ということになったのだ。

 

 母が幻獣使いの村出身だなんて、初耳だった。というか幻獣使いの村ってなんだ。


「ここからずっとずっとずーっと西にある国の、山に囲まれてる小さな村なの。村の人はみーんな幻獣使いで、お母さんも偉大な幻獣使いの子孫で」


 茫然としているフローラとオンラードをよそに、なつかしいわあ、と母は想いを馳せる。

 みんな幻獣使い、ということは母も幻獣使いということになる。そんなの知らない。フローラにとっての母は、治療院の受付をしている普通の母だったのに。


「聖地巡礼に訪れたお父さんと恋に落ちちゃって、駆け落ち同然で結婚したの」

 母と父は隣同士見つめ合い、お互いに頬を赤らめた。初々しい恋人同士のように。


「まってお父様。聖地巡礼って何。お父様は何者だったの」

 幻獣使いの村という得体の知れない村に巡礼に行ったという父も、きっともう只者では無いことは確定だった。フローラにとって、治療院を営む普通の父だったのに。


「僕は、大昔いらっしゃったといわれる聖女様の末裔でね。ここからずっと東にある国の大神殿に仕えていたんだよね。聖地巡礼は大事な仕事で、世界中まわったなあ」


 こちらはなんと聖女の末裔だった。のんびりと話す父に、フローラは目眩がした。うちの両親、全然『普通』じゃ無い。


「フローラ、安心して? 駆け落ち同然とは言ったけど、今はもう村にも神殿にも認めて貰っているから!」

 ちがう。目眩がしたのはそこじゃ無い。


「当時は駆け落ち同然だったから、見付からないように迷いの森に家を構えて、なるべく普通の暮らしをして……そしてオンラードとフローラが生まれて。生まれて驚いたわ、二人とも魔力が桁外れに強かったから。ねっ、あなた」

「びっくりしたよなあ母さん。オンラードは幻獣が向こうから寄ってくるし、フローラはどんどん伝承の『聖女様』そっくりになっていくから」

「隔世遺伝かしらねえ、って話してたのよ」


 何でもないことのようにほのぼのと話す両親だが、フローラの頭はもう許容範囲を超えていた。

 

「なるべく普通の生活を送らせてあげたかったからお母さん達は何も言わなかったんだけど……そっか、もうあなた達『普通』じゃないのね」

「俺達、既に目立ちまくってるらしいぞ」


 テーブルを囲んで、四人はシン……と静まり返った。


「ただ目立つだけなら別にいいんだが、フローラは王家に目をつけられてしまうからなあ……」

 父が腕を組んで悩み始めた。


「ウィッグと眼鏡だけでは、素顔を隠せてないって言われたわ」

「えっ、あんなに地味になるのに?」

 母が驚いている。やっぱりあれで大丈夫と思い込んでいたようだ。

「……ていうか、誰にそんなこと言われたの? その人は、フローラの本当の姿を見たってことよね?」

「あっ……」


 しまった。レイのことを説明しなければならなくなった。

 フローラは若干の面倒臭さを覚えつつも、レイとの出会いから今日までのことを両親に話したのだった。







 

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